第22話 寄り道

 電車で揺られてから、普段は降りない駅で席を立った。

 普段使いしている駅の隣の隣、美里原さんの家はそこからすぐらしい。

 見慣れない夜景の中を、二人で足を運ぶ。


「まじごめんね、付き合ってもらっちゃって」


「ううん、大丈夫。今日は家に帰って寝るだけだし」


 もう夜の時間だけど、ここなら話が終ってから、彼女はすぐに家に着ける。

 うちはおじさんの帰りは今日も遅いだろうし、基本放任主義なので、少しくらいは遅くなっても大丈夫だろう。


「ここでいいかな?」


 美里原さんが指さしたのは、駅前から少し外れた場所にあるベンチ。

 人通りがあまりなくて、静かに話すにはよさそうだ。


「何にする? 私の奢りだよ」


 白色灯がともる自販機の前で、こちらに顔を向ける。


「ありがとう。じゃあ、ホットコーヒーあるかな、ブラックで」


 ファミレスで散々飲み食いした後なんだ。

 このくらい軽い方が丁度いい。


「はい、コーヒー無糖」


「ありがとう」


 横に座った美里原さんから缶を受け取って、プルを引いた。

 ほんのりとしたあったかさが、両手に伝わってくる。


「あのね……」


 美里原さんがちいさな声で口を開いた。


「私たち三人を見ていて、どう思う?」


「え? どう思うって……どういう意味?」


 言ってることがよく分からなくて、訊き返してしまう。


「私たち、女の子二人に男の子一人でずっといたんだあ。なんでこんな感じなんだろうね?」


「何でって……三人とも仲がいいからじゃないの?」


「そだねえ。でもさ、私かなっちのどっちかが流星と仲良くなっちゃうと、そこからはどうなるのかな」


 コーヒー缶を持つ手が一瞬震えて、はっと息を飲む。

 多分美里原さんは、菜摘と同じことを気にしている。


 目の前を、家路を急ぐおじさんが足早に通り過ぎる。


「ねえ、もしかして流星に、なにか言われたの?」


「……なんでそう思うの?」


「ボートでずっと二人だけだったじゃない。だから、何かあったのかなって」


 美里原さんが流星に告白しているって、立ち聞きしてしまったし、菜摘からも聞いた。

 でも俺がそれを知っているっていうのは、ここでは多分言わない方がいい。

 ずっと二人だけで水の上にいたんだ、そんな話があったって不思議じゃないかなって思った。


 暗い路面に視線を落とす彼女の横顔が、自販機の灯りを受けてぼんやりと浮かぶ。


「なかなかに鋭いねえ、礼司。さすが、なっちに気に入られるだけのことはあるな」


「えっ!? 何言ってんだよ? そんなことは別にないさ」


「んふふ。でもいい雰囲気だったよ。水族館でも、ボートでもさ」


 そんなの、ある訳ないじゃないか。

 俺と菜摘は、ただ思ったことをしゃべっていただけでさ。


「それだったら、美里原さんと流星だってさ。いい雰囲気だったと思うよ」


「……もう。せっかくこっちが心を開いて話そうとしてるのに、つれないなあ」


「え、なにが?」


「そういうとこ鈍感だよ、れ、い、じ!」


 う……呼び方ってことか?

 えっと、そんなつもりじゃないけど、でもそれっていいのかなって……


「あの、ま、真友まゆと、流星とだってさ」


 言いなおすと、真友がにまっと頬を丸くした。


「ありがとう。礼司の想像通りだよ。私、流星に告っててさ。ボートに乗ってる時に、その返事を訊いたんだ。そしたら、返事はまだ待ってくれって言われてさ。もうちょっと今のままでいたいからって。気持ちは分かるよ、私だってそうかもなって

思うから。でも、これってどうよって思わない?」


 暗い道路に視線を向けて、オレンジジュースの缶を両手でくりくりと回している。

 その表情は、どこか寂しそうにも、優しそうにも見える。


 でもそれは……難しすぎる質問だよ。

 恋愛経験がないくせに、三人全員の気持ちを知ってしまっている俺にとっては。

 流星も菜摘からの返事を待っているだろうし、真友にNGと言ってしまうと、今のままの楽しい三人ではいられなくなるかもしれないだろう。

 色んな気を使ってしまったり、遠慮し合ったり。

 きっと流星も、そのことは分かっている。


 みんな気持ちが違う方を向いていて、そのどれかが形になってしまうと、そこからどうなるのか分からない。


「俺には難しいよ、真友。けど、今のまんまでも、二人で付き合うのでも、お互いの気持ち次第じゃないのかな。それがはっきりするまでは、三人でいていいんじゃないかな」


 よく分らないし、それ以上のことは言えないけど。


「真友が告白したのなら、きっと答えを知りたいよね。でも、焦らないで待ってたらいいんじゃないかな? 想いは流星に届いていると思うしさ」


「……礼司……」


 真友がじっと俺の顔を凝視する。

 変なこと言っちゃったかな?

 心がざわざわとして、まともに顔を見返せない。


「すごいね、めっちゃ大人じゃん……もしかして礼司、恋愛マスターだったりするの?」


「なっ!? そんなわけないよ! だって俺、今まで彼女だっていたことないし……」


「……ふ~~ん……」


 しまった、苦し紛れに余計な自虐ネタまでしゃべってしまった。


「そんな礼司が、どうやってなっちと仲良くなったのかなあ? 彼女、人気あるんだよ? 週一で告られることもあるくらいにさ」


 分かんないさ、そんなの。

 花火の夜の偶然、いや、奇跡?

 それがあっただけなんだし。

 それに菜摘の気持は、流星に向いているんだ。

 今ここでは、絶対に言えないけれど。


「そうなんだ、すごいな。でも俺と菜摘とは、そんなんじゃないよ」


「そうかなあ。まあでも、これからは三人じゃなくて四人だね。次もどこかに行こうね、礼司?」


「へ? 何を言ってるんだ? 俺は今日だけ、たまたま参加しただけで……」


「なに? こんな話まで聞いておいて、自分だけどっかに逃げる気? ひっどお~い! それとも私たちと一緒にいるのが嫌なの?」


 いえ、どっちもそんな気はありませんけど……

 でも、スーパー陽キャの中に陰キャが一人で入るのって、滅茶滅茶ハードルが高いじゃないか?

 今日だって、楽しかったとはいえ、実は疲労困憊でヘロヘロなんですけど。


「まあ、俺なんかがいたって、楽しくないよ?」


「なんでそんなこと言うのよ? 意味分かんない! 私は今日一日楽しかったわよ? 礼司は楽しくなかったの!?」


 真友は軽く怒っている。

 菜摘にも負けないくらいに整った顔をぐいっと近付けて、今にも押し倒されそうなくらいの勢いだ。


「そんなことはないよ、ははは……」


 愛想笑いをしてコーヒー缶を口にしながら、真友の追及をかわすのに必死の夜だった。




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