第18話 思わぬサプライズ

 薄暗い中でぼんやりと光を放つ水槽の前で、二人で並んで座って、懐かしい話をした。

 小指を絡め合って約束も交わしてから、席を立った。


 本当に実現できる約束なのかどうかは、分からない。

 けれど、胸の中が踊っている俺がいた。

 菜摘と一緒に、いつか二人で……

 遠い夢物語のように、ぼんやりとしたものでしかないけれど。


「滝口君と美里原さん、どこ行ったんだろ。全然会わないね」


「本当だね。ここ広いわね」


 ずっと二人きりでいるけれど、でも菜摘は滝口君のことが好きなんだよな。

 気になってたり、退屈だったりしないのかな?

 そんなことは、やっぱり気になるんだ。


 太平洋を模した巨大水槽の前に立つと、いきなり平たい巨体が目の前を行き過ぎた。


「きゃっ!?」


「わわわ!」


 それは何メートルあるんだろうと思う巨大なエイで、天井から淡く降り注ぐ光を浴びながら、ゆったりと水の中を舞っている。

 まるで自分が王様だとでも、言いたげなふうに。


 銀色に輝く小魚たちの群れ、目つきが鋭いサメ、食べたら美味しそうなプリップリの魚とかが、広い水槽の中で自由に泳いでいる。


「お魚がたくさんいるけど、喧嘩とかしないのかなあ?」


「あ、確かに。サメなんか、他の魚を食べちゃったりしないのかな?」


 よく分らないことを言い合っていると、後ろからポンと肩を叩かれた。


「よう、お二人い~!」


「あ、ま、まゆちゃん!?」


 振り向くと、ニヤニヤと口の端を歪める美里原さんと、爽やかにほほ笑む滝口君がいた。


「ずっと探してたんだよお。全然見つかんないんだもん。ちょっと焦ったじゃん」


「本当だね。私たちだって、二人を探してたんだよ!」


 再び合流して、四人で館内を巡る。

 ペンギンやアシカたちが弾丸のように行き交う水槽の前で、滝口君と菜摘が並んで立つ。

 ふいにシャツの裾を、くいくいと引っ張られた。


「ねえ礼司、いい感じだったじゃん、なっちとさ?」


 耳元まで顔を近付けて、小声でしゃべる美里原さん。


「本当はさ、もっと早くに二人を見つけてたんだよ。けどいい雰囲気だったからさ、声を掛けられなかったんだよ」


「あ、そう? そんなことは無いと思うけど。普通に話してただけでさ」


「指切りしてなかった? 何か約束でもしてたの?」


 うおお、そこを見られていたのか。

 恥ずかしい、耳が熱くなっていく。

 ここは……誤魔化すしかない。


「いや、きっと見間違えだよ、うん。」


「い~え、まじでちゃんと見てましたから。隠してると、ますます怪しいなあ。ねええ、礼司となっちってさ、どうやって仲良くなったのよお?」


「いや、その、たまたま街で会ってだね……」


「それで、礼司がナンパしたの?」


「し、してないよ、そんなの!」


 そんなこと、小心者の俺にできるわけがないじゃないか。

 そんなことができるのなら、もっとたくさん友達だってできてるはずだし。


「ふ~ん、じゃあなっちの方から? あの子、そんなに積極的だったかなあ?」


「いや、それも違うんだけどさ……」


「ええ? 意味わかんない。じゃあどうやって仲良くなったのよ?」


 困った。

 なにか言わないと、突っ込むのをやめてくれないかもしれない。


「えっとね、街でたまたまぶつかって、それであってなったんだよ。一応俺たちって同じクラスじゃない? だから、偶然だねって感じでさ」


「~~ふうう~ん~~」


 信じてくれたのかどうだか分らないけど、そのジト目、ちょっと怖い。


「まあ、今はそんなとこにしとこっか。そっからの続きが気になるんだけど!」


 そっから……花火の夜のことって、菜摘は美里原さんには話してないっぽいな。

 だったら、俺からも言わない方が、多分いいんだよな。

 あの夜のことは、まだ二人だけの秘密かな。


 広い館内を一通り周り終えた頃には、とうにお昼の時間を過ぎていた。

 結局俺と滝口君とは、ほとんど言葉を交わさないままだった。


「ねえ、公園に行かない?」


 水族館から出てから、美里原さんが口にした。


「え、公園? いいけど、その前に飯にしないか? 俺は腹が空いてきたよ」


 滝口君が怪訝そうに、眉を歪める。


「だからあ、それも合わせてだよ」


「ええ? どういうことだよ、それ?」


「それはね、行ってのお楽しみ、ね、なっち?」


「うん、そうそう。行こうよ、みんな!?」


 美人女子二人の提案に、男二人は首を傾げる。

 まあ俺は、くっついて来ているだけだから、なんでもいいけどさ。


 そこから電車で移動して、少し離れた場所にある公園に移動した。

 広い池があって、春は桜の名所としてテレビにもよく登場する、有名な場所だ。


 水面みなもが見渡せる場所で、菜摘がシートを敷いて、そこに四人で腰を下ろした。


「じゃ~ん!」


 美里原さんが自慢げな声を上げながら、下げていた鞄の中から、四角い箱のようなものを取り出す。

 菜摘も同じように、箱のようなものや水筒を、シートの上に置いた。


「おい、これって……?」


「なっちと相談して、お弁当を作ってきたんだよ。今日は特別だからね!」


 美里原さんの言葉に、滝口君が目をまんまるくする。

 俺だってそうだ、こんなサプライズが待っているなんて。


 美里原さんのお弁当には三角おにぎりがぎっしりと詰まっていて、唐揚げやウィンナーといったおかずもいっぱいで、ボリューム満天だ。

 菜摘のお弁当箱には、野菜やハム、玉子とかを挟んだサンドウィッチが綺麗に並んでいて、ハンバーグやエビフライといったおかずが色を添える。

 小腹が空いた男子高校生にとってはたまらない光景、しかもクラスの女の子の手作りだ。

 感動が胸の中を蹂躙するのに、それほど時間はかからなかった。


「ふふん。どうだ男子諸君? お腹を空かせてここまで来た甲斐があったというものじゃない?」


 美里原さんがドヤ顔を、余すことなく披露する。


「あのさ、久しぶりに作ってみたから、美味しいかどうか分かんないけどさ」


 菜摘は謙遜気味にそういうけれど、見ただけで食慾をそそってくれる出来栄えだ。


「あ、悪い、本当にありがとう! 食っていいかな!?」


「はい、たくさん食べてね!」


 美里原さんが笑いながら、お手拭きをみんなに配る。

 

 菜摘は水筒から、紙コップへお茶を注ぐ。


 どれにしようかと迷ってしまう。

 滝口君は玉子サンドに手を伸ばしたので、俺はおにぎりの方を一つつまんだ。

 大きく口を開けてかぶりつくと、中から塩昆布が顔を見せてくれて、旨味が口の中いっぱいに広がっていく。

 美味しい、すきっ腹に染み入っていくようだ。


 菜摘の作ってくれたサンドウィッチも頬張ってみる。

 ふわふわのパンの間のシャキシャキ野菜の歯ごたえが気持ち良くて、ハムの塩加減が丁度よくて食べやすい。


「ありがとう。どっちも美味しいよ、本当に」


 本音の感想を口にすると、菜摘と美里原さんは、嬉しそうに笑ってくれた。


 晴れ渡る空の下で、笑顔が溢れるちょっと遅めのランチタイムを、四人で堪能したんだ。



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