第19話 これって恋バナ?

 二人が作ってくれたお弁当は本当に美味しくて、お腹も心も満たされた。

 女の子に作ってもらったお弁当を食べるのなんて初めてだから、感動しまくりだ。

 たまたまここへ紛れ込んだだけの俺が。こんなにいい思いをしていいのかなと思うと、とっても恐縮だ。


 食後にのんびりと散歩をしながら、女の子二人はお手洗いの方へ。

 そうすると必然的に、滝口君と二人だけということになる。

 公園の立木の下で、並んで佇む。


 ―― 気まずい。

 朝に挨拶を交わしてから、ほとんどしゃべっていない。

 嫌だとか嫌いだとかは全くないのだけれど、なんだか変に気を使ってしまっている。

 スーパー陽キャと一般モブ、王子と村人のような関係だし、菜摘と美里原さんの両方の気持を知ってしまっている立場として、どう接していいのかが分からないんだ。


「あ、あのさ、桐谷君」


「は、はい!」


 急に名前を呼ばれて、体がピクンと反応する。


「今日はありがとな、来てくれて」


 爽やかで穏やかな話し方、男の俺から見ても、なんだか安心感がある。

 外見だけじゃなくてこんなのは、反則だ。


「あ、いや。こっちこそ、呼んでくれてありがとう」


「ずっと三人で一緒だったんだけど、こういうのもいいな。二対二だと、誰かが置いてけぼりになるとかもないし」


「ああ、そうかもしれないね」


「なあ、桐谷君は……」


 頭を掻きながら、話し辛そうに視線を泳がせてから、


「えっと、真友と菜摘と、どっちかが気になったりはするのか?」


 午後の公園を、都会の風が静かに吹き抜けていく。

 じっと向けられる視線に、どう応えたらいいのだろう?


「えっと、それって、どういう意味、かな?」


「……そのままの意味でだよ。どっちかをいいなって思ってるとかさ」


 かなり直球で訊かれている気がするけれど、本当にどうしたらいいんだろう?

 別に何も……と口にしかけて、ふっと菜摘の顔が頭に浮かんできたんだ。

 もしかして、気になったりしてるのかな、彼女のことを。

 けれど、彼女の心は……


「質問に質問で返すようで悪いんだけどさ、ずっと二人と一緒にいる滝口君はどうなの?」


「俺は……」


 言いかけて、彼も口に手を当てて考え込む。

 男同士の恋バナ……こんな超イケメン男子と、モブキャラの俺が?

 まるで巨人と蟻が対面してるような気分になる。

 一体どんな運命の巡り合わせなんだよ。


「二人のうちの片方から告白されて、もう片方には俺から告白した。それで、どっちも返事がまだなんだ」


 静かに、爽やかに、さらりと口にした。

 俺が菜摘から聞いている話も、そんな感じだ。

 そんな大事な話を俺にしていいのかなと思うけど、もしかすると急に入ってきた部外者への、警告なのかもしれない。

 だとしたら、俺なんかが入り込む余地は、やっぱり無いんだけれど。

 どうせこうなったのなら、訊けるだけ訊いてやるかと、開き直る。


「そうなんだ。じゃあ、どっちかと付き合うの?」


「分からない。いい返事がもらえたらそうなるかもな。けどそうすると、今のまま三人ではいられなくなると思うんだよな、きっと」


 それはそうかもな。

 菜摘も、同じようなことをしゃべっていた。

 菜摘がOKをすれば、美里原さんからの告白は断ることになるんだろう。

 そうしたら、そのまま三人一緒っていうのは……多分、美里原さんが辛過ぎる。

 友達ではいられるのかもしれないけど、三人での時間は減ってしまうだろうな。

 でも、こんな俺にこんな話をするってことは、彼の方も真剣なんだろう。


「そっか。でもさ、言葉に出した以上、あとは相手の気持ち次第なんじゃないのかな? 上手く言えないけど」


 超陽キャに偉そうに講釈を垂れる、恋愛経験値ゼロの俺。

 虎に説教する狐に似たり?

 別にもうどうでもいい。

 言いたいことだけ言えれば、後は三人の世界なんだろう。


「そうだな、桐谷君の言う通りだ。そういう桐谷君の方はどうなんだ? 菜摘とは仲がいいんだろ?」


「いや、俺は、そんなのではないよ。ただちょっと……」


「ちょっと、なんだよ?」


「街で困ってるところを見かけてさ。それで手を貸してから話すようになった。それだけだよ」


 俺の言葉に、滝口君の表情が綻ぶ。

 ちょっとほっとした感じにも見える。


 それだけ……だったかな? そうだよな、今は。

 でもそう言いながら、何だか胸の奥がキンと痛いんだけど、なんだろうこれ?


「そうか。でもさ、そんなことがあったから、今日はちょっと気まずかったんだよ。だから来てくれてありがとうな」


「いや、いいよ。こっちだって、楽しい思いをさせてもらっているからさ。ありがとう」


「なあ、礼司って呼ばせてもらっていいか?」


「うん、いいよ、滝口君」


「なんだよそれ、ふざけてんのか礼司!」


 がばっと覆いかぶさってきて、片手で首のあたりにホールドを決めて、拳で頭をグリグリしてくる。


「わ、痛いよ、たき……流星!」


「わはは、よし、いいじゃないか!」


 男子二人で、わははと笑い声が零れる。


「ちょっと、なに男二人でじゃれ合ってんのよ」


 流星に抱き付かれてもがいていると、後ろから声がした。

 美里原さんと菜摘が、戻ってきたんだ。


「おお真友、ちょっと暇つぶしに、プロレスごっこをしてたんだ。なあ礼司!?」


「あ、うん、そうそう、流星!」


「もう。お子ちゃまなの、二人とも?」


 軽く呆れている美里原さんに、俺と流星はニタリ笑いで応じた。

 彼女の隣では、菜摘がくすくすと笑っている。


 それからまた、四人揃って歩き出す。

 これから紅色になる準備を始めた木々たちが、そよぐ風を受けて、さらさらと小枝を揺らす。


「あ、ねえ、あれ乗ってみない?」


 美里原さんが指を指す先には、木の板で作られた桟橋があって、水の上にたくさんのボートが浮かんでいる。


「お、ボートか。いいな」


「なっちと礼司はどう?」


「私は……みんながそれでって言うなら、いいけど」

 

 菜摘の声のトーンが低くて、消極的に見えてしまうんだけど、気のせいだろうか?


「面白そうじゃん。丁度二対二だし。なあ、礼司!?」


「あ、まあ、うん……」


 流星に真正面から圧を受けて、つい頷いてしまった。

 そっか、これって多分二人ずつで乗るんだ。

 しかも男女で。

 今の菜摘は、俺と流星、どっちと乗っても、気持ちは複雑だろう。

 流星と一緒だと告白の話になってしまうかもだし、俺とだとその間、流星と美里原さんがまた二人きりになってしまうんだ。


 とはいえ、美里原さんと流星はノリノリだ。

 乗場でボートを二台借りて、


「組み分けをどうするかな?」


「えっと、じゃあこうしない?」


 美里原さんが財布から、十円玉を一枚取り出した。


「私がコインを投げるから、流星と礼司とで裏か面かを当ててみてよ。当たった方は私と一緒ってことでどう?」


「おお。よし、分かった」


「うん、それでいいよ、俺も」


 二人乗り用のボートなので、やっぱり二組に分かれないとだめだ。

 一瞬、俺と流星とで二人ってのが平和かもとか想像したけど、やっぱりそれはあり得なかった。

 一応これって、デートだものな。


 美里原さんが親指でコインを跳ね上げて、落ちて来たコインを手の甲で受け止めて、その上をもう片方の手の平で隠した。


「さあ、裏か、表か?」


「じゃあ、俺は表だ!」


 威勢よく、流星が宣言する。


「それじゃ、俺の方は裏でいいよ」


「はい。ではどちら様も、ようござんすね?」


 賭場の女主人のような口ぶりだな。

 ニヤリとお邪魔女っぽく微笑んだ美里原さんは、ゆっくりと片手をずらして――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る