第13話 穂綿さんの告白

「あっ、桐谷君……」


 こちらから話しかける前に、穂綿さんの方から声が飛んできた。

 いつもの笑顔はない。

 なんだか暗い目をしていて、心配になる。


「もう帰るの?」


「うん。そのつもりだけど」


 朝とは様子が違うので気にはなったのだけれど、あまりつっこむのも良くないかなと思ったんだけど。

 困惑気味の俺に、彼女がすっと近寄って来る。


「あのさ……ちょっと時間ないかな?」


「……今日は家に帰るだけだから、時間はあるけどさ」


「あ、じゃあ、ちょっと待っててよ? 私も鞄を持ってくるからさ」


「うん……分かった」


 穂綿さんは教室の方へと駆けて行って、俺はその場で待つことに。

 なんだろうと不安になりながら、もしかして……と、余計な想像をしてしまう自分がいる。

 少しの時間が経ってから、穂綿さんが急ぎ足で戻ってきた。


「ごめんね、お待たせえ」


「ううん。大丈夫だから」


 そのまま一緒に廊下を歩いて、下駄箱で靴を履き替えて、それから校門へと続く道へ。

 これって……一緒に帰る流れじゃないのか?

 肩を寄せて歩きながら、だんだんと心拍数が上がってくる。


 校門を抜けて、ゆったりと下る坂道を降りていく。

 穂綿さんは黙って俯いて、俺と同じ速さで歩いている。


 ―― なにか話したいのかな?

 そう直感して、こっちの口が動いた。


「穂綿さん、何かあったの?」


「……ねえ桐谷君、ちょっとお店に寄ってっていい?」


「うん、大丈夫だけど」


 やっぱり、何か話したいみたいだな。

 そう告げられて連れて行かれたのは、駅や通学路から少し外れた場所にある、小さな喫茶店だった。

 アンティークな雰囲気で、落ち着いた空気が店の中に流れている。

 他に客の姿はなくて、内緒話をするには良さそうな場所だ。


「いらっしゃい」


 オールバックの年配の男性が、声をかけてくれた。


 小さなテーブルの席で向かいあって座って、コーヒーを二つ注文した。


「いいとこ知ってるね」


「でしょお? 落ち着いて考え事をしたい時とか、たまに来るんだ」


 俺が一人でコーヒーを飲みたい時は、駅に近いス〇バやタ〇―ズが多くて、こじんまりしたこういうお店は新鮮だ。

 いつもは勉強をしながらのことが多くて、教科書を開かないで喫茶店で佇むのも珍しい。


 軽い雑談をしているとコーヒーが運ばれてきて、二人ともカップに口を付けた。

 ビターの香りが、鼻をくすぐってくる。


「さっきね、屋上で、流星としゃべっててさ」


 俺の思考が、ピクンと反応する。

 やっぱりその話か、予想はしていたけども。


「うん。なにかあったの?」


「まゆちゃんから受けてる告白、断ろうかと思ってるんだってさ」


 ……そっか。

 俺としゃべっていた時に心配そうにしていた美里原さんの顔が、頭に浮かぶ。

 残念には思うけど、でもこれは本人の問題だ。

 俺がどうこう言える話じゃないよな。


「そうなんだ、それは残念だね。そのことの相談だったの?」


「うん。そうなんだけどね……」


 穂綿さんの表情がくぐもって、言葉に詰まった感じでいる。

 訊き返すことはしないで、じっと彼女の言葉を待った。


「なんでって訊いたら……私のことが好きだからって……」


「…………」


 直ぐには言葉が出てこない。

 そっか、穂綿さんは滝口君のことを想っている。

 それに彼の方も同じなら、両想いじゃないか。


 穂綿さんにとってはいい話なのかもしれない。

 けど、美里原さんの方はどうなるかというと……複雑かもしれない。

 なんだか、俺の心も鉛色になって、重たく感じる。


「そうなんだ。それで穂綿さんは、どうしたいの?」


「……分からない。でも、OKはできないわ」


「えっ……でも穂綿さんだって、彼のことが気になってるんじゃないの?」


 そう問い返すと、彼女はもっと困った顔になる。


「それはそう。だけど、まゆちゃんとも関係は壊したくないの。せっかくできた友達だし」


 言っていることは理解できるつもりだ。

 でも、恋愛経験なんか無いに等しい俺には、難しすぎる問題だ。

 愛情か、友情か、そんな板挟みにもなったことなんてないし。


 なんと言葉を掛けてあげたらいいのか分からないけど、こうして俺を誘ってくれたってことは、何もせずにはいられない。

 普段使わない脳内回路をフル活用して、せいいっぱい考えてみる。

 それでも、いい答なんて浮かばないけど、でも……


「それ、美里原さんとちゃんと話したらいいんじゃないかな。彼女だって分かってくれるかもしれないよ?」


「そうかもしれないんだけどさ。なんだか怖くて」


「怖い?」


「うん。昔、似たようなことがあったのよ」


 俯いて、テーブルの上に向けて静かに言葉を落とす。


「中学の時にね、仲のいい女の子がいたの。その子と同じ男の子を好きになってね。毎日一緒に、その男の子のことを話して、きゃあきゃあ言ってたわ。告白するんだったら、お互いに前もって言い合おうね、とか」


 昔話を始めてくれても、表情は冴えない。

 きっと楽しい話ではなさそうだ。

 黙って頷きながら、彼女の言葉の続きを待った。




 ◇◇◇


 穂綿菜摘には、中学二年の頃、仲のいい女友達がいた。

 彼女の名前は良子よしこ、同じクラスで、なっちゃんとよっちゃんと呼び合う仲だった。

 学校の中ではいつも一緒にいて、時には休日に、お互いの家にも行き来していた。

 お洒落の話や、好きなお菓子の話、そして気になる男の子の話とか。

 思春期の女の子が気になる話題を、いつも時間を忘れてしゃべっていた。


 その日の放課後も、校庭の隅で二人きりになった。

 良子に呼び出されたのだ。


「なっちゃん、衣笠君から告白されてたって聞いたけど、それ本当なの?」


「あ、うん。昨日の放課後に、呼び出されてね」


「へえ。それでどうしたの?」


「悪いけど、断わっちゃった」


 菜摘はその頃から顔立ちが整っていて、細身だけれども出るところは出ているスタイルで、しかも性格が明るいこともあって、男子から人気があった。

 彼女に告白する男子は跡を絶たず、陰で『かぐや姫』とも噂されるほどだった。

 その陰で、断られて涙を飲んだ男子は数知れない。


「え~、衣笠君は運動もできて恰好いいのに。なっちゃんは理想が高いのかなあ」


 良子が羨ましそうに嘯くと、菜摘は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「そうね、恰好いいとは思うけどさ。でも申し訳ないけど、そんな気にはなれなかったんだあ」


「そっかあ。ねえもしかして、だれか他に好きな人でもいるの?」


 問われて、菜摘は言葉に窮した。

 頭に姿が浮かんだその男子の名前を口にするべきかどうか、迷ったのだった。




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