第12話 来客が多い日
同じ高校? あの綺瀬崎さんが?
入学してから半年近くになるけれど、全然知らなかった。
「良かったわ。やっと会えて」
「あの、まさか、綺瀬崎さんが同じ高校だったなんて……」
驚きをそのまま口にすると、彼女は澄ました顔で言葉を口にした。
「一年生と二年生だと、あまり会わないものね。私はこの高校の二年生で、将棋部の副部長をしているの」
「あ、そうなんですか。先輩だったんですね」
将棋部があるのは知っていたけれど、部活動にはあまり興味がなかったので、気にしていなかった。
学校以外の時間は予備校に通うか、家の片づけとかをやるか、好きな本でも読むか、そんな感じだったんだ。
もしかして噂になっていたのかも知れないけど、雑音にはできるだけ、耳を向けないようにもしていた。
「そうね。ところで、まだ名前を訊いていなかったわよね」
「あ、桐谷礼司です。」
「桐谷君、ね。どう、将棋部に入らない?」
……え、なんだって?
それはまた、ずいぶんと急な話だな。
いきなり直球で言われても、困ってしまうんだけど。
氷の女王様が放つような冷たい眼差しが、俺の顔面を突き刺す。
「えっと、部活動には、あんまり興味が無いんです」
この高校は進学校で、偏差値が滅茶苦茶高かった。
ダメ元で受けてみたんだけど、何故か受かってしまった。
それから自分でも考えて、親とも相談して、ここに来ると決めた。
何もない田舎の高校にいるよりも、進学に有利なんじゃないかって思ったし、予備校だってたくさんある。
それに、東京の華やかな生活にも憧れた。
テレビやインターネットの中にしかなかった世界に、飛び込んでみたいって思った。
のだけれど、今はそれどころではなくて、思ったよりも勉強は難しくて、ついていくのがやっとだ。
無理を言って、おじさんの世話にもなることになっていて。
だから、勉強をおろそかにするわけにはいかないんだ。
「そうなの? なんで?」
「勉強とかで忙しいんです」
正直に答えると、綺瀬崎さんが眉尻を下げた。
「そうなんだ。でも、息抜きだってしていいんじゃない? うちの部って自由度高いし、勉強の邪魔にはならないと思うわよ? それに、来てくれると、私は嬉しいんだけどな」
「え? なぜですか?」
「そりゃあ、強いメンバーは有難いわよ。高校別の対抗戦とかだって有利になるし」
「そうですか。でも俺、そんなに強くないですよ」
「……そうかしら? 将棋、やってたんじゃないの?」
「まあ、少しだけ。父さんや近所のおじさんとかと一緒に。あとは将棋のAIのアプリでやってたくらいで」
「そう。よかったら、一度部室に来てよ。一局だけでも、あなたと指してみたいわ」
そんなことを言われても、綺瀬崎さんは女流棋士の中でもトップクラスの実力があって、今は棋界で注目の的だ。
俺なんかが相手になる訳がないと思うけど。
でも、NG丸出しは失礼だよな。
「はい。考えておきます」
「気のない返事ね。なんだか悲しいわ」
「……すみません、ちょっと時間を下さい」
「……分かった。待っているから」
綺瀬崎さんはふっと口の端を上げると、さっと踵を返して、教室から出て行った。
あ~、びっくりした。
朝といい放課後といい、今日はサプライズが多い。
心拍数が上がった心臓を落ち着けるために、深呼吸を繰り返す。
(おい、今のって二年生の……?)
(ああ、あの綺瀬崎さん、だよな。なんであいつのとこに……?)
(綺麗だよなあ。あのクールな感じがいいよな。あれでデレてくれたら、最高なんだけどなあ)
(確かに! そんな意外性って、そそるよなあ)
なんか一部、思春期男子の願望が混ざっている気がするけども。
そんなどよめきが、さっと教室を走った。
これ以上なにか起こらないように、さっさと家に帰ろう。
そんな風に思って帰る支度を始めると、
「よう~、礼司い~~」
なんだよ次々に……今度は安君か。
その変な猫なで声、らしくなくて気持ち悪いんだけど。
「なに、安君?」
「お前さあ、今日やたらと女の子たちとしゃべってないか? さっきの綺麗な人ってだれだよ?」
ああ、そのことか。
こいつにもしっかり見られていたんだな。
「さっきの人は綺瀬崎さん。二年生の先輩で、将棋部の人だよ」
「そうか。将棋部って、お前部活を始めるのか?」
「いや、そのつもりはないけど。でも、どうかって誘ってくれに来たんだ」
「へえ、スカウトか。すごいじゃん」
そんな大層なものじゃないけど、そう言われるとお腹のあたりがこそばゆい。
「穂綿さんや美里原さんともしゃべってたじゃないか。一体どこで仲良くなったんだよ?」
「いや、それは……」
どこまでしゃべっていいんだろう?
余計なことを言って、彼女たちに迷惑がかかってもよくないし。
俺は臨時の代打のようなもの、友だちとも呼べない関係だ。
花火の夜のことや、昨日教室で見たことは、黙っておいた方が絶対にいいよな。
「この前たまたま街で会ってさ。それで少しだけしゃべるようになったんだよ」
「え、そうなのか? もしかして、お前から声をかけたのか?」
ええっと、あの場合、どっちからってことになるんだろ?
「まあ、どっちからっていうか、たまたまぶつかりかけて、その流れで。本当に偶然なんだよ」
誤魔化しながら応えると、安君が羨ましそうに目を細める。
「ええ~? そんな運命の出会いみたいなことってあるのかよ? いいなあ、ちょっと詳しく聞かせろよ」
「いや、だから、それだけなんだって。あ、でもな……」
こいつにはできるだけ隠し事はしたくないなとも思って、日曜日に彼女たちと会う約束をしていることを、できるだけ小さな声で告げた。
「え、ま、まじで!? それって、ダブルデー……」
「馬鹿っ! 声が大きいよ!!」
「ああ、す、すまん……」
興奮を抑えながら、はあはあと荒い息をする安君。
「いやしかし、あの二人となあ……お前、運を使い果たして、そのうち死ぬんじゃないか?」
確かに、一生分の運を使い果たしてしまったかもしれない。
そう言っても過言ではないほどに、今は非日常の中にいる。
「はは、そうかもね。でもどうなるかは分からないよ。三人よりも四人の方がいいかもって理由で誘われただけだしさ」
「いや、それでもさ……いいなあ……穂綿さんと美里原さんかあ……」
いいのかな、果たして?
美里原さんは滝口君に告白しているし、穂綿さんだって気持ちは彼に向いている。
俺って本当にいてもいいのかなって、何度だって思うんだけど。
いてもいなくてもいい背景、空気みたいな役目だ。
まあ穂綿さんからもお願いされたし、今回は恥を承知で行ってみようとは思っているけど。
それからも安君からの追及は続いて、愚痴や恨み事のようなことも言われて、なんとか誤魔化し続けた。
すっかり遅くなってから、鞄を抱えて教室を後にした。
廊下を歩いていると、向こう側から見覚えのある人影が。
それは、一目で肩を落とした様子がわかる、穂綿さんだった。
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