第2話 一緒に行こうよ
駅の改札から走り出て、一番近くにある総合雑貨店に向かった。
そこなら家具からティッシュペーパーまで、広く揃っている。
もちろん、服や履物まで。
あまり彼女を待たせる訳にはいかないからな。
お祭りの会場へと向かう人込みにぶつからないように気を付けながら、速足で急ぐ。
雑貨店で履物のコーナーを見つけて、白いサンダルを手に取った。
あれ? そう言えば、足のサイズが分からないな。
まあいいか、ちょっと大きめのやつにしておこう。
レジでお金を払ってから、また駅のホームへと急ぎ戻る。
階段を駆け上がってホームへ出ると、彼女は元々いたベンチに腰掛けて、退屈そうに足をぶらぶらとさせていた。
「ごめん、買ってきたよ」
息を切らせながら声を掛けると、俺に気づいた彼女は、ぱっと笑顔を向けてくれた。
「さんきゅ~!」
買ってきた白いサンダルを受け取った彼女は、それを足にはめて、
「うん、ちょっと大き目だけど大丈夫。ありがと~、
うん……えっ!? 今、俺の名前を呼んだ……?
やっぱりそうだ、彼女は……
「あの、うん。
「うん。そうだよ! やっぱり桐谷君だ。私服だから、最初分かんなかったよお」
眩い笑顔を向けてくれる彼女は、
この俺、
今日は浴衣姿で、普段のギャルっぽい印象とは全然違っていて、最初は気が付かなかった。
「お、俺もだよ。全然普段と違うから……」
「そお? でも偶然だね、こんなとこで会うなんてね」
本当だな。
今まで教室では遠くから見ているだけで、ほとんどしゃべったこともなかったのに。
今日の会話の量は、今までのそれよりも多いくらいだ。
けど、俺の顔と名前くらいは、知っていてくれたんだな。
そう思って、一人で勝手に、心の中で喜びにむせぶ。
許して欲しい、こんな俺にとっては、かなりの一大事なんだ。
「桐谷君はなにしてたの? 花火にいくの?」
「いや、まさか。今から家に帰るとこさ」
「なんだ。じゃあ、私と同じじゃない」
え? そうなんだ。
屈託なく笑う穂綿さんだけど、やっぱりなんだか違和感があって。
「ねえ、浴衣まで着て来てるのにさ、このまま帰るの? 花火を見に来たんじゃないの?」
それを口にすると、穂綿さんは戸惑ったような顔になって、頬が強張った。
「えっと……まあ、それはいいじゃん! あ、それより、サンダルっていくら?」
「あ……」
訊かれて、こっちも戸惑う。
これって俺が勝手に選んで買ってきたんだ。
穂綿さんが気に入ってくれたのかどうかも、分らないんだけど。
「えと、一応、1100円なんだけどさ」
俺の返事に、ふんふんと軽く頷く穂綿さん。
「ねえ、ちょっと提案があるんだけど」
「なに?」
「一緒に花火に行かない? そこで私がお礼をするってのってどう?」
―― は?
聞き間違いかな? 意味がよく分からない、理解できない。
花火、一緒に、え?
「あの、穂綿さん、何を言ってるんだよ……?」
「だからあ、今から一緒に、花火を見に行かないってさ?」
訊き返すと、にこにこと笑いながら、やはり同じ意味の言葉が返ってくる。
理解不能だ。
なんでそこで、俺と一緒にってことになるんだよ?
今までほとんどしゃべったことがない、目を合わせたこともない、教室の片隅にいるだけの、こんな俺と?
心臓がドキドキと、変な音を奏で始める。
「えっと、穂綿さん、だって、誰かと約束してるんじゃないの?」
「…………」
わけが分からない。
また訊き返すと、穂綿さんはぷっくりと頬を膨らます。
「もう。それは別にいいじゃん! 桐谷君は行きたいの? 行きたくないの?」
急にそんなことを言われても……
花火はきっと綺麗だろうな。
しかも穂綿さんのような女の子と一緒に見ることができたら、一生ものの思い出になるに違いない。
この夏は予備校と家との往復くらいしか記憶にない俺にとって、天からの福音のような響きに感じる。
でもさ……
「それ、俺と一緒でいいの?」
「なに言ってんの。嫌だったら、誘ったりしないじゃん!?」
「今まで、全然しゃべったこともないのに?」
「今こうやってしゃべってるんだから、それでよくない!? サンダルのお礼もしたいしさ」
こんな冴えない陰キャ男子、教室にいてもいなくても同じの背景キャラ。
田舎者で都会の学校に馴染めなくて、友達もほとんどいない。
女の子としゃべったことなんて、今日を除けばその前はいつだったか覚えていない。
そんな俺と一緒でいいのかなって思ったんだけど、穂綿さんは大して気にしていない感じだ。
でもこれって、サンダルのお礼なんだよな?
別に深い意味はないはず、たったそれだけ。
まあ、そういうことなら……
「そ、そうだね。花火、綺麗だろうね」
「だよね! だから行こうよ、ね!?」
小首を傾けながら向けられる笑顔が眩しすぎる。
心臓が、今まで感じたことのない速さで鼓動を奏でる。
……いいのかな、浴衣女子と花火なんていう、非日常……
しかもその子は、みんなの憧れの穂綿さん……
クラス一、いや、もしかすると学校一可愛い子だ。
もちろん俺だって、遠くからずっと気になっていたんだ。
たとえサンダルのお礼のためだけなのだとしても、一時の間、そんな彼女と一緒にいられるんだ。
なんだか、体から羽が生えて、ふわりと宙を舞ってしまいそうだ。
「そ、そだね。どしよ? じゃあ、い、行きましょうか?」
「なんで急に敬語なの? うけるな~!」
緊張で、ただでさえ口下手なのに、いつも以上に舌が動かない。
手のひらに汗が滲んで、じっとりとしている。
「よし、決まり! じゃあよろしくね、桐谷君!」
「ああ、はい……」
俺が買ってきたサンダルに履き替えて、ベンチから腰を上げる穂綿さん。
浴衣を着て、少し首を傾けた立ち姿が、なんだかいつもよりも大人っぽい。
こんな子と、予備校帰りでしわしわの普段着の俺、一緒にいて本当にいいのかなって心配だけど。
でも穂綿さんはこんな俺の真横に、そっと寄り添ってくれた。
一緒に並んで階段を降りて、改札の外へと向かう。
全然思いがけずに、浴衣女子と花火に行くことになった。
しかも相手は、クラスの中でも一番可愛いといわれている穂綿さんだ。
他のクラスからも、ちらちらと男子が覗きにくるほどなんだ。
なんだかまだ信じられなくて、歩きながら、雲の上にでもいるかのように、体がふわふわしている。
「うわあ、すごい人だね」
駅の出口から続く、お祭りの会場へと向かう道は、ぎっしりと人波で埋まっている。
前の人との背中が近くて、中々進めない。
「はぐれちゃったら、大変だね」
―― えっ!?
急に左手を引っ張られる感じがして。
穂綿さんがぴったりとくっついて、自分の右腕を絡めてきた。
「あの、ほ、穂綿さん……?」
「うん、これで安心だよね?」
沈みゆく太陽が、街をオレンジ色に染めている。
晩夏の暑い夜が訪れようとしている。
でも俺の体はそれ以上に熱くて、ずっと心臓が高鳴りっぱなりだったんだ。
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