第3話

 不思議な出来事から数日が経過した頃だった。再び、頭の奥から響くように、あの神様の声が聞こえてきた。



「今度は何を持っていくかい? 今回も一つだよ」



 くそ、またもや俺は戦国時代に飛ばされるのか。前回は持ち込んだスマホが思いのほか役立ったが、今回はどうする? 何を持っていくかだって? そんなの決まっている。次は絶対にゲーム機だ。電気が使える戦国時代なら、思う存分ゲームができるはずだ。



 それに、戦国時代を舞台にしたシミュレーションゲームなら、あの信長だって喜ぶに違いない。ゲームを通じて戦術を学べるし、何より退屈しない。



「携帯型ゲーム機だ!」俺は即答した。



「よろしい。では、いくぞ!」神様の声と共に、視界がぐにゃりと歪む。次の瞬間、俺の体はまるで重力から解き放たれたかのように宙を漂い、周囲の景色がぐちゃぐちゃになっていく。光と影が交錯し、音のない嵐の中を駆け抜ける感覚――これにももう慣れたもんだ。



 ああ、そういえば、信長はまだ怒ってるかな。前回、話の途中でいきなり姿を消してしまったからな。やっぱり無礼だと思われただろうか。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 再び戦国時代に到着した俺の目に映ったのは、驚くべき光景だった。目の前に広がるのは、かつての城下町とはまるで違う、電信柱が張り巡らされた景色だ。遠くに見える木造の城と近代的な電信柱のコントラストに、違和感を覚えずにはいられない。



 例によって、捕えられた俺は信長のもとへと引きずり出された。あの威圧感たっぷりの大広間。けれども、今回は以前とは違った雰囲気が漂っている。信長の顔に浮かんだのは、予想外にも笑みだった。



「お前のおかげで、スマホによる迅速な連絡が可能になった。感謝するぞ」



 どうやら、現代のスマホが、戦国時代でも大きな変革をもたらしたようだ。この時代の技術者たちは、電信柱を独自に進化させ、スマホの電信網を作り上げることに成功したらしい。時代の先取りも甚だしい。



「さて、お主には感謝をしてもし足りない。なんでも良い。好きなものを与えよう」



 俺は軽く首を振りながら、言葉を選ぶ。報酬はありがたいが、それよりも今はもっと信長に喜んでもらえるものがある。今回持ってきたものがまさにそうだ。



「いえ、結構です。それよりも、今回もためになるものをお持ちしました。これです」



 俺は、信長に携帯型ゲーム機を見せた。信長の目が興味深そうに輝く。



「ふむ、これはスマホが進化したものか?」



 彼の手元に映し出されるディスプレイに、かすかな驚きが表れる。だが、俺はすぐに説明を付け加える。



「確かに『ディスプレイ』は似ていますが、使い道が違います。この装置を使えば、他の武将との戦力差が分かりますし、戦の事前情報も得られます。戦略シミュレーションの世界です」



 信長はさらに深く興味を持ったようだ。その表情には、明確な好奇心が見て取れる。



「ほう、それは興味深い。おい、利家を呼べ!」



 ああ、この流れ、前回もあった気がする。前田利家もまた、忠実にこの時代の中で奔走しているんだな。彼がゲームの世界に興味を持つとは思わないが、これも信長の命令だから仕方ないか。



「これを使えば、戦を有利に進められると。ハヤト、でかした!」



 信長の賛辞が響く中、俺は一つの警告を心に留めた。今回のシミュレーションは強力だが、1582年のシミュレーションは絶対にさせてはいけない。あの年、本能寺の変が起こる。もし信長が清洲城からさらに勢力を拡大し、全国を支配するようになれば、いずれ明智光秀と出会うだろう。その時、信長が未来を知っていたらどうなるか。出会った瞬間、光秀を殺すかもしれない。それでは歴史が大きく変わってしまう――いや、すでに俺が関与した時点で、歴史は大きく変わっているか。



「あの、一つだけ注意点があります。1582年のシュミレーションは絶対にしないでください。約束ですよ!」



「ほう、その年に何か大きな出来事が起こるのか? さて、早速このボタンを押してみよう」



 ああ、信長の手がボタンに触れた瞬間、俺は目の前が真っ暗になった。これで光秀の運命は終わりか……。



 意識を取り戻すと、再びあの神様の声が聞こえた。



「どうやら、困っているようじゃの」



 か、神様! やっと助けが来たか。感謝しかない。今度こそ、この戦国時代から無事に脱出できる――俺は慣れた感覚の中で、現代へと帰還していった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 現代に戻った俺は、早速歴史の教科書を手に取った。どう変わっているのか、期待と不安で胸が高鳴る。



「戦国時代、武将たちの間ではゲーム文化が広がっていました。彼らは戦ではなく、ゲームの腕で競い合い、領土を奪うことにしました」と記された一文に、俺は驚きのあまり声を出した。



「それ、プロゲーマーのすることじゃん!」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る