第2話

 気がつくと、見知らぬ風景が広がっていた。木造の城郭や武士たちの姿が見える。ここはまさか――本当に戦国時代なのか? そうだとしたら、ここは誰の領地だ?



 何はともあれ、隠れるのがいいだろう。見つかったら、即殺される運命しか見えない。ひとまず、近くにある茂みに――。



「おい、そこにいるのは誰だ!」



 そこって、ここ? こんなすぐに見つかることってある?



「おい、お前のことだ!」



 門番らしき風貌をした人物が俺に槍を向けてくる。



 やっぱり、俺のことだった! もしかして、俺死ぬの!? いや、神様、あんまりだよ! せっかくなら、戦国時代を満喫したかった。



「さては間者(スパイ)だな? どこの間者か知らないが、捕らえて拷問してやる。さあ、こっちに来い!」



 拷問! 最悪だ!



「これからお前を殿のところまで、連れていく」



「……ちなみに、殿って誰のこと?」



「信長様のことだ! そんなことも知らずに偵察に来ていたのか」



 ああ、信長なら一番ひどい殺し方をするだろな。俺は門番によって縄で縛られると、城の中に連れられていく。



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 俺は豪華絢爛な部屋に通された。間違いなく、織田信長の部屋だ。いくら歴史に疎い俺でもそれくらいは分かる。



「まもなく殿が来る。頭を下げて待っておれ」



 俺が頭を下げて待っていると、ズカズカと足音が聞こえてくる。



「ほう、そいつが間者か。それにしても変わった格好をしている。さて、どこからやってきたか、吐いてもらおうか」



「どこって聞かれても……。あえて言うなら、未来、ですかね」



 俺の言葉を受けて、部屋中に家臣たちの笑い声が響き渡る。



「未来! 殿をバカにするのもいい加減にしろ」「こいつ頭がおかし過ぎるぞ」



「静かにしろ! そいつが本当に未来人なら、俺たちの戦の結果を知っているはずだ」



「戦……? 誰と戦うんですか?」



 場合によっては役に立って殺されずに済むかもしれない!



「今川義元だ。奴は近々この清洲城に向かって進軍してくる。我々は少数で奴を向かい打たねばならん!」



 今川義元! それなら、俺にも分かる!



「織田信長が勝ちます。鉄砲隊の活躍によって」



 シーンと静まり返る。あれ、ヤバいこと言っちゃった?



「ふん、なるほど。どうやら、俺の作戦はうまくいくらしいな。よし、そいつを牢獄にぶち込め! 俺が勝てば、お前を軍師として取り立ててやる」



 ちょ、牢獄いき!? もう少しマシな待遇にして欲しいんだけど!



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 数日後。信長が今川義元を討ち取ったという噂が城下町を賑わせている……らしい。俺にご飯を持ってくる人が言っていた。



 それなら、俺もこの牢獄生活からおさらばできるってことだ! ひゃっほう!



「殿がお前をお呼びだ」



 ここからが勝負だ。この先のことで俺が知っているのは、信長が本能寺の変で殺されることだけ。この先のことは何も知らない。





「さて、お前を呼び出したのはほかでもない。この先、どう動けば天下を取れるか知りたい」



 ほら、予想通りの展開だ。こりゃ、死を覚悟するしかないな。



「殿、こやつの持ち物を調べたところ、このようなものが見つかりました!」



 そいつが持っていたのは俺のスマホだった。やばい、それはこの時代に大きな影響を与えてしまう!



 信長は家臣から受け取ると、じっくりと見ている。「これは興味深い……」とつぶやいている。



「おい、未来人よ。これは何に使うものだ」



「それはスマホといって……。ああ、これじゃあ伝わりませんね。簡単に言えば、遠くの人と喋られるものです」



「ほう、それは面白い」



「でも、それはあるものがないと使い物になりません。電気って言うんですけど……」



「電気? それはどうすれば作れる?」



 いや、それは分からないって! 俺は高校生だぞ!



「ひとまず、それを解体してはどうでしょうか。仕組みが分かれば少しは役に立つかもしれません」と家臣の一人が進言する。



 え、そのスマホの中には俺の大事なゲームのセーブデータがあるのに! やめてくれー。



「よし、決まりだ! この作業は手先の器用な利家に任せる」



 利家って、あの前田利家!?



 もしかして、俺は今、貴重な経験をしているのでは? 授業で歴史を勉強するよりも、実践的な。



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「どうだ、利家。何か分かったか?」と信長は問いかける。



「ええ、多少は。ハヤト、と名乗る未来人の言う通りなら、ここが『電源スイッチ』なるものでしょう。そして、これを押すと、この不思議な四角いものの明かりがつく」



「なるほど。それで、電気なるものは用意できそうか?」



「原理はおおよそ分かりました。城下町の技術者の腕は確かですから、時間はかかりますが、なんとか準備できるかと」



「よし、分かった。それは遠くの者と話すことが出来ると聞いた。もし、量産ができれば、間者に持たせて素早い情報伝達が可能になる。これで、我々がこの世界を統一するのが容易だ」



 信長の笑い声が城中に響き渡った。



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「これはどういうことだ!」



 俺は目の前にはスマホを持った信長という、滑稽な姿だった。ああ、この姿をカメラで写真にして、現代に持って帰ったら、面白いことになりそうだな。



「ハヤト、お前は電気さえあれば、これが使えると言ったな? 肝心な『電話』という機能が使えないではないか!」



 あ、電気だけだとダメだった。電話網がなくては、意味がない。あちゃー。



「あの、大事なことを伝え忘れていました」



 俺は手短に事情を説明する。



「つまり、電信網とやらの範囲でないと、通話ができないと」



「ええ。ですから、間者との連絡は無理ですね……」



「くそ、この役立たずを処刑しろ!」



 え、俺殺されるの!? その時だった。例の声が聞こえてきたのは。



「ハヤト、あなたを現代に戻しましょう」



 お、神様きたー! ナイスタイミング!



 ピカっと俺の周りが光ると、ぐるぐると周りの景色が歪み出す。



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 俺は気づくと、学校の教室に戻っていた。あれは夢だったに違いない。うん、そうだ。さて、授業をまともに受けますか。俺が歴史の教科書を開くと、そこには古びたスマホの写真が写っていた。



 説明文にはこう書かれていた。「戦国時代の間者たちは、スマホのメッセージ機能や電話で主君と連絡を取っていた」と。

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