DIE…冒険!
谷岡藤不三也
第1話
「DIE…冒険!」
照り付ける朝日。吹き抜ける爽やかな風。
「なんか今日だりーから学校サボろ」
そろばんサボってんのも今のところバレてねえし、いけんだろ。
でもあれか、草むらに隠すにはランドセルはちょっとデカいか。あと管理人さんが掃除してる時に見つかったらややこしいから、そこらへんに隠すのはダメだなあ。
サボりへの道程その一は、ランドセル隠しか。
こりゃ初っ端から躓いちまったな。ランドセルなんかとっとと隠して、サボりを満喫してやろうと思ってたんだけどな。
なるべく近くがいいよなあ。というか安全第一。この場合の安全は何かというと、ランドセルが紛失しないこと。盗まれるのが一番アウトだから。
せっかくサボりを謳歌しても、ランドセルが盗まれたとなっちゃ、色々パーだし。
つってもいい場所思いつかねえし、時間もあんまねえ。鉄棒磨き当番のお陰で今日は早く家を出て来たわけだけど、時間が経てば道がランドセルと黄色帽子で溢れかえる。そうじゃなくても、ここで長いこと突っ立ってるだけでも声かけ案件だろう。
突発的サボりがここまでアドリブ力を要するものだったとは思わなかったな。無意識に舐めてたな、サボるという行為を簡単にできるものだって。でも、かといって、サボるのを諦めておずおずと学校へと向かうのも、なんか負けた気がして嫌だし。
うーむ、どうしたものか。
ランドセルを背負ったままなんてのはあり得ないし、公園に隠しても、誰かに持って行かれる可能性は捨てきれないし。
たとえ、その場に残っていたとしても、中身が盗まれている可能性だってある。且つ、何かが盗まれていた場合、それに気づく自信も正直言ってない。なんなら鍵を一瞬盗まれて合鍵を作られてとか、わからないけどあるのかもしれないし。鍵は持って行けばいいけど、何にどれだけの情報が詰まってるかなんてわからないし、そろばんバッグなんかよりよっぽど気をつけなきゃいけないよなあ。ボールじゃねえから埋めて隠すとかも無理だし。
やっぱ家か?でもまだ母さん出かけてないよなあ。出かけるまで待つなんてのは論外で、
出かけるまで待ってたら、選択肢はもう学校に行くしかなくなるだろうな。
「…あー」
なんか段々イライラしてきた。なんでサボるのにこんな合理的に考えなきゃなんねーんだよ。いくら考えたところで、きっかけが衝動的なものなんだから、どうやっても合理的になるわけねーじゃんな。そもそも合理的に考えたら、サボるなんてのがそもそも間違いなわけですし。
一番最悪なのはなんだ?こうやって突っ立って何がいいかって考えてるうちに、時間が過ぎて、もはや登校するしかなくなってしまって、自己弁護的に「サボるって案外難しいんだな」とか「どうやってサボるかを考えただけでも、まあ楽しかったしいっか」なんてことを思いながら通学路を歩き出してしまうことだ。
手遅れになる前に、動き出せ!
もういい!突発的衝動なんだから、正しいことなんかできっこない。ここは危険を避けるよりむしろ危険を呼び込み楽しむべきだろう。
よしわかった!ランドセルは背負ったままでいこう!
確かに目立ちはするが、今の時間帯なら、俺みたいな身分のやつにとってはむしろ隠れ蓑だろう。それに人目のある通りはどうせ避けるんだ、ランドセルがあろうがなかろうが変わらない。
盗まれてないかなとか心配しながらサボる方が楽しくねえわ!
さあ出発だ!ようやくだぜ。
ワクワクしてきたー!
……
決断をしてから数十分、人気のない道を歩いていた。
幸い、すれ違った人はほとんど歩きスマホで、通学路っぽくない道をランドセルを背負った少年が歩いていても、気にする様子はなかった。
概ね作戦は成功したと言えるだろう。見知らぬ道ではあるが、迷わないように、右左折を極力避け、道なりに直線的な歩みを心がけていた。左手には目印として線路も捉えているし、盤石な体制といえるだろう。
ここまで数分立ち尽くし、数十分道を歩いてきただけだが、もう楽しい。サボっているというだけで楽しい。セカンドスクールで言われるがまま数十キロ歩かされ、崖のような山を這いつくばって登っている時とはまるで違う高揚感が確かにあった。水はないが、紙価野山(しかのうざん)コーラを飲まされることもない。終わりの見えない行軍ではなく、ほら、気軽にこうして立ち止まったり、ベンチに座って休むこともできる。いつもなら、椅子に瞬間接着剤でくっつけられたかの如く、嫌というほど座らされているけれど、今はそんなこと毛ほども気にせず、心安らかに身体を落ち着かせられている。
サボるとはこうも楽しいものだったのか。
クラスメートに、よくバードウォッチングしてましたとか適当なことほざいて遅刻してくるやつがいるけれど、こいつは日常的にこの甘美なひと時を享受しているということか。ずるい。あやつの豪胆さは、この心の充実から来たものなのかもしれないな。
「…だが」
こうしてふと落ち着いて辺りを見回してみると、段々湧き上がってくる感情がある。
それは恐怖。
さっきまでは人がいないことを喜ばしく思っていたけれど、よくよく考えてみると、人がいなさすぎるような気がしてきた。
俺はよく知ってる。
人気のない道。閑静な住宅街。こういうところで、誘拐やその他諸々の事件は起こるんだ。
昨日朝読書で読んだミステリー小説の内容がありありと頭に浮かんできたので、必死に頭から追い出そうと試みるが、その恐怖は形を変え、想像力を喚起させることで牙を剥いてきた。
今度はランドセルじゃなくて、俺自身が盗まれるかもって心配。
言葉にして見ると洒落のように聞こえるけれど、内容はまるでシャレードじゃない。
防犯ブザーはあるけど、この人気のなさを見ると、鳴らしたところで誰か駆けつけてくれるようには思えない。というか電池ってどのくらいで切れるんだ?ある程度長持ちするようにはなってるだろうけど。いざ鳴らした時に、不意に鳴ってバカでかい音にびっくりと恥ずかしい思いをした頃とはまるで別物のように、弱弱しい電子音が鳴るだけだったらどうしようか。まあもし本当に誘拐されそうになったら、防犯ブザーがちゃんと鳴ろうが鳴るまいが関係なさそうだけど。
車をサッと横付けされたら、防犯ブザーなんて意味ないしな。まあ幸い、物静かなお陰で車が走ってきたら、たとえ消音だとしても気づくだろうから、それはあんまり考えなくてもいいのかな。怖いけど。
それよりも人だよなあ。といっても、ねえねえって声をかけて、言葉巧みに誘導しようとしてくる程度なら、「あなたのことが嫌いです」程の強い言葉を使わなくとも、断固として相手の土俵に乗らずに会話をとにかく拒否すれば、めんどくさそうな子供だなと思って去って行くとは思うけど。
思うけど、ただそれが実際に行えるかは微妙なところ。ただでさえ俺みたいなやつは、授業中手を挙げて答えたことのない恥ずかしがり屋且つ頭でっかちなので、頭ではわかっていても、いざ怪しい人と相対したら、相手の発する威圧感とかで簡単に頭真っ白になっちゃうと思う。多分防犯ブザーの紐も引っ張れないんじゃないかな。
だから当面気を付けることは、道に迷わないことと、自動車や自転車、バイクの音は勿論、人の足音に敏感になることだ。
こういう場合、気を付けて気を付けすぎるなんてことはない。常に最悪を想定して、随時適切に判断し行動していかなければならないものだ────
「君──」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
走った。とにかく走った。左へ右へ。西へ東へ。角という角はすべて曲がり、とにかく人の視界から消えることだけを考え、走った。後ろなど振り向かずに、無我夢中に走った。
無我夢中に走って、辿り着いた先は────
「…どこだよ、ここ…」
俺は今、灰色のでかい建物に囲まれていた。
……
道に迷わないように慎重に歩いていたのが全部パーだ。
完璧に迷った。目印にしてた線路も見失ったし、電柱に書いてある住所も知らん。
これだけ走ったのにもかかわらず、相変わらずの人気のなさ。人恋しくなったところで、どこへ向かえば大通りに出るかもわからない。
車通りはまばらだが、さっきよりもある。車というか、トラックだ。
どうやら沿岸の工場地帯に迷い込んだみたいだ。とカッコつけてみたところで、それがどの辺りに位置しているかは結局わからない。
どこに行けばいいのかわからない。とりあえず歩き出してみたはいいものの、灰色の巨大建造物に囲まれているせいで、景色は全く変わらない。
これで雨でも降って来ようものなら、不安で心は折れていただろう。今日が快晴でよかった。
でも急に不安になって来た。今は日の短い季節だ。暗くなる前に帰れるだろうか。
腹も減って来た。金は持っていないし、持っていても普通に買い物しようものなら即補導だろう。出禁になってもいいから、デパ地下で試食しまくって腹を満たしたい。腹が満たされれば、今胸の内で膨張している不安も、幾ばくかは萎んでくれるだろう。いやでもここどこだよ。
あーあー。せっかく学校サボってんのになー。自由で優雅なサボタージュとはかけ離れてきたなあ。野良犬猫や雀やハトの生態を観察しながら優雅に水筒飲んで、公園の鉄棒で蹴上がりからのグライダー回りでも完成させてやろうと思ってたんだけどなあ。
数時間前、ふと湧いて来た気怠さを押し殺して、つるつるの面の方が多い紙やすりと、錆色の染みのついたボロボロの雑巾持って、大人しく鉄棒磨いてれば、当たり前に給食食べられたのになー。今頃、俺の分のデザートを狙って、醜い争い(平等にじゃんけんか、早い者勝ちか)が繰り広げられてんだろうなー。
もうここまでくると、サボりよりむしろ、耐久の様相を呈してきたな。
空腹からくる精神の摩耗。現在地知れずの不安。足も、さっきの全力疾走が影響してそこそこ疲れてきてる。だのに、どこまでいっても景色は変わらず、自分が今ちゃんと家へ向かえている手応えはない。
とりあえず目印だ。目印を探そう。この際、もう補導とかどうでもいいから、大通りに出よう。そしたらなんか手掛かりがあるだろ。最悪人に訊けばいいし。
まあその大通りがどこにあるかがわからないんだけどな。
途方に暮れそうになるけど、諦めない。諦めたらシンプルに帰れなくて困る。
顔は上げとけ。電柱に書いてある住所も、建物の名前も、定礎も、車のナンバープレートも全部見逃すな。
何かきっかけを探せ。きっかけを……!
そして見つけた。希望と蜃気楼。どちらとも取れる選択肢。
見つけたのは高架。
────高速道路か、電車か。
電線は遠くてよく見えない。電車が通ってくれたら一発なんだが、こういう時に限って時間は無限に延びるもの。
待ってても埒が明かない!
焦りと期待を込めて高架へ向かって進みだす。しばらくして見えてきたのは鉄の箱に走った赤い一本のラインではなく、黄色帽子。
一瞬戸惑うが、すぐに納得した。
「…そうか、もう下校時間なんだ」
家を出て以来、時計を見る機会が一切なかったため、アバウトな感覚(腹時計)で判断していたのだが、どうやらもう低学年は下校している時間になっていたようだ。思っていた時間よりも、実際の時間は過ぎていたらしい。
まあそんな時間のズレなんか今はどうでもいい。それよりも、これだけ黄色帽子とランドセルが道にあふれていれば、堂々と行動できるというものだ。
忘れ物を取りに行く体を装って、黄色帽子の流れを逆に辿って行くと、狙い通り小学校に辿り着いた。裏岸浜(うらきしはま)市立橋名場(はしなば)小学校というらしいが。
「…これで知ってるところだったらよかったんだけどな…」
ただ、今俺が隣の市にいることはわかった。流し流され思えば遠くまで来たもんだ。
そして大通りの存在も捉えた。向かってみると、青看板を発見。お馴染みの地名、我が故郷、本岩本(もといわもと)の名前を発見。進むべき道は見えた。
「こうなったらこっちのもんだ!」
……
安心感を得た俺は、大通りを背にして走り出す。向かう先は、橋名場小学校への道中で見つけた公園だ。鉄棒があることも確認済みだ。動物たちをゆったり観察することは叶わないが、せめて鉄棒技の一つくらいは完成して、このサボタージュの有終の美を飾りたい。
時間がない。公園に辿り着き、先約がいないことを確認し、ランドセルを素早く近くのベンチに置き、鉄棒に飛びつく。その勢いのまま蹴上がり──からのグライダー回り…
「くそっ!」
ちょうど九時の辺りで失速し、六時の辺りまで戻って来て、グライダーの格好のままぶらぶら揺れる。
…やっぱり勢いが足りない。蹴上がりからのグライダーまでは、頭の先から爪先、間に至るまで、もう完璧なんだけど、どうしてもあと一押しが足りない。
普通のグライダーだと、途中で手を離すから、鉄棒の上に立って静止した後に、ただ重心を移動させれば飛べる。でもそれじゃ回るにはパワー不足ってことだろ。
鉄棒の上に立って間を取るまでは、従来通りでいい。その後に勢いよく身体を倒して、遠心力と蹴る力を使う?つかそもそも、空坂、空前は普通に回れるのに、なんでグライダーでだけ回れないんだ?関係性としては、空坂と振り飛び、グライダーとグライダー回りは同じはずで、どうして前者は難なく飛んだり回ったりできるのに、後者になると飛べても回れないんだ。
恐怖心?重心?それともグライダーは飛ぶものだって認知の問題?
時間はない。空は、もう夕焼けの色になり始めてる。帰って来ても不自然じゃない時間帯のリミットはもうすぐそこまで来てる。
ただがむしゃらにやるだけじゃダメだ。考えて、仮説を立てて、その通りに身体を動かす訓練しなければ。
────飛ぶのではなく回る意識。掌に、足裏にずっと鉄を感じるように。
あとちょっとが届かない。頂点に至らない。あと少しが大きな壁となって立ちはだかる。
背中に意識を。円の半分は落ちる意識。もう半分は起き上がる意識。
回転する景色。見つめる黄色帽子。
汗。鉄。砂。
滑り落ちないように。エネルギーを解き放たないように。力を循環させるんだ。
恐怖を捨てろ、意識を捨てろ。身体の部位を意識で操るな。意識では伝達が間に合わない。
自然に。自然に。永久に回り続ける黄金の回転の如く────
────そして完成する。頭の中の空想を、可能性を、己自身の肉体で実現させた。そこから見えた景色はゆらゆら揺れていて、でも胸の鼓動が幻じゃないと訴えていた。
「よっしゃああああ!」
束の間の静寂の後、思わず鉄棒の上に立ち上がり、雄叫びを上げ、夕陽をバックに天に突き上げるガッツポーズ。
──をしてハッと我に返る。何トリップしてんだ。早く帰らねえとやべえ。サボったのバレる。
すげーと羨望の眼差しを向ける黄色帽子たちに苦笑いをしつつ、そそくさとランドセルを背負って、公園を後にした。
……
夕陽を背に走る今の心境は、まさにRPGのエンディングロール。
長い旅を経て、チャンピオンになって、そこから家に帰ってくる道中の感動的なやつ。
色んなことがあったけど、最後に帰ってくるのは住み慣れた自分の家って感動的なやつ。
色んなことあったな。というか、色んなことを考えた。
不安だったし、心細かったし、腹も減ったけど、なんだかんだ楽しかったな。
学校サボるってこんなに面白かったんだ。
学校というマイナスがゼロになる程度かと思ってたけど、全然プラスプラスで、フィエスタかってくらい楽しかった。
ちょっと時間置いて、またやってやろう。今度は反対方向に行ってみようかな。
「…よし、ちょうどいい時間くらいかな」
帰りがけの馴染みの学校から出て来る黄色帽子や黒髪や野球帽を遠目に見て、そいつらに見つからないように、数時間前も通った人気のない道を、今度は逆に辿って家へと到着。
玄関の前で、何か不自然なところがないかの最終チェックをして(名刺とか匂いとかありがちだよね)、元気よくドアを開ける。
「たっだいまー!」
「あんた学校サボったでしょ!」
玄関開けたら、拳オブ母。
いってー…ちっとも感動的じゃねー…。そういやウチ引っ越して二か月だったわ。
「先生から電話あったし。それと牧村さんところと、冴羽さんところと、工藤さんところと、服部さんところと、毛利さんところと、灰原さんところと、金田一さんところからも連絡あったし。線路沿い歩いてたよーとか、四丁目の辺りでうろうろしてたよーとか、工場たくさんあるところ歩いてたよーとか、走ってたよーとか、橋名場小前にいたよーとか、公園行ったよーとか」
こっわ。ママ友連絡網こっわ。声掛けられたのもそれか…。
「あとあんた、そろばんサボってるのも知ってるからね」
「うげっ…」
「お小遣いから月謝分引いとくから、そのつもりで」
「それってゼロってこと…?」
「サボった回数によってはマイナスかもね」
「そんなぁ…」
今月『漂白』の新刊出るのに買えねえじゃん。ただでさえ最近コミックス値上がりしてんのにさー。
「あと、そう。今後もサボろうって考えてんなら、家出てってもらうからねー覚えときな」
「…出たよ!そーゆーやつ!そうやっていっつも俺の話聞かねーじゃん!俺だって疲れんだよ!朝早く起きたり、宿題したり、先生のいびりに耐えたり!大変なんだよ!小学生も!だからたまに休んだっていーじゃん!」
「ダメです」
「ほらやっぱり聞いてないじゃん!大人は有給だってあるじゃん!少しくらい自主休校したってバチは当たらないと思います!」
「ダメです」
「なんで!」
「…有給なんてね、あってないようなものなのよ。所詮ね、人は働き詰めて死んでいくの」
「……」
そんな夢も希望もない残酷なこと言わないでよ…。
「ダメなもんはダメなの。サボり癖つくと苦労するよー?そんでずるずるずるずる休んでって引きこもりでもしたら、ほんとに面倒見ないからね」
「…わかったよ」
「夕飯まではお菓子禁止ね」
「……わかったよ」
手に持っていたお気に入りお菓子セットを乱暴に仕舞う。くそ、腹減ってんのも見透かされてんな。
大人しく部屋に戻るか。うーん、でもやることないしなあ…。そうだ。
「パソコン使うよー」
「どうぞー」
地図を開く。道を詳細に辿ることは無理だけど、どの辺りまで遠征したのかくらいは調べておくか。
今回のサボりで得た唯一の固有名詞である橋名場小学校を検索ワードに入れ、その近くを見てみると、例の公園や、迷って心細かった工場地帯を発見した。
こんなことがあったな、あんなことがあったなと、つい数時間前のことなのに、懐かしい思い出を振り返るように眺めていると、そのすぐ近くに、家族でよく行くショッピングモールがあることに気づいた。
そこは、記憶が正しければ、車で十数分の距離だったはずだ。
「…」
唇を尖らせながら調べてみると、橋名場小学校と家を直線距離で結ぶと、三キロだった。
これが「たったの」なのか、「たくさん」なのかはわからないけど、数字から受ける印象は、前者だった。
肩を落として、パソコンの電源を落とした。
そのまま自室に入って、扉を閉める。
椅子にも座らず、立ったまま思うことは、あそこまでしか行けてなかったんだ。大冒険のつもりだったけど、大したことなかったんだ。結構曲がったりしたから、単純な直線距離よりは歩いているだろうけど、多少増えるくらいで、大したことないのは変わりない。なんか思ってるよりも自分の世界って小さいんだ。そしてまた明日からもっと小さな学校という世界に閉じ込められるんだ。
絶望とか落胆とか、そういう激しい感情じゃない。ただ何となく曇り空みたいな気持ち。
「…なんだかなー」
もやもやを抱えながら、机に向かい、おもむろにノートを開く。
宿題でもやるか?…いやそうじゃない。そうじゃないよな。
────部屋に戻り、机に向かい、ノートを開く。
けれどもそれは宿題をするために非ず。
新たなサボタージュの計画書を認めるためである────
今回は怒られたけど、次は絶対怒られないように計画してやる。
んで、チャリ乗って、前よりもうんと遠くへ行ってやる!絶対!
今回の記録を超えて、数字でも気持ちでも、もっと満足できるくらい、友達に土産話できるくらいの、もっとでっかい大冒険を、今度こそやってやる!
この曇り空に「悔しい」と名前を付けて、実体化してやっつけよう。
この厚い雲をかきわけて、眩しい青空へと届くくらいの大冒険をしよう。
DIE…冒険! 谷岡藤不三也 @taniokafuji-novel
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