第20話 いまだ戻らず


「残念だったな、大樹」




あざ笑うかのような俺の発言に苦笑いをする大樹。




「うっせ。先生の言っていることは理解できる。クノウは勝とうとした、それだけだ」




柄にもなく、元気な姿は息を潜めている。




「…もうっ、黒崎くん!東郷くんをいじめないであげてください」




かのんは意気消沈している大樹をかばう。




「そうゆうつもりじゃないぞ。それにいい経験になったと考えればいんじゃね。甘えた考えが変わるかもしれないだろ」




「甘えてたわけじゃないんだけどな」




そんなところに1人の女性が現れる。




「…東郷殿」




クノウ イチカだ。


いつもの奇抜な登場ではなく、真正面からご入場だ。




「おぉ、クノウじゃねえか。どうしたんだ?」




「…試合のことはほんとにすまなかった」




大樹に対して頭を下げる。




「そんな下げるもんでもねえよ。出場できて浮かれてたっていわれりゃその通りだしよ」




「そうだぜ。こいつの怠慢だ。クノウが気にすることじゃねえよ」




正直、ここまで謝るならまっすぐ戦えばよかったものを、と言葉にするのは野暮だろう。




「お詫びと言ってはなんだが…これを」




そういって懐から小さな笛を出す。




「こりゃなんだ?」




「これは音忍に伝わる『知らせの笛』じゃ。この笛は忍おりじなるの笛で、所有者にしか聞こえない音で出来ておる。なにか困ったときはそれで呼んでくれ。…ではの」




颯爽と立ち去るクノウ。




「よかったじゃねえか。クノウを一回こき使えるってこった」




「そんなん急に言われてもよ…」




「なにもないならエロイことにでも使えばいんじゃね?」




「黒崎くんっ!」




かのんが大声をあげる。


俺は耳をふさぎながら、




「冗談だよ…」




かのんの気迫に圧倒される。




「ほんとに冗談はさておき、次の試合迅はどうすんだ?」




「どうするもなにも、なぁ?」




俺も困っているくらいだ。


次の対戦相手、つまりお嬢だ。


手加減なんてしたらキレられるどころの騒ぎではない。




「…まだ意識が戻ってないんじゃないでしょうか?」




たしかにいまだお嬢の意識は戻らない。


かのんは自身との戦いでお嬢が負った傷を心配している。




「梅野先生が大丈夫っていえば大丈夫じゃねえの?医療に関してあの先生より腕が立つのはこの学園にはいないだろ」




「…そうですよね」




「定期アナウンスです。学内新人戦第二回戦からは約1時間後を予定しております。皆様しばらく食事などすまされるよう、よろしくお願いいたします」




音無2年が定期的にアナウンスを繰り返し、現状を伝えてくれている。


ずっと空気が張り詰めないように働いてくれている。




「私達も休みましょうか」




「「そうするか」」




つかの間の休憩タイムだ。


次の試合に向けて休みを挟むのであった。












ー???ー




『ハクノー。そっちの調子はどお?』




『今のところ別状はないわ。華様も特に変化なし』




『それはよかったぁ』




『ビューが主人マイ・マスターに接触したのは、あんな主の姿なんて見たくなかったからかしら?』




『いいえ、そうではありませんわ。あの主人ボスのひ弱な姿を見ていたらいてもたってもいられなくなってしまい…』




少しもじもじしながらビューは語る。




『母性だ』




『母になった覚えはありませんが…』




『どんな形であれ、主を想う気持ちはそれぞれですから』




『みんな主人マスターと何かしらの縁・があるんだもんね』




『あの人に救われたからこそ、今の私たちがあるのよね』




主人ボスには感謝しきれないわ』




『メメちゃんは外に出てる印象ないけど、どこで主人マスターと知り合ったの?』




『…ん?わしかのぁ?わしはこき使われておったところを助けてもらったのぉ』




『メメほどの才覚を持った人物ならどこも手が出るほど欲しいものよね』




『スィヨンの方が欲しいじゃろうてぇ』




『才能を持った人ほど、自分の価値に気づかないものよね…。困ったものだわ』




ビューはため息をつきながら困り果てた口調で話す。




主人マイ・マスターもその類よね』




『そうそう。とっても強いのにまるで弱いかのようにするもんね』




『言動は似ても似つかないけれどね』




『そこがいいんじゃないですの』




『あるじぃは変なひとなんじゃねぃ』




黒崎 迅に仕えている4人の女の子は楽しそうに談笑するのであった。














食堂にて休憩している俺・大樹・かのん。


それぞれ、夕食を済ませていた。




「大樹、それ美味しいか?」




大樹の食っている牛カツを見て、ふと尋ねる。




「ん?あぁ、めっちゃ美味いぜ」




大樹は牛カツを頬張りながら話す。




「…私はあまり食べたことありませんね」




かのんは不思議そうに牛カツを見る。




「俺もあんまり食ったことないな」




「お前らも今度食ってみればいいぜ」




話しながらでも食うのをやめない大樹。




「あんたねぇ、食いながら話すのやめなさいよね。バカ」




すると突然、後方からツンっとした声色で大樹を罵倒する人が。


俺らは後ろを振り返り、その人物を確認する。




「…うさみさん!」




負傷して救護室にいるはずのうさみが立っていた。


顔などに治療を受けているところをみると完全復活というわけではないようだ。


かのんが嬉しそうにうさみに抱き着く。




「…うさみさん、もうお怪我は大丈夫なのですか?」




「ええ、今のところはね」




かのんの頭をなでながら嬉しそうするうさみ。




「もう帰ってきたのか」




「バカっていう方がバカなんですー」




意外にもあっさりしている2人。


うさみはフッと鼻で笑い、




「聞いたわよ大樹。あんたスカしてる割にはクノウに秒殺だったらしいじゃない」




「なっ!?」




不意に痛いところを突かれ、とっさの言葉も出ない大樹。




「なんでうさみが知ってんだ?だとよ」




大樹の言いたかったことを代弁する。




「クノウから聞いたわ。それに負けたのに勝者から謝られた挙句、施しをもらったって」




クノウはそんないい方しないだろう。大樹を罵倒するために曲解に曲解を重ねてやがる。


…まぁ、全部あってんだがな。




「…そうだよ。あっけなく負けたんだよ」




言い方はあるにせよ、間違った解釈ではないためか素直に認める大樹。




「あら?珍しいじゃない。反省してるなんて意外だわ」




そう、意外にも大樹は先の戦いでの出来事を反省している。




「…東郷くんは次に生かそうとされてるんですよね?」




「その甘っちょろい考えを改めるってわけね」




「…人を信じるってことはやめねえ」




大樹は飯を食いながら真面目な顔して物言う。


全然説得力もなければかっこよくもない。




「はぁ?あんたねぇ、それが原因で負けたんじゃないの?」




「確かにそうかもしれねえが、その信念だけは曲げねえ」




大樹も頑なだ。




「…勝手にしなさい」




うさみもこれ以上は無駄だと悟る。




「…それよりも!うさみさんが元気そうでよかったです。…華ちゃんはまだ意識が戻らないんですか?」




かのんは雰囲気を変えようと違う話題を振る。




「華はまだ救護室よ」




「…そうですよね」




かのんは再びバツが悪そうにする。




「お嬢はそのうち起きるよ」




「…黒崎さん」




「それより、あんたに話がしたいってやつがいるわよ」




うさみは席に座り、俺の方を見る。




「俺にか?誰ともそんな予定はないが…」




身に覚えのない話に考えていると、




「…黒崎」




聞いたことある声が俺の名前を呼ぶ。




「美登か」




振り向かず、名前だけ呼ぶ。




「違う奴だったら恥ずかしいやつだな」




大樹が空気を読まず独り言をいう。




「うるせえ。…元気になったみたいだな」




「あぁ。記憶はないが梅野先生から事情は聞いた」




「そうかい」




「…何も聞かないのか?」




俺以外はその回答に対して、頭上に?が浮かぶ。


…美登が言っているのは、あののことだろう。


うっすら美登からどす黒い何かが出た時点で観客からは見えないようにしたからな。


他の奴は何の話か分からないのは当然だ。




「何の話だ?」




知らず存ぜぬの態度で聞き返す。


美登はその回答にフッと笑い、




「すまなかった。これだけを伝えたかった」




「別にいいんじゃねえの」




「2人の世界に入るなよな」




大樹が間に入る。




「邪魔した。それでは」




伝えたいことだけ伝え、美登はその場を去る。




「…なにに謝ったんでしょうか?」




「さあな」




とぼけながら首を振る俺に対し、うさみは何も言わずじっと見つめる。




「俺の顔になんかついてるか?」




「…いいえ、べつに」




うさみはふんっとそっぽを向く。


…が、すぐこっちを向き、




「…そういえば、あんたたち私の試合中変なこと言ってないでしょうね?」




うさみは笑顔でみているが、実際笑っていない。


大樹は食べている手を止め、俺はゆっくりと違う方向に目をそらす。




「…かのん。このバカどもはなんかいってた?」




かのんに言質を取ろうとするうさみ。


かのんは急に話を振られあたふたしながら、




「…えっ?い、いやぁ…誰も鬼だなんて言ってないですよ…?」




…かのん。それはだめだ。




「…いい度胸じゃない。鬼がどんだけ怖いか、その身でとくと味わいなさいっ!」




うさみの怒声が食堂に響き渡っていった。












ー約1時間後ー




「定期アナウンスのお知らせです。ただいまより学内新人戦2回戦を始めていこうと思います。各選手は準備を、観客席の皆様はお戻りになるようお願いします」




音無2年のアナウンスが聞こえる。




「華が出れない以上、あんたが繰り上がりってことになるのかしら?」




「お嬢に勝ちを譲りたいんだがな」




「…そんなことしたら、華ちゃんが怒りますよ?」




「そうなるから困ってる」




「迅が決勝に行くのは面白いな」




「笑い事じゃないんだがな」




こっちは本気で言っているが、許してはくれないだろうな。


俺らが今後の試合展開を予想していると、




「えー、皆様にご伝達があります。2回戦第1試合の予定であった公家院 華選手ですが、試合に出るコンデションではないとのことです。一応先に第2試合を行い、回復を待つという選択もあります。第2試合に出る選手のご意見次第ということになりますが…」




「順番は最初からランダムでしたから~、別に少し早まっても構いませんよ~」




佐々木先生は俺らの意見も聞かず、了承する。




「私も構いませんよ」




先生の意見に賛同する選手が1人。


レオナルド・テリオスだ。




「…何ら構わんのじゃ」




いつの間にかステージ端で座り込んでいるクノウも同じく賛同する。




「両者の許可も下りたところで、さっそく試合を始めたいと思います!レオナルド選手、ステージへどうぞ」




実況の音無2年が試合の方へ誘導する。


観客席も大盛り上がりだ。


お嬢の意識が戻るかは分からないが、おそらくこれが事実上の決勝戦になるはず。


お嬢がいない以上、俺が試合に出る意味なんてないからな。




『勝って私のところに帰ってくるのよ!』




…あれは1回戦の話だ。


これから先はノーカウント。


………。


……。


…はぁ。


真面目に戦わないと怒られそうだなぁ。


そんな憂鬱な感情とは裏腹に第2回戦が淡々と始まっていく。

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