第10話 学内新人戦開幕

「…お嬢。行きますよ」




俺はお嬢の支度を待っていた。


かれこれ1時間は待っている。




「どーせ着飾っても戦闘服に着替えるから大丈夫ですって」




「こうゆうのは気持ちの問題なの!」




扉の向こうで大きな声が聞こえてくる。


いよいよ今日は、学内新人戦当日だ。


学園の関係者をはじめ、外部からの来客も後を絶たない。


こうゆう大会は、今後の進路を決めるという意味でもとても重要になる。




「早くしないと遅刻しますよ~」




「迅は出ないからいいじゃない。公家院家として下手なことはできないの」




「んなぁことは、充分わかってますよ」




「わかってない!」




はぁ、とため息をつきながら準備を待つ。


この当日に向けて、修行を重ねて頑張ってきたのは事実。


成果が実るかどうかは、…まあトーナメント表の運次第だろ。




それからまた数十分後…




「待たせたわね、迅」




華やかだが、決して派手ではない服をまとい、俺の前に出てくる。




「…遅いですよ」




「さあ、みんなが待っているわ!行きましょう」




「…へいへい」




そういって俺たち2人は学園に向け、出発したのだった。














ー学園内 新人戦控室前ー




「おはよう、かのんちゃん、大樹さん、うさみさん」




「よお」




新人戦のメンバーは控室に待機となっている。


いつもの5人組の中で、俺だけが選ばれていないのでここで別れる手はずだ。




「よっ、迅。華」




「…お、おはようございます」




「おはよう」




「お前らは辞退するかと思ったぞ、うさみ、かのん」




「私だってしたかったわ。でもこの馬鹿がうるさいのよ」




「…わたしは、考え事してたら当日に…」




うさみに関しては、大樹が引き留めたってわけか。


かのんは、考え事?緊張で新人戦から頭が離れなくなったか?




「前より、曇りがないみたいだが?大樹との修業が良かったのかね」




「やめてちょうだい。修行してたのはこいつだけ」




うさみは嫌そうに否定する。




「皆さん、今日は頑張りましょう!」




やる気満々のお嬢に掛け声に対して、大樹しか反応を示さない。




「…そちらは元気で何よりですね」




浮き足立ってる俺らに話しかけてきたのは、レオナルド・テリオス。




「…レオナルドじゃねえか。美登もいるのか」




大樹が後ろにいた美登・H・紫翁に気づく。




「主席と次席は一緒ってわけね」




「紫翁君とはたまたま一緒に行動していたんだ。まあ、それとは別に問題があってね…」




問題?なんかあったみたいだな。




「…なにかあったんでしょうか?」




「僕の友人である吉田 圭吾が体調不良でね。今回の新人戦に出れないことになったんだ。先生方にはすでに通達がすんでいる。7人で行うのか、代理を入れるのか現在話し合っているらしい」




なるほど、あの影の薄いあいつか。


もったいないことをしたもんだな。


一方、男子寮では…




「くっそう、食いすぎてお腹が…うおぉ」




吉田 圭吾はほんとに前日までドカ食いを続け、腹痛が収まらなくなっていた。










「あら?わたしもそうしようかしら」




「あ?お前は体調悪くねえだろうが。仮病すんな」




「そうようさみさん。せっかくの出場機会なんですもの。楽しんでいきましょう」




うさみを引き留めるようにお嬢と大樹が話しかける。




「…すでに緊張でどうにかなりそうです…」




かのんは意気消沈しそうだ。




「…大丈夫か?」




美登がかのんを気遣い、声をかける。




「…す、すみません。大丈夫です」




「無理する必要はない」




顔色一つ変えずに淡々と話す美登。


かのんは顔の前に両手を出し、全力で左右に振っている。




「みなさ~ん揃ってますね~」




佐々木先生が控室に到着する。




「知らない人もいるかと思うので、念のため。現在吉田君の不参加が確定しております~。教員側はどうしようかな~と悩んでいるところです~。そ・こ・で!参加者の皆さんに代役を決めてもらおうかと思いましてね~」




教員共が生徒に投げやりにしている。




「こら~黒崎くん。私たちが仕事してないみたいな顔しないんですよ~。まあそうゆうことなので、誰か推薦する方とかっていますかね~と言われても、急には出ませんよね~」




佐々木先生が少し困った顔をしていると、




「迅を推薦するわ」




「迅でいんじゃねえか」




「この人」




お嬢・大樹・うさみが同じことを言いだす。




「嫌です」




俺は真っ向拒否の姿勢だ。




「参加者からの推薦なら、納得しますと思いますけどね~」




「先生だって、俺の成績知ってるでしょ?こんな凡人が参加者なんて周りも納得しないし、ただの公開処刑ですよこんなの」




俺は否定する理由を述べていく。




「…たしかに成績という点なら、否定的な意見が多いかもしれないが。僕たちはアレクシスくんとのいざこざを見ている。魔力を持たずとも、学生とはいえ魔法士とやりあえるほどの力を持っているのは周知の事実だ」




なんとレオナルドが肯定的な意見を出した。




主席レオナルドさんがこうゆうなら、少なくても生徒からの反対意見はないわよね」




お嬢がにこにこで笑いかける。




「…黒崎さん、出るんですか?」




かのんが少し安心したような表情を見せる。




「…くそっ。今回だけだぞ」




推薦していた人+かのんが嬉しそうに喜んでいる。




「…レオナルド。お前が変なこと言わなけりゃ免れたんだがな。当たった時は覚えてろよ。勝ちは譲るが簡単に行くと思うな」




「…肝に銘じておくよ」




「じゃあ、そうゆうことで決まりですね~。黒崎くんには感謝です~」




ちっとも嬉しくない。




「では、皆さんは準備ができ次第、今回の会場に向かってくださいね~」




そういって佐々木先生は去っていく。




「よかったわね、迅。あなたの実力を見せる時が来たわ」




「護衛の実力ってやつか?」




「まあ、華を取り戻した実績があるからある程度の実力はすでに分かっているけどね」




「…そもそも公爵位家の護衛なので、実力はあると思いますが…」




みんな好き放題に語っている。


そんな中、1人の女性が話しかけてくる。




「黒崎殿。このたびは代理参加とはいえ、おめでとうじゃ」




…イチカ・クノウ。今の今まで端っこでおとなしくしてたくせに何の用だ。




「黒崎殿。お主は天縫糸と仲睦まじい関係なのかの?」




急になんだこいつ。


かのんのことか?




「あっちで騒いでいる奴らのほうが仲いいと思うぞ」




「…わしにはお主に重きを置いていると感じた。ので、相談…頼み?かの。そんな感じのことを頼みたくて話しかけたのじゃ」




「隠密のクノイチ様が凡人に何用ですかね」




「天縫糸は、なにか思い悩みすぎている気がしての…。この間話す機会があったのじゃが、少し心配になっての。良ければ、よく見ておいてほしいのじゃ」




俺が見たところで…と思うが、わざわざ言いに来るほどだ。


俺もそこまで無関心なわけじゃない。




「特にすることはないが、お嬢の友達を無下にする気はない。とだけ言っておこうか」




「うむ。それなら良いのだ。では、忍忍」




忍者ポーズをとって颯爽と離れていく。


それにしても、うさみだけじゃなくてかのんもか。


年相応な方々は悩み事も多いってか。


俺からアクションを起こすことはないが、目に見える範囲ならなんとかするか。




「迅。なにしてるのよ。早くいかないと始まるわよ」




いつのまにか、全員会場のほうに向かっている。


…お嬢たちはさっきまで騒いでなかったか?


俺が遅れてるみたいに言うなよ。




「はいはい。行きますよ」




お嬢のもとに向かう俺だった。










ー新人戦会場ー




「さあ、やってまいりました。イリーナル学園の夏と言えば、この学内新人戦!多くの外部からのお客様を招いての開催。1日で終わってしまうのが惜しいくらいの盛り上がりを毎年見せています。そんな中、今回この新人戦の実況を担当させていただきます。2年の音無 懐波がお送りいたします。よろしくお願いします!…そして今年の解説はこの方!」




「は~い。1年クラスの担当をしてます~佐々木 歪です~。よろしくお願いします~」




おおおおおっ。


客席は大きな歓声が上がる。




「はい。今回はクラス担当である佐々木先生にお越しいただきました。佐々木先生よろしくお願いします」




「音無くんは元気ですね~。こちらこそ~」




「ありがとうございます!さっそくですが、今大会の注目選手は誰でしょうか?」




「そうですね~。注目株はやっぱり主席のレオナルドくんですかね~」




入場口の隅にいる俺たちからも実況の声は聞こえてくる。


お嬢は不服そう顔をしている。


主席が一番候補なのは当然だろう。




「やはり、例年通り主席は真っ先に上がりますよね」




「そうですよね~。でも個人的には公家院さんもおすすめですかね~」




「おっ。噂の公爵家当主候補と名高い公家院家の次女様ですね」




今度は急に冷めた顔をしている。


『公爵家』という肩書きに嫌気を指しているんだろう。




「まあたしかに。公爵家、ということもありますが~。彼女はとても努力家で入学してからこの新人戦まで肩書きに甘んじず、誰よりも頑張ってきた子なので~。期待したいところですよね~」




お嬢は少し照れくさそうにしている。


うさみがつっついていじってる。


それにしてもお嬢の喜怒哀楽の顔芸は逸脱しているな。




「なるほど。努力を惜しまない輝く原石なんですね。それは期待がかかります。…あ、すみません始める前に少しいいでしょうか?今回急遽選手の変更がありましたことを皆様には大変遅めのお知らせになってしまい、お詫び申し上げます。…では、改めまして選手紹介のほうからさせてもらいます!」




おおおおおっ。


再び客席に大きな歓声が上がる。








「いよいよか」




「なに?あんなにはしゃいでいたのに緊張してんの?」




「なにいってんだよ。早く戦いたくて仕方ねえよ」




「…あんたに話しかけた私が悪かったわ」




「…ど、どうしましょう…」




「大丈夫よ、かのん。死ぬわけじゃないんだから」




「…は、はいぃ」




こっちは歓声によってプレッシャーがより重く感じられる。




「…く、黒崎くんは、どうもないんですかぁ?」




「どうもこうも、お嬢が言った通りなのもあるが…。かのんは辞退することなくここまでこれたんだろ?それって、ほんの少しでも出たいって意志があったことになるんじゃないか?結果がどうあれ、その決断は今後の成長に充分役立ってんじゃねえかな」




「…成長?できているんでしょうか。わたしは」




「以前のかのんのことは知らないが、これまでできなかったことができる時点で成長できていると思うが」




「…なるほどですね。成長、できてるんだわたし…」




少し、表情が和らぐかのん。


何か分からんが、クノウとの頼みは少しは果たせてるのかもな。








「まずは優勝筆頭、主席のレオナルド・テリオス選手!」




レオナルドが手を振りながら壇上に上がる。


金髪のイケメンが出ると黄色い歓声が上がる。




「続いて次席、美登・H・紫翁選手!」




藍色の髪の男が腰に日本刀を携え、壇上に上がる。




「3人目はある意味佐々木先生からの一押し。公家院 華選手!」




お嬢も周りに手を振りながら、壇上に上がる。


どこか一瞬気にかけた様子が見える。


目線の先を見ると、水色髪の女の姿が。


…あれは、まさかな。




「4人目は天縫糸 花音選手!」




かのんは周りを見ず、少し小走りでお嬢の方へ駆ける。




「5人目はイチカ・クノウ選手!」




…そういえばクノウを見てないな。迷子か?


そんなことを考えていると、壇上から煙が上がる。


煙の中から忍者ポーズをしたクノウの姿が。


…大道芸か?




うおおおおおおっ。




観客は大盛り上がりだ。




「6人目は宇佐 美鈴選手!」




うさみは淡々と壇上に上がる。


どちらかと言えば、ここから成績下位組なので、観客の盛り上がりが急激に落ちる。


うさみはふんっとツインテールを揺らす。


観客なんて気にもしてない様子だ。




「7人目は東郷 大樹選手」




大樹は、うおおっと言いながら壇上へ上がる。


…あそこまでシンとした中、堂々としてられるのは才能だな。


滑っている様子をお嬢が口に手を抑え、うさみは指さして笑っている。


かのんも少し微笑んでいる。




「いやあ、東郷選手は元気ですね」




「あれが彼の良いところです~。きっとこの新人戦を良い方向に持って行ってくれると思い、選出しました~」




「なるほど。確かにあの活発さと勢いは目を引くものがありますね。…では、最後の8人目の紹介です。今回、出場辞退となった吉田 圭吾選手の代わりに急遽代理参加となった、黒崎 迅選手!」




吉田の名前を出す必要はあったのだろうか?あいつの公開処刑じゃないか?


俺は壇上に上がると、




ぶぅぅぅぅぅぅ。




ブーイングの嵐だった。


魔力0が新人戦の参加だ。そりゃこうなるわな。




「…迅にブーイングなんていい度胸じゃない」




「…黒崎くん、大丈夫ですか?」




「なんも気にならんが?想定通りだろ」




けろっとしている俺を見て、安心する一行。




「おっとぉ、これはすごいブーイングですね。彼らはまだ小さな卵なので、観客の皆様はあまりそうゆうのは控えていただけると助かります」




「…ですが、今後彼がこの道を進むなら、いずれ通る道ですね~。数々の障壁の1つに過ぎませ~ん。まあ、彼の場合は~とても賢い方なので大丈夫ですよ~。ね~黒崎くん~」




マイクでわざわざ話しかけるな。


…言ってることは、正論だがな。




「選手の紹介は以上になりますが。ここで学長から一言挨拶がございます!」




長い白髪の若い男性が出てくる。




「皆さんこんにちわ。この学園で学園長をしています。ジェフ・イリーナルです。今年度も新人戦が開催できることを心から嬉しい限りです。新入生の皆さんには充分に力を発揮し、思う存分戦ってもらいたいと思います。では」




うおおおおおおっ。


挨拶を済ませ、その場を立ち去る学長。




「学長、ありがとうございます。それでは早速トーナメントの順番を決めていこうと思います。皆さん、事前にお配りした勲章に魔力を注いでください!」




選手には胸に勲章をつけてもらっている。


これで順番を決めるらしいが…


それぞれが勲章に魔力を注ぎ、頭上に魔力で作られたトーナメント表に名前が記載されていく。


8人中7人の名前が浮かびあがる。




うおおおおおおおおっ。


三度歓声が上がる。




「…あれっ?おかしいですね。1人まだ魔力を注いでいない選手がいるようです」




「違いますよ~。黒崎くんは魔力0なので~、名前は反映されません~」




…これが新たな虐めってやつか。




「す、すみません。こちらの不手際です!え、えーと、では空欄のところに黒崎選手が入るという形となっています!」




「黒崎くん~いじめじゃないですよ~。あなたが特殊で例外なだけです~」




…なんもいってないのに変なフォローなんていらねえよ。




「そ、それでは、トーナメント表の結果を発表していきたいと思います!」




第1回戦 美登・H・紫翁選手VS黒崎 迅選手




第2回戦 公家院 華選手VS天縫糸 かのん選手




第3回戦 レオナルド・テリオス選手VS宇佐 美鈴選手




第4回戦 東郷 大樹選手VSイチカ・クノウ選手




準決勝1回戦 第1回戦者VS第2回戦勝者




準決勝2回戦 第3回戦勝者VS第4回戦勝者




決勝戦 互いの準決勝勝者同士




となっております。




…初戦からか。


相手は美登。


お嬢より上の成績ってことは相当手練れだな。


こりゃ負け戦ですかね。


そんなことを1人で考えていると、




「絶対勝ちなさい迅。勝って私と本気でやるわよ」




「…お嬢。次席に勝てっていうんですか?」




「当たり前じゃない。修行でも結局本気出さなかったんだから、負けたら承知しないわ」




…厳しい注文だな。




「…黒崎」




「美登か」




「…いい勝負をしよう」




次席の余裕ってやつですか。


はあ、嫌になっちゃうね。




「…華ちゃんと…」




かのんは、また1人で悩んでるのか。


大樹はテンション上がってんな。


うさみは…相変わらず何考えているか分からん。




「…それでは、さっそく第1回戦を開始したいと思います!出場者のお2人方は壇上へお願いします!」




「楽しみですね~」




「迅。行ってきなさい!」




「がんばれよ」りなさいよ」




「…頑張ってください」




「善処しますよ」




そういって壇上に上がっていく。




「お手柔らかにな」




「…いざ、参る」




「ではでは、学内新人戦第1試合、開始!」






ー観客席ー




「今年の1年はっと…」




帽子をかぶった男がトーナメント表を物色している。




「おうおう、生きが良いのがそろってるねえ。あの魔力なしってのが味出してるな。一目置いとくべきだな」




「なーにしてんのよ。早く座りましょう。その一目置く子が試合するわよ」




「分かってるよ、楓」




「あんたすぐどっか行くんだから。ちゃんとついてきなさい」




「…」




男はぼっーと、一目置いている選手を眺める。




「って、きいてんの!?翔!」




名前を呼ばれても気づかない。




「ほんっとにもう…。き・い・て・ん・の!?今井 翔!」




「…あぁ、ごめんごめん。今行く」

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