第9話 天文台

見知らぬ旅館での豪華な食事も、泳げそうなくらい大きな露天風呂も、僕はずっと俯いたままで、

ただひたすら時間が流れるのを放置するように過ごした。

「さて、空を見に行こうか。」

父さんに言われるがまま、天文台へと向かう。

正直もう乗り気じゃないどころか、今すぐ宿に帰って寝たいくらいの気持ちだった。

ゆらゆら車で揺られ、山道を登っていく。

この山を登り切ったところで彼女はそこに居ないし、夢の景色ももう見ることは無いことを知っている僕には、もはや期待も憧れも何もなかった。

天文台の駐車場に到着して車を降り、父さん、母さん、姉ちゃんに続くように後をトボトボと歩く。

入り口から入って階段を登り、二階へと登る。

壁に展示された星座の説明や宇宙の歴史をだらだらと見ていると何か柔らかいものに手が触れた感触がした。

「にゃおう。」

…猫だ。

この天文台で飼われているペットだろうか。どうせ疲れて星を見る気も失せている僕は、なんとなく猫を撫でた。

「あっ」

その猫からはお日様の匂いがした。あの日みた"あの夢"でかいだことのある温かみのあるお日様の匂いだ。

思い出した。君へのあの感情を。あの激動の全てを。

僕は何故か気力が湧いてきて、焦りながら望遠鏡を覗く。

そこには




どこか遠く、儚く消えてしまいそうなラピスラズリの様な夜空があった。冬の星座たちは手を繋いでいて。

その更に向こうには、黄緑色や紫色の銀河が零れたインクの様にこちらを照らしている。

まさにあの夢と同じ満天の星が広がっていた。

涙が出る。

本当に、本当にあったんだ。

「諦める」という行動を取った自分はひとつ大人に近づいたんだと無理矢理納得していたはずのあの空が。

同時に、大人たちの言う「諦める」とは、本当に心から諦めることとは意味が違うように感じた。

誰しもが何かに憧れ、何かに惹かれ、何かを欲しがっては、「諦める」という選択をすることで納得しようとする。

でもそれは、本当に諦めている訳では無い。心の奥の、奥の底では夢は消えない。

世界の真理のような、人間の在り方のような。

今度こそ、僕はひとつ大人になれたんだ。

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