2 弱気な女顔魔法使い

「クロードでしょ? アタシよ。ジャンヌよ」

 手を振ると、緑の瞳がさらに大きく見開かれた。


「ジャンヌ……?」


 仲良しのお隣さん。

 パパとオジさんが商売仲間だったんで、家同士の付き合いだった。お泊まりっこもよくした。毎日、兄さまと三人で遊んでたのよねー 懐かしいなあ。


「十年ぶりね! 元気だった?」


 クロードの瞳が、うるうると潤み、鼻の辺りが赤くなる。

 照れたり興奮すると鼻の頭のとこばっか赤くなるのよね、変わってないなあ。


「ジャンヌぅぅ!」


 どわっ!


 びっくりした!

 いきなり腕の中。

 杖を投げ捨て、駆け寄って来てハグだなんて!


「会いたかった! 会いたかったよぉぉ、ジャンヌぅぅ!」

 ぎゅーって抱きしめ、アタシに頬を寄せてスリスリ。

 やだ、おっきい。

 生意気だわ、あんた、アタシと同じくらい背が伸びたわけ?


……子犬みたいに、甘えてじゃれてくるところはいっしょだけど……


「おかえり……ジャンヌ……」


 涙声。

 もう……バカ。



 胸がキュンキュンした。



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴った。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まったような、このまえジョゼ兄さまを仲間にした時と同じ感覚がした。


《あと九十八〜 おっけぇ?》

 と、内側から、声がした。神様の声だ。



「あ」

「あ」

 アタシとお師匠様は、ほぼ同時に声をあげた。


「新たな仲間は、その男か……」

 お師匠様が、大きく溜息をつく。

 もしかして、お師匠様には仲間欄が丸見え? アタシが誰に萌えたか、バレバレなのかも?


 そして、ジョゼ兄さまは、

「俺のジャンヌに何をする!」

 兄さまにしてはもの凄く優しい拳でクロードをボカリと殴り、アタシから引きはがした。


 あからさまに怯えながら、クロードが兄さまを見上げる。

「ごめんなさぁい……つい」

 謝罪も、蚊の鳴くような声。


 兄さまがイラッとした顔になる。

「クロードだよな? 俺だ。ジョゼフだ」


「ジョゼ……?」

 クロードが、おどおどと首を傾げる。

「でも、髪が……きんぱつ……」

「カツラだ」


 まじまじと兄さまを見つめ……

 それからクロードは、ガバッ! と兄さまに抱きついた。

「ジョゼぇぇ! 会いたかったよぉぉ、ジョゼぇぇ!」

「馬鹿、よせ!」


 アタシの胸はキュンとした。


 お貴族様に抱きつくストロベリーブロンドの美少年……

 絵的には悪くない。

 キュンキュンもの。

 でも……

 兄さまとクロードじゃなあ……

 圏外。


「いい加減にしろ、馬鹿っ!」

 さっきよりも優しくない拳で殴って、兄さまはクロードを引きはがした。


 先生は授業を中断した。


『勇者の仲間』となったクロードのデータを、お師匠様が求めたからだ。

 職員室へと向かうアタシ達の後を、新たな仲間もついて来る。


「夢みたいだ……ジャンヌとジョゼにまた会えるなんて……」

 ずっと二人に会いたかったんだと、クロードはめそめそしている。

「ジャンヌには手紙も出せないし……すっごく寂しかったのに、おじさんやベルナおばさんが亡くなって、ジョゼまで……。いくら手紙を出しても、ジョゼは返事をくれないし……」

 兄さまはムスッとした顔のままだ。

「すまんな。受け取ってない」

「え〜 出したよ。昔は毎日。今だって、一週間に一回は欠かさず」

 ちょっ。

「おばあ様が、俺の過去を無くしたいとお考えなのだ。おまえからの手紙も、多分、全て捨てられている」

「そんな……」

「俺は、下賤の女から産まれた伯爵家継嗣だからな。体裁を整えるのに、おばあ様も必死なのだ」

「ジョゼぇぇ……」

 クロードが鼻の頭を赤くし、うるうると瞳をうるませる。

「苦労してるんだね、ジョゼも……ごめんね、ボク、知らなかったから……。でも、ベルナおばさんがすっごくいい人だったの、ボク、覚えてるよ。明るくて優しくって、強くって……『下賤な女』とか悪口言われても、気にしちゃだめだよ」

「……うるさいぞ、馬鹿」

 兄さまが照れてそっぽを向く。


 ほんと、変わってないわね、クロード……

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