3 真の天才魔術師

 勇者見習いとして家を出る前、お別れを言いに行った時を思い出す。

『クロード。元気でね』

『休みになったら会いにいくよ、ジャンヌ』

『ううん、ふつーの人は行けない場所なんだって』

『えぇー……じゃあ、手紙かくよ、それならいいでしょ?』

『ごめん、クロード。手紙かくのももらうのも、ダメなんだって』

『そんな……』

 顔くしゃくしゃにして、鼻の頭も真っ赤で、いつものクロードで。

『ジャンヌぅぅぅ』

 もう、涙ボロボロこぼしながら。

『どっか遠くいっちゃって、ジョゼにもベルナおばさんにもおじさんにも会えなくなっちゃうなんて……』

 アタシもつられてボロボロ泣いて。

『ひどすぎるぅぅぅ。ジャンヌが、かわいそうぅぅ』

 二人でわんわん泣いた記憶がある。

 隣で見ていた兄さまも、泣いてた気がする。……あれ、泣いてなかったかな? なんかあまり覚えてないわ。

『……ボク、強くなるよ』

 クロードは、えっぐえっぐ泣きながら言った。

『ジャンヌが魔王をたおさないと、世界がほろびちゃうんでしょ?』

 情けない声で、かっこいい事を言ったんだ。

『がんばるジャンヌを助ける。ボク、強くなって、いっしょに戦うよ』

 あの時、涙であまりよく見えなかったけど、嬉しかったって事だけは、覚えてるわ。



 なんか答えが想像できるけど、とりあえず聞いてみた。

「ねぇ、クロード。強くなったの?」

 幼馴染が、弱々しい笑みを浮かべる。

「あんまり……」

 まあ、そんな感じよね。


「剣や格闘の道場に通ったんだ。でも、パッとしなくて……」

 喧嘩、弱かったもんねえ。泣かされちゃ、兄さまに泣きつくだったし。

「春まで、聖教会の修道院学校に居たんだよ。初級の治癒魔法や強化魔法は覚えられたけど……神聖魔法とか高位の魔法は無理だった。信仰心が足りなかったみたい」

 なるほど。


「このまんまじゃジャンヌの助けになれない、どうしようって悩んでて……したら、占い師さんが」

 ん?

「ボクには魔術の才能があるって……。魔術師になれば、ジャンヌを助けられるって。だから、ここに入ったんだ」

 クロードが、鼻の頭を染め、はにかむように笑う。

「十七にもなって、初等クラスに入学。う〜んと年下の子供達と混ざっての勉強はちょっと恥ずかしかったけど……でも、良かった」


 クロードが嬉しそうにアタシと兄さまを見る。

「おかげで、ジャンヌとジョゼにまた会えた。昔に戻ったみたいで、嬉しいよ」


 子犬みたいにクロードが笑う。


 胸がキュンとした。



 でも、嬉しかったのは、アタシ達だけで……


 職員室で、指導要録を見せてもらったお師匠様は無表情のまま溜息をついていた。

 成績はあまり芳しくない模様。

 初級魔法の『ファイア』すら使えないんだもんね、当然か。


「かろうじて、魔法資性はある。指導さえ正しければ……しかし、日数が」

 顎の下に手をあて、お師匠様が首を傾げる。


 すみれ色の綺麗な瞳に見つめられ、クロードがへらへらと笑う。

 どー見ても戦力外よね、こいつ……。


* * * * *


 休み時間になったんで、高等部の教室へ行った。

 魔術師協会推薦の天才魔術師と会う為に。


 見るからにお貴族様って感じの、すっごいハンサムだった。金の巻き毛もゴージャスな、美男子(イケメン)! 柔らかな物腰で、優しそうで、まるで王子様みたい……


 アタシの胸は、キュンキュンどころか、キュンキュンキュンキュンした!


 したんだけど……


「仲間枠に入らんな。完全なジョブ被りだ。仲間にするのは無理だろう」

 と、お師匠様は無慈悲にも言いきってくれた。


「ご縁がなかったのは残念です、美しいお嬢さん」

 シャルルと名乗った貴公子様は、アタシに微笑みかけた。まぶしいばかりに、爽やかな笑顔で……


「差し支えなければお教えくださいませんか、この私が勇者仲間の選から漏れた理由を。何処がいたらなかったのか是非伺っておきたい」

「それは、あの……シャルル様のせいではありません。アタシのせいというか……アタシ、ジョブごとに一人しか仲間にできないんです。さきにクロードを魔術師枠で仲間にしてしまったので、それで……」

 ごめんなさい! と、アタシは頭を下げた。

「ジャンヌさん、どうぞお顔をあげてください」

「でも、」

「それでは、あなたの愛らしいお顔が見えない。もしも、何らかの形での謝罪をお望みでしたら……さあ微笑んでください。あなたのきらめく笑顔こそが、何よりの謝罪だ」


 はぅぅぅぅ!


 キュキュキュキュキュンキュンキュン!


 シャルル様ぁぁ……

 あなた様こそ、笑顔がきらめいていらっしゃるわ……

 お美しくってお優しくって紳士で、何って素敵なのぉぉぉ。

 こんなに萌えてるのに、仲間にできないなんて……

 ジョブ被りだなんて……

 天才魔術師と新米魔術師で別枠にしてよ……


 …………あれ?

 もしかして、アタシ……

 ヤバイことしちゃった?

 クロードが役立たずなのもアレだけど、魔術師枠で仲間にしちゃった……って事よね?


 もしかして、もう、魔術師を仲間にできない……?


 サーッと血が下がった。


 超優秀な魔術師なら、魔王に大ダメージ確実なのに!?


「そして君が、勇者様の仲間に選ばれた幸運な魔術師か……」

 シャルル様の美貌が、幼馴染へと向く。しばらくクロードを見つめてから、シャルル様は静かに微笑まれた。

「クロード君、君は魔術師学校の代表となったのだ。負うものにふさわしい働きを期待する……健闘を祈らせてもらうよ」

 シャルル様に声援(エール)を送られて、幼馴染の表情が固くなる。


「校長室に戻り、クロードの休学手続きをするぞ。その後は、魔術師協会にも挨拶に行くぞ」と、お師匠様。

「はひぃ」

 クロードがうわずった声で返事を返す。

 初級魔法『ファイア』すら使えない初等科の生徒が、魔術師学校代表になっちゃったんだ。

 正しく言えば、魔術師協会の代表。

 ヘタレなこいつは、ようやく現実の重さに気づき、ビビリ出したらしい。

 ったく……魔術師代表のプレッシャーに押しつぶされないでよ。


「それでは、勇者ジャンヌさん、お元気で。ご活躍をお祈りしております」

 うっとりするような微笑み……

 お名残り惜しいけれども、シャルル様とはこれでお別れ。どうぞ、お元気で……

「あなたとは、又、違う形で何処かでお会いしたいですね」

 シャルル様! アタシもですぅぅ!


 お貴族様同士知り合いなのだろう、シャルル様はジョゼ兄さまにも親しげに挨拶をした。兄さまは、儀礼的な挨拶しか返さなかったけど。


* * * * *


 魔王の目覚めは……九十九日後。


 仲間にしちゃったものは、もうしょうがない。

『やっぱ無し!』はできないんだから。


 これからは強い人だけを仲間にしていく! それで、いいのよ! うん!

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