2 金はあるけど自由がない

 リンゴ〜ン、と鐘が鳴った。

 アタシの中の欠けていたものが、ほんのちょびっとだけど満たされたような……

 そんな感覚がした。


《あと九十九〜 おっけぇ?》

 と、アタシの内側から声がした。あれ? 神様?



 あ?


 あれ?


 これで、枠確定?

 兄妹愛でも『伴侶入り』しちゃうの?

 う〜〜〜〜ん。


 ま、いいか、兄さまが仲間になったんだし。



「たった今、ジョゼフ様は今世の勇者の最初の仲間となられました」

 お師匠様が、誰かと話している。

 それで、この部屋にアタシ達以外の人がいるって、ようやくアタシは気がついた。

 お師匠様が対面しているのは、上品そうなおばあさんと、金の縦ロールのふわふわドレスの美人さん。二人とも豪華なドレス姿だ。貴族……?


「百日ほど、そのお身体を預からせていただきます」

「異存はありません。勇者様への協力は、臣民の義務です。ご自由になさいませ」


「ジョゼフ」

 おばあさんが、しゃきっと背筋をのばし、威厳あふれる声で言う。

 兄さまがアタシをそっと離し、おばあさんに対し向き直る。


「責務を果たし、当家の家名に恥じない武勲をあげてくるのですよ」

「お言葉のままに、おばあ様」

 兄さまが恭しく、おばあさんに頭を下げる。

 おばあ様……?

 祖母?

 え? あの人、兄さまのパトロンじゃないの?


 おばあさんはゴミでも見るかのような冷たい視線で、アタシをチラリと見た。

「それから、あちらの勇者様は、あなたの義妹(いもうと)ですからね。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」


 へ?


「おばあ様、その話はジャンヌが勇者としての使命を果たしてから、改めて……」


「勇者様が魔王を討伐した後の、おまえの運命は決まっています。シャルロット様とお式を挙げるのです」


 部屋の隅に佇んでいた貴族的なヘアスタイルの美人さんが、兄さまに、にっこり微笑む。

 金髪・碧眼で、すっごくかわいい。お人形さんみたい。

「ジョゼフ様、お戻りをお待ちしておりますわ」


 私の視線に気づいたのか、美人さんが私にも優美に笑いかけてくる。

「ジョゼフ様の婚約者、シャルロットです。ボワエルデュー侯爵家三女です」


 お貴族さまが兄さまの婚約者……?

 わけわかんないけど、義妹として礼儀にのっとって頭を下げた。


「はじめまして」

 妙に緊張した。

 そいや、アタシ、お師匠様以外の人間(ヒト)と話すの、十年ぶりなのよね。

 その相手が金髪美少女とは……同じ人間とは思えないほど綺麗。ドキドキしちゃう〜

「ジョゼフ兄さまの義理の妹、ジャンヌです。勇者です」


「よく存じておりますわ」

 そう言って微笑んだ顔は、色っぽくって、ひたすら可愛らしかった。女のアタシが、ついついみとれてしまうほどに。

「ジョゼフ様から、伺ってましたもの。ジョゼフ様のおっしゃっていた通りの方。とても愛らしいわ。お会いできて嬉しいです」

 あら、やだ。照れちゃう。


「ジョゼフ兄さまの婚約者が、こんなに綺麗でお優しそうな方だったなんて……」

 しかも、貴族。

「いたらない義妹ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 私の挨拶に対し、美人さんは鷹揚に頷いて見せた。お貴族さまらしい所作が、いちいち優雅だ。



「賢者様、都での仲間探しの間は当家にご滞在なさいませ。勇者様と仲間となられた方のお部屋も、用意させます。勇者様に協力するのは臣民の義務ですので、ご遠慮なく……。ご自宅と思い、おくつろぎください」

 おばあさんがそう言って退出し、美人さんもその後について出て行った。


 二人の靴音が遠ざかったのを確認してから、ジョゼ兄さまは頭を持ち上げた。


 て……

 金髪のくりんくりんの頭……というか髪の毛、カツラだったのね。


 兄さまは、昔と同じ黒髪だった。癖のある髪は肩をすぎるくらいの長さで、首の後ろで一つに束ねている。


「ジャンヌ、誤解しないでくれ。婚約といっても、おばあ様があちらの家と勝手に決めた事だ。俺の意思ではない」

「そうなんだ」

「名門侯爵家の三女……持参金つきの花嫁をおばあ様はお望みなのだろう。しかし、俺は……」

 兄さまが拳を握りしめる。

「神の前で偽りの誓いはしたくない。心から愛する女性しか、妻と呼びたくないのだ」


 何か、もう……

 頭ん中、わやくちゃ。

 貴族が、おばあさんで、婚約者……?


 そもそも、ここは何処?


「俺の忍耐の日々も、間もなく終わる……」


 カツラをテーブルに置くと、兄さまは大きく伸びをした。

 それから、両足を大きく開いて立ち、腰をぐっと落とし……

 左右の拳を連続して突き出し、それから肘うち、裏拳ときて、ぐるりと回転して真後ろに蹴りを入れた。

 格闘の演武だ。


 兄さまの口元に笑みが浮かんでいる。

 すっごく楽しそう。

 体を動かすのが大好きだったものね。


 綺麗な拳と蹴り……


 昔と一緒……


 ううん、昔より、ずっとずっと技に切れがある。


 ベルナ・ママみたい。


「もう伯爵家の言いなりにはならん! 俺はジャンヌと共に生きる!」


 伯爵家って……?


 アタシはお師匠様の袖をひっぱった。

 わけがわかんない。

 説明して!


 お師匠様は、いつもと同じ淡々とした口調で事実のみを教えてくれた。


「ジョゼフの父上は、オランジュ伯爵家のご子息だったのだ」


 ほお。

 そうなのか。

 兄さまの本当のお父さんが誰かなんて、アタシは知らなかった。

 小さかったし。


「女格闘家ベルナと駆け落ちをしたが引き離され、この屋敷に連れ戻された後、他界なさった。おまえの義兄は跡取りとして、この家に引き取られたのだ」


「あの頃は、俺もガキだったからな……伯爵家の圧力に逆らう術(すべ)がなかったんだ。格闘修行の継続を条件に、伯爵家に入るしかなかった。おばあ様に命じられるがままに、くだらぬ勉学をし、『下賤な女の子供』と陰口をたたかれながら暮らしてきたが……」

 そう言って兄さまは、左足で下段・中段・上段と連続して蹴りを放ち、宙に上げたままピタッと足を止めた。


「ジャンヌ……おまえが魔王を討伐すれば、国王陛下より褒美を賜れる。どのような望みも思いのままだ」

 あら。神様からだけじゃなくて、国王陛下からもご褒美を貰えるの?

 知らなかった。

 ラッキー♪


「俺はただの男となりたい。爵位などいらん。おまえを守るのに、邪魔になるだけだ」


 へ?


「アタシ、魔王を倒したら不老不死の賢者になるんだけど……」

 死ななくなるのよ?

「それでも、守ってくれるわけ?」


「そのままの姿であろうとも、老婆になろうとも……たとえ、他の何かに変わろうとも、ジャンヌはジャンヌだ。俺は永遠におまえを愛し、おまえだけを守る」


 おおおお!


 さすが兄さま!


 妹想いな所は変わってないわ!


「わかったわ、兄さま! 見事、魔王を倒して、国王陛下からご褒美をいただきましょう! 兄さまのご希望通りのご褒美をもらう事にします!」


「おおおお、ジャンヌ!」


 兄さまが駆けよって来て、又、アタシを力強く抱きしめた。

「嬉しいぞ、俺のジャンヌ! 愛している!」


 アタシも、兄さまの背をぎゅっと抱き締めた。

「アタシもよ、兄さま! 愛しているわ!」



 アタシたち義理の兄妹は、そのまましばらく抱き合った。


 傍らで、お師匠様が特大の溜息をついていたけど……

 何でだろ?


 ま、いっか。


 兄さま、再会できて嬉しいわ。

 これから兄妹で力を合わせて、がんばりましょーね♪

 そんなわけで、ジョゼ兄さまが、仲間に!


 魔王が目覚めるのは百日後! きっと、なんとかなる!


* * * * *


人物プロフィール(No.001)


名前 ジョゼフ(愛称はジョゼ)

所属世界   勇者世界

種族     人間

職業     格闘家

特徴     あたしの義理の兄。内気で人見知り。

       格闘は、亡くなったベルナ母さんに習った。

       ギチギチの正装でも格闘できちゃう。

       今は、オランジュ伯爵家の令息になってる。

       婚約者は侯爵家の娘シャルロット。

       だが、兄さまは乗り気じゃないみたい。

       魔王を倒してシャルロットとの婚約を解消したい

       らしい、あたしも協力するわよ!

戦闘方法   格闘

年齢     十六

容姿     黒髪(金髪かつらを持っている)。

       顎が少ししゃくれてる。まつげも長い。

       世間的にはイケメンではないと思う

口癖    『俺の忍耐の日々も、間もなく終わる……』

好きなもの  あたし

嫌いなもの  あたしと一緒にいられない事。

勇者に一言 『愛しているよ、ジャンヌ』

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