2 これからの予定

 お師匠様の顔から溢れんばかりの笑みが消え、いつもの無表情になった。

 神様が憑いた時の躁状態がウソのように、かもし出す雰囲気が突然クールになる。


 お師匠様が、微かに目を細めながら白銀の髪をかきあげた。白銀のローブの袖がひらりとたなびく。

 だいぶ傾いた春の日差しが斜めに部屋に差し込んで、さっきよりちょっとだけお師匠様の顔が陰ってる。


「百日後が魔王戦……百日で十二世界を巡り、百人を仲間に迎えるのだ。時間を無駄にはできんな」

 そう言ったお師匠様が右手を軽く上に向けると、一冊の本が宙に現れ、そのまま掌に収まった。物質転送の魔法で呼び寄せたっぽい。

「おまえの……百一代目の『勇者の書』だ」

 アタシをじっと見つめたお師匠様は無表情のままだけど、でも口元に微かな笑みが浮かんだような、そんな気がした。

「次代の勇者への助言の書としても良し、ただの日記帳として使っても構わん。おまえ自身の『勇者の書』を綴(つづ)っていけば良い」


 アタシの為の……『勇者の書』。見習を卒業した証。

 お師匠様から手渡された書物を胸元にあて、ぎゅっとした。

「これから異世界へ向かうんですか?」


「いや。まずは、この世界で仲間を集める」

「え? でも、託宣が……十二の世界へ行くんじゃ?」

「十二の世界から百人集めれば託宣は叶う。この世界も十二世界の一つと数えれば問題ない」

「なるほど!」


「異世界へ渡る手立ては知っている。十一の異世界へは私が案内しよう」

 さすがお師匠様!

「どこの世界に行くんですか?」

「思案中だ」

 お師匠様がアタシの目をまっすぐ覗き込みながら、口角をほんの少しゆるめる。

「私とて、先ほど初めて託宣を知ったのだ。考える時間が欲しい」

 確かに。


「旅の間にさまざまな事が教えられそうだ。異世界転移の法も伝授してやろう。おまえは私の跡を継いで賢者となるのだ。次代の勇者を導く法も覚えておかねば、な」


 跡を継いでって……


 それは、つまり……

 究極魔法でアタシを殺さないって事?


 でも、ヤバくなったら、殺しちゃうわよね?

 この世界を救う為だもん……


 お師匠様の顔には、何の表情もない。

 何を考えてるのかは、推測するしかない。


 昔から、そうだった。


 六つのアタシをさらうようにこの館に連れて来た時から、全然、変わらない。いつも、ずーーーっと無表情。

 神様が憑いた時だけは、人が変わったかのような……て言うか変わってる訳だけど……不思議なくらいに笑顔で、それはそれでキュートなんだけど。

 普段は、怒ったり、笑ったり、悲しんだり、感情を表に出さないのだ。


 けれども……一緒に暮らしてきたアタシは知っている。

 お師匠様は、感情表現は下手だけど、ちっとも冷酷な人じゃない!


 アタシが熱を出した時は、つきっきりで看病してくれたし……

 がんばって課題をこなせた時は『よくやった』って頭を撫でてくれたし……

 誕生日には必ずアタシの大好きなコーンポタージュをつくってくれて、最後に絶対プリンを出してくれたし……

 家に帰りたいって、びぃびぃ泣きわめいたアタシを、一晩中ずっと抱きしめてくれた。


 アタシを究極魔法で死なせちゃうために、育てたんじゃないわ。

 きっと、ううん、絶対そうよ。



「移動する。手荷物をまとめておけ。私は、おまえの家族や、要所の顧問たちに心話(テレパシー)で連絡をとっておく」

「え? 家族?」

 家に帰れるの?

「おまえの義兄(あに)に会いに行く」

「ジョゼ兄さま?」


「おまえの義兄は、義妹(いもうと)の力になりたいとの一念で、この十年間ずっと修行をつんでいた。可能ならば、仲間にしてやれ」

 十年間、山奥のこの館だけで過ごしてきたアタシとは違って、お師匠様は移動魔法であっちこっちに行っている。

 でも、ジョゼ兄さまにも会ってたとは、知らなかった。

 ジョゼ兄さま……そっか、もう十九になってるのかぁ。きっと格好よくなったんだろうなあ……


「数日中に、王城や魔術師協会も訪れる。魔王の出現はこの世の大事だ。この世界を救う勇者の為に、各機関が、戦力となる男性を集めてくださるだろう」


 それで、何人、仲間にできるんだろう?

 アタシ好みの男性じゃなきゃ仲間にできないし、ジョブが被る人も仲間にできない。


 本当に『だいじょーぶ』なのかなあ……?


「ああ……そうだ……」


 手荷物の準備をしようと立ち上がったアタシ。その背に、お師匠様が声をかける。


「なるべく戦闘力のありそうな男性を選んで萌えろ。おまえが萌えた瞬間、相手は仲間枠に入るのだ。その後からもっと強そうな相手に会っても、ジョブが被っていたら仲間にできん」


 う。


「それに、仲間にできる相手に条件はない。腰の曲がった老人でも、なよなよしたオカマでも、赤ん坊でも、おまえが萌えたら仲間だ。戦えぬ者ばかりを集めるなよ」


 ぐ。


 そうか……


 萌えた瞬間、相手は仲間入り……


 仲間枠は百。

 不用意に萌え続けたら、戦闘力の低い仲間ばかりが枠を埋めてって……


 魔王の一億HPを削る為に、アタシは究極魔法を使わざるをえなくなっちゃう……


 ヤバ……


 けっこう事態は深刻なんじゃ……。

 扉を閉め、アタシは溜息をついた。



『カネコ!』。


 夢でみた勇者の叫びが、頭の中に木霊する。



 もしかしたら、あれは予知夢だったんじゃ?

 対戦していた勇者はアタシじゃなくって、地味な兄(あん)ちゃんだったけど。


 勇者の神秘の力が、『魔王の名』をいち早く教えてくれたのかも。


「……『カネコ アキノリ』」

 魔王の名を何度も低く口にしながら、アタシは自分の部屋へと戻って行った。


* * * * *


人物プロフィール(No.000)

名前 シメオン

所属世界   勇者世界

種族     人間

職業     賢者(魔王を倒した勇者専用のジョブ)

特徴     お師匠様・無口・無表情・超イケメン

       勇者の教育係。協力者。現在、不老不死。

       神降ろしができ、憑依体となって

       神様の意志を伝える。

       異世界を自由に行き来できるらしい。 

       移動魔法・物質転送・心話などの魔法を

       使える。

       あたしを強制自爆させられる。

戦闘方法   戦闘はしない(賢者は勇者の助言者って立場)

年齢     五代前の勇者だったから、百歳ぐらい。

容姿     腰までの白銀の髪に、すみれ色の瞳。

       色白。白銀のローブ姿。

口癖    『おまえは、私の跡を継いで賢者となるのだ』

好きなもの  不明

嫌いなもの  不明

勇者に一言 『あと、百日で全てを終わらせよう』

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