タイムレポート.1999

■フロリダ某所キャンピングカー内 11月30日午後9時 


[今回は日本の渋谷にボクも行くよ]

 

 暖かな色合いの白熱電球が照らす狭い室内に少女の声。

 可愛らしさもありながら何処か大人っぽい中性的な声色が薄暗い室内に溶けていく。

 彼女の言葉が自然と寝台に置かれたノートパソコンの画面、そのチャット欄に打ち込まれていた。

 

 ゆったりとした水色のスウェットを脱ぎながら片手間で、電子レンジのボタンを押す。上下の寝間着を脱ぎ捨て、シンプルなデザインの下着姿になった彼女はそのまま電気ケトルを掴み飲水が入ったポリタンクのもとへ向かう。コックをひねり水を注いで、セット、電源スイッチを入れる。

 電子機器の稼働音が聞こえる中、濡らしたタオルで顔を軽く拭きつつモニターへと視線を送った。

 

[やった!!ジュリちゃんと実際に会うのは初めてだね]


 チャットの相手ーー江戸むらさきの返答がある。

 この繰り返しの世界において、おそらく特異点であり、最も信頼の置ける仲間。

 ジュリにとって妹のように感じる愛すべき仲間だった。


 [そうだね。どの時間軸においても初めてのことさ]


 今まで会うという選択を取らなかったのには理由があった。


 レンジの中から温かいピザを一切れ取り出し、マグカップに挽いたコーヒーを入れ、湯を注いだ。いい香り。

 食事を寝台の横にこしらえた手製の机に載せて腰掛ける。机に置いてある小さめのラジカセにカセットを入れて再生する。

 ジュリの起床後のルーティーンワークである。


 [それで、いつ頃こっちに来るの?]

 [今日にでも動くつもりだよ。到着は…明後日くらいかな?]

 [やった!楽しみにしてるね!]


 妹分とのやり取りに自然と口元が緩む。

 ジュリ自身も彼女に会えることが楽しみであった。


 過去95回の繰り返しの殆どは、世界で起きている異常な現象や各地の12月31日を経験したりして情報を集めていた。時空間の歪みや、この時代において秘匿されてきた超常現象や、異星の友人などあらゆる可能性を考慮するための情報を収集していたのだ。


 ―――ジュリー・タイターは未来人である。

 西暦2121年のサンフランシスコからタイムトラベルしてきた特殊工作員である。

 未来で気づかれているAIによる完全管理社会の打倒と脱却を目的としたレジスタンス組織に属していた。

 2056年と2038年を経由して1998年のアメリカへ訪れたのだ。各時間軸で回収すべき技術と情報を手に入れるために。本来であれば、だが。


 1998年の作戦終了日時に帰投しようとタイムトラベルを行った。

 しかし、時間飛行は失敗した。

 ーーー帰るべき未来が存在していなかったのだ。


 1999年12月31日より先の時間が一切消えていた。

 当初は激しく混乱し、狼狽した。自らの時間干渉が未来の消失を引き起こしたのだと考えたからだ。

 だがそのかんがえは埒外存在によって否定された。

 世紀末のその日にジュリは世界の破滅を見た。


 赤く染まる空と無数の白き枝。人が抗えるはずもない、超過存在。

 恐怖の大王―――アンゴルモア。


 それが一度目の記憶だった。


 ジュリは完全な記憶能力を持っている。一挙一動意識すれば思い出せる。だからこそ、時間諜報員に選ばれた。


 タイムリープしていること、1999年から先の未来が観測できないことをを各国の言語でインターネットに虚実混ぜて投稿し、情報を募った。

 何回目かの周回の時、いつもの冷やかしコメントの中に気になる投稿者を見つけた。

 ―――あなたもあの白い枝を見ましたか。それは赤い空に広がる木の根のようでしたか?>サキ


 それが江戸むらさきとの出会いだった。

 それからというものお互いに情報の交換と対策を話し合い、破滅の時を共有してきた。


 ジュリが極力彼女と合わないように立ち回って、収集に専念していた理由は単純だった。


 彼女に一度あってしまったら、きっとこれから先遠く離れて何かをするということが苦痛になってしまうのが分かっていたからだ。

 脅威を共有していた見ず知らずの彼女に家族のような信頼と親愛を抱いてしまっていたから。


 [うん。ボクも楽しみにしているよ、サキ]


■フロリダ某所 12月1日午前2時頃


「ふらーいみー、ふんふんふーん♪」


 お気に入りのカセットを再生しながらバスタブでシャワーを浴びる。自然と歌を口ずさんでしまう。

 ジュリは過去の音楽や芸術が好きだ。芸術さえ管理されている未来ではそういった文化はことごとくが消えてしまっていた。

 程よい温度の水が頭から足先まで流れる。

 バスタブから流れていく水とともに前回の12月に残した悔いを洗い流していく。

 引きずらない。次も全力で挑むのだ。


■フロリダ某所 12月1日午前3時


 雲ひとつない空。満点の星空。

 街頭一つない、荒野の只中の一本道。

 真夜中の道を一台の車が軽快なエンジン音を響かせながら進む。闇の中でも月明かりに浮き上がる明るい赤色。

 屋根がない開放的な車体から小気味のいい音楽が聞こえる。


「ふんふーんふんー♪」


 鼻歌交じりに運転するのはジュリー・タイター。

 ―――2121年から来た、未来人である。


 彼女はサキとの約束のため空港への道を進んでいた。

 長期間借りていた宿泊地を引き払ったあと、預けてあったマイカーを引き取った。この車は未来から持ってきたとても重要なガジェットであった。


 ―――PiPiPi!


 不意に電子音がなった。


「ん? アラート?」


 車に備えられた重力波の観測装置からなった音だった。

 主に急速な地場歪曲があった場合ーーーつまり巨大なものが物理法則を超越して現れる際に観測されるものだ。


「おるふだ。おぐとと」


 ―――唐突に車の背後から声が聞こえた。

 ジュリのすべての記憶の中で初めて聞いた声。

 反射でアクセルを強く踏む。

 加速度が増し風が厚くなる。


 (寒気、やば)


  初めて聞く声だというのに瞬間に理解した。


 (サキが言っていた、妖魔だね)


 46回目の周回でサキから伝えられた人食いのモンスターだ。これまでの周回では ’’一切’’ 見たこともあったこともない存在が ’’今’’ 現れた。

 流線型の胴体。白黒の縞模様が全身を覆っている。手足は短く、機能していないが何かを推進力に車の速度にぴったり着いてきている。

 頭と言えるであろう小さな器官には大きい目が一つと大きな口が笑みを浮かべていた。

 

「とま!とま!」


  そこ冷えする声だ。

  ジュリは更にアクセルを強く踏んだ。

  速度計は既に振り切れそうだ。なおも背後にピッタリ着いてくる声が聞こえる。

  片手間にセンターコンソールの収納を開く。

 中には鈍い銀色の塊。45口径の拳銃だ。


  それを手に取り、センタークラスターのシガーソケットがある辺りに押し込んだ。


「偽装解除。支援機構【クリスト】――起動」


  その声をを認識した瞬間、コンソールの表示が輝き、車体の至るところが形を変えていく。コンソールや、ハンドルもが形を変え、背面の排熱機構が開き銀の粒子が吹きだす。それを推進力に車はさらに速度を上げた。


 【おはようございます。マイスター】

「やあ!おはよう、クリスト!早速で悪いんだけどね、運転任せていいかいッ?!」

 

 車内のスピーカーから男性の低い声が聞こえた。

 ジュリはそれと同時にソケットに差し込んでいた銀の銃を引き抜いて席に立った。

 銃口を背後へ向け、狙いも定めずに連続で引き金を引く。

 ずどん、と銃声と同時に硬い金属が擦れるような音がこだまする。月明かりとヘッドライトくらいしか明かりがない荒野にぱちぱちと閃光が明滅した。


「だい!だい!ととろ!」


 弾丸を弾いた妖魔が不快そうな声を放つ。


「うわっ、かった。妖魔ってこんなに硬いもんなの?」

 【計測。構成する外皮に2038年代に主流の装甲車両と同等の硬度を確認。この時代の現存兵器では効果が薄いと思われます】

「えー!面倒な!」

【抹消機構の使用を推奨。ただし残存エネルギーに考慮して一発に留めてください】


 未来から持ってきた技術。それを維持し続けるのは容易ではない。小さな物であれば現地の電力でも補えるが、こと兵器においては特殊なエネルギー源である[灰素]が必要となる。そしてそれは2121年の未来にしかない。


 補給ができない今、おいそれと使うわけにはいかない。

 今までの周回で一度も使わなかったのはそれが理由だった。


「会いに行くっていっちゃったしなぁ」


 これからも撃てて七発が限度。これから先、七発だ。

 しかし、コレに追われたまま街へ行くのは得策じゃない。死んでしまうことはないと思うが大幅に予定は送れてしまうだろう。


 ジュリは目の前で怒りの表情で喚く存在を見据えた。

 当てるなら口腔内だ。外皮は固くとも内部は柔らかいはず。そうあたりをつけた。ならばまずやることは一つ。


「まずは通るか確かめる。クリスト、ひと当てして離脱、後方支援だ」

 【了解。支援機構により遠隔支援に回ります】


 ーーー急ブレーキ。車体がスリップし大きく跳ねた。相対的に追ってきていた妖魔と距離が近づく。

 接触するその瞬間、ジュリは左足を思いっきり妖魔の顔面に叩きつけた。激しい金属音。足と妖魔の身体の間に強烈な火花が散る。

 地表に巨体が叩きつけられたことで大きな土煙が上がった。衝撃で空に打ち上げられたジュリは危なげなく着地した。手足を軽く振りながら準備体操。


「左脚部生体偽装限定解除。地表より構成元素抽出を開始。疑似外装構築――」


 ジュリの言葉とともに左足の構造が変形していく。地面から細かい粒子が吸い上げられ足へと集まっていく。

 次の瞬間には鋼鉄のブーツが装着されていた。

 さながら中世のフルプレート、その足鎧のようだった。


 【対象行動を開始。熱量の変動を感知】


 耳元でクリストの声が聞こえた。

 ジュリはそれと同時に妖魔の側面へと回り込む。


「るあ!るあ!るあ!」


 土煙から咆哮とともに赤熱した光が瞬いた。

 真っ直ぐ進む熱の光。

 それはジュリが先程まで居た位置を地面ごと削り遠くの方で爆ぜた。


「わお、あんまりばかすか撃たせたくないね―っと!」


 間髪入れずに妖魔から熱源、二発目の熱線だ。風船のような丸い体がその口腔をこちらに向けている。

 その奥に一瞬の小さな光が瞬く。

 ジュリはそれを確認した瞬間に身を低く走り出した。

 軸を僅かに右にずらし滑るように地面を駆ける。


 ―――ジュッ という音を残して熱が左側を通過した。


 それを無視して一気に妖魔のもとへ走る。

地面を蹴り、砕きながら左足による超低空の跳躍。ほぼ寝そべるような格好でのジャンプは未だ口を開いたままの妖魔へと一瞬で迫った。


 腕と肩で地面を滑り、相手の真下に滑り込む。

 そしてその勢いのまま左足を妖魔の下顎に当たる位置へと打ち上げた。


 鈍い衝撃音と共に巨体が宙に浮く。


「クリスト!!!」

 【了解。衝撃弾支援開始】


 クリストからの返答。直後妖魔の身体が更に打ち上がった。遅れて複数の重低音と衝撃が届く。

 それを聞き届けて寝そべった体勢のジュリは銀の銃を巨体へと向けた。

 地面を支えに、構える右腕をしっかりと伸ばし肘と肩で固定するように固定。


「制限解除」【解除申請――了】

「抹消申請」【抹消対象照会ーー脅威認定。特務規定により強制権を行使――了】


 【条件を解除。因果律抹消機構を展開します】


 妖魔がゆっくりと降下してくる。重力に従って。


 ジュリが構える銃が青白い光を放つ。

 蒼雷ーープラズマの光がアーク放電のように地面を這う。

 時間にすれば一瞬ーー引き伸ばされた時間がすべてを遅く見せた。弾丸を放つ引き金は既にジュリに委ねられている。

 ゆっくり、ゆっくりと妖魔が降ってくる。ゆっくりと口を開きながら食い殺さんと迫る。


 まだ―――、まだだ。

 呼吸を止め、確実な時を待つ。汗が額からゆっくりと流れるのを感じる。極限的な一瞬の思考加速と集中。

 まさに乾坤一擲。

 妖魔が彼女を押しつぶそうとするその刹那ーーーその瞬間は訪れた。  

 カチッ――――【ロストバレット】


 引き金を引いた直後、一筋の光が天を穿った。

 一瞬の光、その直後に地を鳴らす重低音。大きなラッパを鳴らしたかのような轟音が空に響き渡った。


【脅威の消失を確認。前後時間軸から完全にロストしました】

「ふーっ。相変わらずトンデモナイ威力だよ、これ」


 ジュリは身体を起こして汗を拭った。

 先程まで居た妖魔は姿かたち一切残さず消えた。

 きっとこの先の周回でも会うことはない。


 【これよりお迎えにあがります。しばらくお待ち下さい】

「りょーかい。あーーーーつかれたー!」


 愛車クリストが来るまでの間、もう一度背中を地面に預けた。

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