魔女は魔と語る
魔女は魔と語る
■渋谷某所 高架下 午後23時
「〜〜♪」
12月の初日も終わりを迎える頃。
江戸 むらさきは上機嫌な様子で歩いていた。
人気の多い通りに比べたらまばらな通行人を避けながら、鼻歌交じりに跳ねるように歩く。寝そべる酔っぱらい、人垣ごと移動する大学生くらいの集団をするするとかわして帰路を進んだ。
昼間にジュリとチャットをしたあと、彼女が来たときに備えて必要そうな日用品やお菓子などを買い込むために量販店を巡った。
両手にいっぱいの期待を抱え、店から店へはしごして気がつけばこのような時間になっていた。
95回も周回を繰り返していて初めての事。
ずっとインターネットの向こうから手助けしてくれていた仲間と初めて会えるという事実に今から舞い上がっていた。
「んふふー♪ ジュリちゃんってどんな人かなぁ!」
人目もはばからず、んふふーっと笑いをもらす。
ーーーみしっ
―――ふと、違和感を感じた。
今歩いている高架下の道路は精々50メートルほどの裏路地だ。すれ違った人たちの数的にも、歩いた体感距離的にも既に大きな通りに出ているはずだった。
足を止めて周りを見渡す。
誰も居ない。騒がしい人垣も地面に落ちていた酔っ払いも、すべての人が周囲から消えていた。
「あ」
眼の前に背丈の小さな老人が立っていた。
曲がった腰を杖で支えながら皺の深い顔をサキに向けている。
深い、深い―――しわが寄った、笑顔を向けている。
無感情の笑顔。わずかに開いた双眸から放たれる視線はじっとサキを見つめている。
「お主、退魔師か? ワシが見えておろう?」
老人が口をひらいた。低くしわがれた声だ。
サキは’’退魔師’’という言葉を聞いて合点がいった。
「あなたはようま、妖魔さんであっているのかな?」
サキが妖魔を間近で見るのは初めてのことだった。
灯から話は聞いていたが、これまでのどの周回でも直接対峙したことはなかった。遠巻きに見たり、間接的に様子を聞いたりしたくらいだった。
三屋敷 灯がいつもそうならないように立ち回っていた。
しかし。今回は絶妙にタイミングがズレていた。
いつもであれば、夕暮れ頃にサキの方から灯の家へ電話て遅い時間までカラオケへ行ったりしていたのだ。
だが、今は一人だ。
「さよう、伝道師ストラニと申す」
「ええと、ストラニさんは‥私になにかごようなの?」
サキは怪訝そうな様子で妖魔ーーストラニへ問う。
灯から聞いていた妖魔の特徴はとにかく話が通じない、食欲旺盛というものだっただけに毛ほどはあった警戒心が薄れていく。
「ワシの名を聞いても僅かも動じないとは、お主本当に退魔師か?」
「えっと、退魔師じゃないです」
スッパリと切り返す。事実、サキは退魔師ではない。
「魔女です」
「ま、じょ?」
ストラニの表情が一瞬固まった。そして直ぐに元の笑顔に戻る。
「通りで、どおりで美味そうな匂いがしたわけだ。これほどの上質な妖気、神気、おそれおおい―――ワシは、遠慮させていただこう。えんがちょじゃ。」
一歩退いて彼は杖を一振りした。
サキはそれに反応できず、首をかしげるだけだった。
「ほれ、お前たち、食事の時間じゃ。皆で、皆で分け合うのだぞ?」
ドロリと杖の先から溢れ出た汚泥が空間を広げ、虚空の穴を形成した。その中からひとつ、またひとつと異形の存在が溢れ出てくる。
二足、四足、大きな翼ーーー様々な妖魔がぞろりと列をなして出現した。
大小合わせたら30体はいるであろう妖魔の群れだ。
サキはかつての周回で灯に言われた言葉を思い出していた。彼女が持つ魔力は妖魔が持つ妖気に比べて純度が高く、とても美味しいものなのだと。サキにとっては生クリームのようなものだと教わった。
あの老人は既に居ない。手下を呼び出して自分は逃げたのだろう。
呼び出された手下はその殆どが等級3以下の妖魔であり、知能が低い。
故に、目の前の少女が【魔女】であるという事実を知覚できないでいた。
「るるあ。とあ」
「ぴま!ぽま!」
妖魔たちが口々になにかを叫ぶ。その様子は歓喜の様相。眼の前のごちそうに心が踊っているのだろう。
「あかりちゃんがいってたっけ。お話ができない妖魔は人を誰でも食べちゃう悪いやつだって」
サキは思い出すように話す。
一歩前に進んで更に口を開いた。
「なら、対処しておいたほうがあかりちゃんの仕事が楽になるよね」
ゆっくりと左手を掲げて瞳を妖魔の群れに固定する。
瞬間、妖魔の群れが同時に動いた。汚泥の波が地面を抉りながらサキへと襲いかかる。
ーーーーぱちん。
乾いた細木を打つような音が響いた。同時にサキが言葉を紡いだ。
「世界式(コード)減速´急」
その言霊の直後、彼女を中心に紫雷の放電が一瞬ほとばしり周りの空間を急激に冷却した。
地面に霜が降り、柱が立つ。空気が白濁し視界が曇る。
サキを食らいつくさんと迫りくる妖魔の群れも同様だった。そのすべからくが極寒の冷気に表皮を焼かれ凍てついていた。
わずかに前進しているが、その速度は蝸牛よりも遅い。
「ふー。さむう」
白い息を吐きながら、サキは地面に落ちていた適当な鉄パイプをひろう。ひえひえだ。
それを自らの胸の前に構え切っ先と言える部分を妖魔たちに向けて呟いた。
「世界式――加速’急」
途端鉄パイプは高速回転を始める。風を切る鈍い音が徐々に鋭く、甲高くなっていく。
ほんの数秒できゅるきゅると鳥が鳴くような音と共に青い光があたりを照らした。
次第にそれは長く細くなり、一本の槍へと姿を変えた。
蒼い光ーーープラズマの槍だった。
そこで初めて妖魔たちは自分たちが相対している敵の格を知った。
サキは光の槍を前にフットステップを踏んでリズムを取っている。呼吸を整え、目測を測る。
妖魔は動くことは出来ない。それどころか、今はもう光が眩しくてそれ以外が知覚出来なかった。
「んっしょっと、よし!いくよ!」
サキは掛け声とともに、勢いよく身体を捻り回転、息を吸い込み足裏を槍の後部、石づきへと打ち出した。
「必殺!!!因果粉砕きーーーーーーーっく!!!!!」
直後ーー閃光が爆ぜ視界が消える。
ばちんという音共に閉鎖空間は消失した。
■渋谷某所 高架下午後23時
ーーーーでさー!まじでやんなっちゃうよ!
通りに喧騒が戻った。
サキは「ふー!」と深呼吸をしながら整理体操。
そして直ぐに落ちている荷物を見つけ駆け寄った。
「ああああああああ!シュークリムがつぶれてるううううう!!!!」
今日一番の絶叫を、人目も気にせずに解き放った。
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