第15話

 奥方は、ゆっくりと一人で体を起こす。


 微かに震える指先で、水の滴る髪をそっとはらった。


 青褪めて、その場を辞そうとした彼女の周りを遮るように、息子達が騒ぎながら駆け回る。


「母様のどじ!」


「かあさまどじー!」


 そんな言葉で、口々に囃し立てる。


 主は、そんな二人を、短い言葉でただ呼び戻した。


 息子二人へ挨拶するよう促し、足を止めていた客達を送り出すことに専念する。


 それだけだ。


 奥方への言葉はなく、視線すら向ける事もなく。




 それは異様に思われた。


 皆がどんなに陰口を叩こうが、主自身が望んで、妻にと迎えた女の筈だ。


 女主人を名乗らせるには、あまりにも、ぞんざいな扱いだった。




 いつも私は、子供達相手の職場にこもっているようなものだ。


 何か、私の知らないことを、町の人々が知っていたとしても不思議ではない。


 そうとでも思わなければ、目の前の光景に、とても納得できる気はしなかった。




 何がそこまで奥様を責め立てさせるのか、鈍感な私には分からない。


 だから今、自分に出来ることをすることにした。




 初夏の夜は、期せずして肌寒くなる日もある。


 持参していた薄手の上着を、奥様の震える肩へ羽織らせた。


 目に見えるほどに、一際大きく肩を震わせると、奥様は顔を上げた。


 その大きな瞳は、間近に見ると、落ちてしまいそうな程に思えた。


 奥様が、呟くように「ありがとう」と答えるのを聞くと、手振りだけで館内へと促した。

 か細い腕を軽く支えるよう手を伸ばせば、奥方の足元も震えているのが分かった。


 どうやら、逃げようにも動けなかったようだった。


 私はしっかり支えるように付き添って、室内へ移動した。

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