第13話

 私の意識は、過去からダンスホールに戻った。


 曰く付きの少女――現在では、目の前の奥方。


 彼女が身を翻した背中が、垂れ幕の陰に消えるところだった。


 義務は果たしたとばかりに、わずかばかり姿を見せ、誰にともなくホールの中心に会釈をしただけだ。


 それに安堵したように、静まり返っていた会場は音を取り戻した。

 楽団の演奏と、それを掻き消さんばかりに声を上げる若者達。

 瞬く間に、ホールは踊りと音楽に満ちていた。


 当主夫妻が開催の挨拶を終えたのだと見て、私もホールに背を向けていた。


 私との面談は、この舞踏会が済んでからという事だった。

 楽しむよう配慮してくれた、この時間が、私には早くも苦痛となりつつあった。


 大きな扉が開かれた外は、これまでに見たことのない、端々まで手の入った庭園だ。

 陽射しが緑葉を鮮やかに浮かび上がらせる。

 喧騒に包まれたホールよりも、よほど暖かに見えて、誘われるように足を踏み出していた。




 会は昼より始まり、日が沈む前にはお開きの、健全なパーティーである。


 とはいえ、社交界デビューしたばかりの少年少女達は、どこかで二次会となるのが恒例らしい。


 大人達も、穏やかな初夏の夜気の中でカクテルを片手に、ついつい談笑を続けてしまうようだ。

 気が乗ると、そのまま飲み直しとばかりに、夜の町へと消えていくという。


 前主の頃までは、一部の親しい者達の間で、そのままカードゲームに興じつつ朝まで語らったらしい。


 そういった慣習を懐かしむ者の声も聞こえてくるが、現主の興味は今のところ、仕事のみに傾けられているようだった。




 どれもこれも伝聞だ。

 下町に暮らしていれば、嫌でも耳に飛び込んでくる話は、これほど多いのだと驚かされる。


 そして、それらの出どころの中心が、実体として目の前にあることが不思議に思えた。






 陽が傾く。


 私も自分の仕事をする時だ。


 主と奥方、なにより子供達。

 彼らに会い、話ができるだろうか。


 姿を探すべく、私は木々の陰から移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る