第12話

 私も働き盛りであり、自らの手腕に多少は自信もついていた。

 もしこの仕事を獲得できれば、経歴としては申し分ないようにも思えた。


 数年は、慣れ親しんだ孤児院を離れることになるのは寂しさもあるが、慣れた場から出ることへの億劫さが勝るかもしれない。


 しかし、こんな機会でもなければ、このまま決まった未来を生きていくだけだ。

 先々には、昇進への判断材料にもなるだろう。

 それも昇進や昇給への期待というより、多少でも長く留まれることを願ってでもある。


 誰かに決められた未来に不満めいた違和感は抱きつつも、それ以上のことを求める気はなかった。

 自分が違和感なく暮らすことのできる場所は、ここだけだろうということは、いやというほど見聞きしてきたことから推測できた。


 たとえ、その不相応な場所に向かわなければならないとしても。

 それは慣れた仕事で、確実に元の職場の席に戻ってこれる、期間限定の仕事である。


 冒険などしたくはない臆病な私には、またとない条件の依頼のはずだ。


 あくまでも、異例の事だと自覚もしている。

 上司から望むなと言い含められたような、この機会に上流階級と繋がりを持ちたいといった類の野心やら興味などは微塵もなかった。


 所詮は、違う世界の人々のことだと捉えていたのだ。


 わずかな不安を呑み込み、自身に言い聞かせるように繰り返す。

 全く別の世界、人々の物語を読んでいるような、自分には無縁の場所へ、ほんの一時、立ち寄るだけなのだと。

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