第10話

 多少、それらの寒々しい空気が晴れたのは、彼女が子を宿し、元気な男の子が産まれた為だ。


 子供に罪はなく、周りも冷たくはできなかった。


 ただし、その子は、彼女譲りの暗い髪色だった。


 そのため、周囲の態度が軟化したわけではない。


 代わりに、話題にするときには、息を詰めて様子を窺うような空気に覆われた。


 二年後に、さらに息子を授かり、その子の髪が主と同じ淡い琥珀色だったことで、町の者達もひとまずの安堵を得たのである。




 そのことで、ようやく彼女への労わりも、少しは生まれるかに思われた。

 だが、不運は続いた。


 彼女は産後の容態が悪く、寝たきりという話で、それきりほとんど顔を見せる事はなくなってしまったのだ。


 これまた、新たな憶測と噂を呼ぶことになる。


『こっちは体を壊しても、子の為に働かなくてはならないのに』


『主の人が好い事に付け込み、楽していいご身分だ』


 などと、非難の的になる有様であった。




 人が集まる場では、誰かが思い出したように話題にする。

 なるべく波風を立てたくない者は、ともに陰口に花を咲かせるか、口を閉ざす他なかった。


 閉じた世界では逃れ辛い、同調圧力というものだろう。


 私は多くの場合、傍観者にしかなれない立場だが、いつだってその空気を間近にすれば息が詰まるような思いをした。


 その中心にいるなら、どれほどの苦痛だろう。




 彼女は、そんな地上の水槽に沈められているように見えた。

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