第9話

 父が程なく逮捕され収監された。

 他に身寄りのない子にとって十分な悲劇だろう。


 後々に、もし娘一人で生きていこうとしたならば、どこにでもいるお節介者が、仕事の世話をしてくれたに違いない。

 町の片隅で、ひっそり生きていくことになっただろうが、それなら誰も見咎めはしなかったはずだ。


 まさか、よりによって、そのお節介者――哀れみと共に手を差し伸べたのが、この町の主でなければ。


 さらに付け足すならば、彼女が、いわゆる平々凡々な容姿だったなら、まだ女達の妬みも少なかっただろう。

 それどころか、おべっかを使って取り入ろうと、表面的にならば愛想良く振舞っていたかもれない。




 不運なことに、見た目に無頓着な私から見ても、素直に美しいと思えるほどの容貌だ。

 ただそれは、造詣の美だけではなく、ふと見入ってしまうほどの、別の何かに魅せられているような気もした。


 彼女の肌は、森の奥にひっそり湧き出た泉に浮かぶ満月のように淡く、その立ち昇る光のように儚げである。

 背の中程まであり柔らかく揺れる髪と、光を拒絶したような瞳は、深い闇色。


 直視すれば、不安を掻き立てる。

 町はずれの森と家、事件を思い起こさせるために。




 彼女の憂いを帯びた目元とは裏腹に、口元には微笑が錆付いていた。

 誰も笑顔と認識することのない、凍り付いた歪み。


 いつも全てを諦めたように、感情のない面持ちだった。


 その美しさを持つこと、悲しい体験で失ったであろう心。

 そのどちらもが彼女自身のせいではない。


 それにも関わらず、娘が父を惑わせ、主をも惑わせたのだと――そんな、心ない噂を止めることは出来ないのだ。




 ひっそりと生きてさえいれば、事件の噂も遠からず忘れ去られただろう。


 無情にも、町の中心である主の側に居る限り、記憶は掘り起こされ続ける。

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