第21話 かき氷を月に



 流稚杏は、行き先が陽一の祖父の家と聞いて、うんうんと一人で頷いている。

 祖父の家は、この辺りでも珍しい木造建築の平屋であった。縁側もあるし、ほぼ和室で広々としている。


 祖父の家に着き、玄関の戸を開けて中に呼びかけた。


「じいちゃんっ。来たよーっ」


 少しすると祖父が現れた。


「おう、待ってたぞ」


 祖父はにこにこしていたが、女の子が三人もいるのを見て驚いた顔をした。


「ものすごい別嬪が三人もおるじゃないか」

「お邪魔いたします」


 舞が丁寧に頭を下げた。晶たちも小さくお辞儀をする。


「どうぞ、古い家だがお上がり下さい」


 促されて晶たちはリビングへ通された。そこはフローリングに改装されていて、キッチンもあるので過ごしやすい。

 三人には椅子に座ってもらい、陽一と朋樹はかき氷の材料をテーブルに並べた。

 キッチンに用意してあったかき氷機をテーブルに置くと、晶が興味津々な顔をした。


「これはなんじゃ?」

「これでかき氷を作るんだよ」


 朋樹が透明の器を五枚並べて、陽一がかき氷機に氷をセットした。朋樹にかき氷機の足元をしっかり支えてもらう。陽一がハンドルを手動でまわすと、削られた氷が雪が降る様に器に落ちていった。


 祖父の家のかき氷機は電動ではなく、昔の手動式だった。これがものすごく大変で、まわすのにすごく力がいった。


「おおっ」


 晶が感嘆の声を上げて喜んでいる。どんどん器に氷の山ができていく。

 陽一は、真剣に見つめている晶を見て誘ってよかったと思った。晶は腰を上げて、じいっと陽一がハンドルをまわすのを見ていた。四つ目の皿にかき氷がどんどんできていく。


「やってみる?」


 陽一が言うと、晶の目が輝いた。


「よいのか?」

「いいけど、すごくしんどいぞ」


 晶の方へかき氷機をまわすと、晶はハンドルをしっかり握った。陽一が足元をしっかりと押さえてあげる。


「まわしていいよ」


 晶に言うと彼女は、ぐっとハンドルを握ってまわし始めた。シャクシャクと氷が綺麗に削られていく。意外と力が強いんだな、と感心していると、晶が疲れた、と言って手を離した。


「どうじゃ? 綺麗にできたかの?」

「上手だったよ、晶ちゃん」


 朋樹が言って出来上がりを見せると、晶はうれしそうな顔をした。


「これを我が作ったのか?」

「うん」

「よい出来栄えじゃ」

「晶さま、すごくお上手でしたわ」

「そうかの」


 一方、流稚杏はイチゴシロップを手に持ち、これはどのように使うのじゃ、と聞いた。陽一が説明する。


「かき氷にそのシロップをかけてください」

「心得た」


 流稚杏がそろそろとシロップをかき氷にかけていく。晶も真剣な顔つきだ。


「練乳と小豆もあるよ」


 朋樹がかき氷に練乳をとろりと垂らし、小豆をスプーン一杯ずつ盛っていった。

 晶は、完成したかき氷を凝視している。朋樹から受け取ると、スプーンですくって口元へ運んだ。


「んんっ」


 冷たかったのだろう。目を閉じたが笑顔のままだ。


「すごくおいしいの、かき氷は」


 舞に相槌を打つと、彼女も頷いた。


「ええ、今度、我が家でもやってみましょう」

「それがよい」


 舞が朋樹から、かき氷の作り方を熱心に聞き始めた。

 陽一は、流稚杏にも手渡すと、彼女もすくって食べ始めたが、晶ほどのリアクションはなかった。


「おいしくなかったですか?」


 陽一が聞くと、


「このようにおいしいものは生まれて初めて食べた」


 と彼女はクールに答えた。

 きっと、流稚杏の中で感動しているのだろう。

 あっという間に食べてしまう。


「もうないのか?」


 流稚杏は言ったが、氷はお腹を冷やすため、一杯だけと母親からしつけられていた。


「ごめん。お腹壊すとやばいから、今日はこれだけで」

「そうか……」


 流稚杏は少し、しょんぼりして見えた。その時、晶と目があった。


「陽一、今日は誘ってくれてうれしかったぞ」

「べ、別に……」


 陽一は照れてしまって、何を言っていいか分からなくなった。その様子を見ていた流稚杏がぼそりと言った。


「地球にはこのような食べ物があったのだな。月に還る時に持っていこう」

「は?」


 陽一は、流稚杏の言葉に耳を疑った。


「あ、あの、今、なんて言いました?」

「月に持っていくと言ったのじゃ」


 流稚杏は何を言っているのだろう。

 陽一が理解できずに顔をしかめると、流稚杏もまた眉をひそめた。


「うぬ? そなた、何も覚えておらぬのか」

「え?」

「そうか……」


 流稚杏が息を吐く。


 一体、自分はどれだけ忘れているのだろう。

 陽一は思わず晶を見つめると、彼女も自分を見つめていた。


「ねえ、晶ちゃん。もし、嫌じゃなかったら、うぐいす姫の話をしてくれないかな。僕はずっと知りたいと思っていたんだ」


 朋樹が食べ終えたかき氷の器を置いて、晶に聞いた。


「姫、よいのか?」


 流稚杏が聞くと、晶は一瞬、考えていたが頷いた。


「ならば、わらわが説明をしてやろう。姫には辛い話であるからな」


 陽一はごくりと唾を呑んだ。


「うぐいす姫と呼ばれているのは、姫が昔、鶯色の衣に包まれていたから、うぐいす姫と呼ばれるようになった」

「うぐいす姫って民話ですよね」


 すかさず朋樹が言うと、流稚杏が頷いた。


「そうであるが、姫にとっては事実だ。当時、月で諍いが起き、姫の母君は生まれたばかりの姫を地球へと送った。はるか昔の話じゃ」


 陽一は驚きのあまり晶をじっと見つめた。

 信じられない。月で起きた諍いって何だ? そして、晶たちは地球外から来た宇宙人だったっていうのか?


 朋樹があんぐりと口を開けて、一瞬呆けていたが、すぐに我に返った。


「ま、まさか、あなた方は月から来たのですか?」

「そうじゃ」


 流稚杏がこともなげに答えると、朋樹は絶句してしまった。


「じゃあ、ま、舞ちゃんも?」

「ええ。わたくしもです」

「信じられない……。そ、それで、俺と晶が出会ったのはいつ?」


 陽一は早く知りたかった。どうして自分たちが運命の相手であるのか。


「そなたと姫が出会うのはその後じゃ。姫を育てた翁が亡くなったため、一人になった姫はその後、鬼と呼ばれるようになった」

「鬼?」


 朋樹が首を傾げた。陽一の目で見た晶の顔は何だか苦しそうに見えた。


「晶さま、大丈夫でございますか?」

「うむ……」


 舞の心配な声に頷いて、晶は目を閉じた。


「姫、大丈夫かの?」


 流稚杏がちらりと横目で晶を見る。


「ここまででよいか、我は疲れた」

「ごめんね、晶ちゃん、辛い思いをさせたのかな」

「そんなことはないぞ」


 晶が無理をして笑った。笑顔に元気はない。


「すまぬ、少し外の空気を吸いに行ってもよいか」


 晶は立ち上がりリビングを出て行く。

 誰も声をかけることができなかった。

 舞でさえためらって、しょんぼりと晶の後ろ姿を見つめていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る