第20話 陽一と朋樹




 陽一は、朋樹と一緒に朝と昼を兼ねた食事をして、近くのスーパーへ買い出しに行くため家を出た。


 隣にいるのが女の子じゃなくて朋樹だと思うとがっくりするが、これから晶に会えると思うだけでドキドキした。


「あ、そうだ朋樹、俺さ、夢を見たんだけど」

「夢?」

「うん。うぐいす姫が鬼だったっていう夢」

「は? うぐいす姫が鬼?」

「朋樹は覚えてない?」

「何を?」

「だから、うぐいす姫は鬼だったって話」

「いや、知らない」


 陽一の話は要点が抜けているので、朋樹にはさっぱりなんの話か分からない。


「俺、夢を見てちょっと思い出した。前に母さんも言ってたけど、昔、公園で鬼ごっこをした女の子が鬼だったんだ。で、その子がうぐいす姫だって分かったんだよ」

「ちょっと待って。その夢は現実にあったことなんだな?」

「うん。そう」


 長年の付き合いで、ようやく陽一の言いたいことが何となく分かってくる。


「つまり、夢で過去のことを思い出したってことか。え? 何それ。うぐいす姫は鬼だったってこと?」

「うん、そう」

「そんな話聞いてない。ていうか何それ。意味わかんないんだけど。鬼が出たって話もおかしいし、その鬼がうぐいす姫だってわかった理由も分からん」

「あの時、言えなかったのはたぶん怖かったから……」

「そんなに怖かったのか?」

「うん。角が生えた鬼がいたなんて、しかも、それが探していた運命の相手だって気づいた時、怖かった」

「ふうん……。ま、鬼の話はよくおとぎ話で聞くけど。うぐいす姫が鬼だったなんて、意外だな。で? 舞ちゃんが怖いの?」


 あ、そうだ。うぐいす姫は舞ちゃんになっていた。


「あー、それな」

「うん」

「俺、気付いたんだ」

「え?」

「写真送ってくれただろ。あれを見て気づいた。晶がうぐいす姫だった」


 朋樹が突然立ち止まり、みるみる表情が暗くなる。それを見て、陽一はぎょっとした。


「だ、大丈夫か?」

「う、うん、大丈夫だと思う……。その……晶ちゃん、俺の事何か言ってた?」

「いいや何も。それに俺がかき氷誘ったのに、お前にも連絡があったんだろ」

「あ、そっか……」


 朋樹がほっと胸を撫で下ろす。


「よかった。それを聞いてすごく安心したよ」


 朋樹は大きく息をつくと再び歩き始めた。


「そっか、気付いたんだ。写真送らなきゃよかったな」


 陽一は、朋樹が最初から気づいていたことに今さら気がついた。


「何だよ。どうして俺が間違っているって教えてくれなかったんだ?」

「どうしてって言われても、陽一は舞ちゃんに夢中だったろ? 言えないよ。間違えてるなんて」


 周りにはそんな風に思われていたのか。

 陽一は自分の不甲斐なさに落ち込みそうになった。


「そっか……」

「でもさ、俺としては間違えたままでもよかったんだけど」

「何だとっ」


 陽一が向きになると、朋樹が笑った。

 冗談か本気か分からないが、朋樹なりに声をかけてくれたのだと思う。


「で、話は戻るけど、晶ちゃんが鬼なの? あんなに可愛いのに? 勘違いしてるんじゃない?」


 朋樹は、晶の正体を知らないのだと思った。


「んー、あのさ、どうして朋樹はうぐいす姫を探そうと思ったんだ? 俺が諦めてもずっと探し続けただろ?」

「ああ、そうか。陽一は、うぐいす姫が鬼だと思ったからやめたのか。あの頃、僕は何度も言ったよ。諦めるなって。でも、そんな理由があったのか」


 朋樹が懐かしそうに言う。


「僕はね、陽一が必死で探しているのを見てうらやましいと思ってた。運命とかそういうの好きだったからなおさら。自分ならよかったのになって思って。だから諦めたくなかった」

「なんか、ごめん……」

「いや、謝られる方がムカつくんだけど」


 朋樹が苦笑する。

 サッサと諦めた自分とは違って朋樹は諦めなかった。そして、晶がうぐいす姫だとすぐに気づいた。自分は間違ったのに――。


 隣を歩く朋樹を自分は女子じゃないけど、かっこいいと思ってしまった。そして、少しうらやましく感じた。


 朋樹なら、うぐいす姫が鬼だと気づいても諦めなかったのだろうか。

 それにもし自分が晶をうぐいす姫だと気づけなかったら、どうなっていただろう。

 二人はすごく仲がいいように見えた。

 朋樹は頭もよくてかっこいいし、晶が惚れてしまったら……。


「何急に黙り込んでんの?」

「別に……」


 スーパーが見えてきて店内に入った。必要な物を買う。ちょうどいい時間になったので、そのまま待ち合わせの駅へ向かった。

 陽一はなんとなく緊張した。晶にどんな顔をして会えばいいのだろう。自分の気持ちが伝わったのか、朋樹が肩を叩いた。


「今まで通りでいいと思うよ。舞ちゃんだって気にしないだろうし」

「うん」


 陽一は複雑だった。

 舞ちゃんが気にしないといいんだけど、と思いながらも、気にされないのも寂しいかも、とほんの少し思った。


 駅で待ち合わせをしていると、晶たちが現れた。

 舞は相変わらず晶に寄り添って歩いている。朋樹がうれしそうに手を振った。


「晶ちゃんっ」


 晶は袖の短い白いTシャツにデニムのショートパンツをはいていた。健康的な太ももにドキッとする。

 陽一は一瞬、ぼうっと晶を見つめた後、すぐ後ろに見知らぬ少女がいるのに気付いた。強烈にオーラを発しているクールな美少女だ。

 三人が近づいてきて、朋樹もその少女を見つめていた。


「待たせたか?」


 晶が言うと、朋樹は大きく首を振った。


「全然、時間通りだよ」


 陽一が見知らぬ少女を見つめていると、晶がすぐに紹介してくれた。


「この者は流稚杏るちあと申す」

「外国人?」

「そうではないが……」


 晶が苦笑すると、流稚杏がちらりと陽一を見た。


「そなたが陽一か」

「は、はいっ」


 威圧的な口調で陽一はびくっとした。


「ふむ」


 流稚杏がじろじろと見ている。陽一はものすごく緊張した。


「顔の造作ぞうさは悪くないの」


 流稚杏の言葉を聞いて、陽一は仰天した。

 自分の容姿を褒められるなんてめったにない。


「そ、そうですか?」

「ふむ」


 ちら、と朋樹を見た。


「そなたは?」

「僕は朋樹です。陽一の友達です」

「そうか。二人とも突然で申し訳ないが、わらわも一緒によいか?」


 陽一は言葉遣いに一瞬、口を開けそうになった。

 彼女はどこの国から来たのだろう。


「ど、どうぞ」

「もちろん、大歓迎ですよ」


 朋樹も大きく頷く。

 流稚杏も加わり五人は歩き始めた。朋樹がこそっと話かけてくる。


「何だかすごい女の子だね」

「そうだな」


 ちらりと後ろを見ると、流稚杏は前をまっすぐ向いて歩いている。陽一はさりげなく晶に近寄った。しかし、


「ま、舞ちゃん、久しぶり」


 と、本当は晶に声をかけたいのに、緊張のあまり舞に声をかけてしまった。とたん晶は顔を伏せると、朋樹の隣に行ってしまった。あっと思ったが、晶と朋樹が仲良く話し始める。


「陽一さま、わたくしに遠慮する必要はございませんのよ」

「そ、そんな事ないよ」

「わたくしは全力で晶さまと陽一さまのお手伝いを致します」

「そ、そんな……」

「陽一とやら」


 ぬっと流稚杏が隣に現れた。陽一はびくっとする。


「は、はい」

「そなたの家はまだかの」

「もうすぐですよ。あの、俺の家ではなくて、じいちゃんの家なんスけどね。古い家なんだけど、部屋が広いから楽かなと思って」

「祖父の家とな? 興味深い」


 流稚杏がにやりと笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る