第19話 アニメの主人公?
「あ、そうだ。あの夜久弥っていう晶の叔父さんの話するの忘れた」
晶とかき氷を食べる約束をした後、陽一は、はたと思い出した。
悩みながらスマホを睨みつけていたが、ぽいっと放り出す。
「まあ、明日でいっか」
口に出して、思わずニヤっとしてしまう。
明日と言わず、晶ともう少し話がしたかった。
晶は謎の多い少女だ。なぜ、うぐいす姫と呼ばれているのか。どうして自分が運命の相手に選ばれたのか。
聞きたい事はたくさんあった。舞ちゃんの時は思わなかったのに――。
晶を見ていると、何かしてあげなきゃという気にさせられる。それに晶は、舞ちゃんほどじゃないけど、笑うとまあまあかわいい。
澄ました顔が時々、にこっと笑うのだ。ドキリとさせるのが上手だと思う。
陽一は頭をかいた。
俺って現金な奴だったんだ、と今さら思う。
舞ちゃんは誰が見ても納得できる美少女だが、晶は違う雰囲気を持っている。美少女というより謎めいた少女といった感じだ。
陽一はベッドに寝転がったまま、自分の手のひらを天井へ向けた。
ハンターというやつらが黒水晶とかいう得体の知れないものを自分に与えたという。
「そうだっ」
がばっと陽一は起き上がった。
あまりにいろんなことがあって、よく考えていなかった。
晶も言っていたハンターとかいうやつらが、自分のまわりをうろちょろしているらしい。
思い当たるのは、最初に出会ったサングラスを渡してきた長そでシャツの男、そして、沙耶。
沙耶に会うと体調を壊したり胸がもやもやしたり、あまりいい思い出がない。
ごほーびとか訳の分からない事を言うし。
「あいつら何者なんだろう。それに、どうしてハンターは俺に近づいてサングラスを渡してくるんだ?」
今そのサングラスは陽一の手元にはない。意識していないので、いつの間にかどこかに置き忘れてしまっているのだ。
夜久弥は、陽一が力の使い方を誤れば、晶に危害を及ぼすだろう、と言っていた。
自分の中にある黒水晶。
「どうやって使うんだろう」
陽一は手を裏表とひらひらさせて見た。
当然、何も起こらない。
「えいっ。おりゃあっ」
アニメの主人公になったつもりでいろいろ手を動かしてみたが、なんの変化も起きない。
陽一は一人で恥ずかしくなった。
「アホか俺は」
とりあえず晶にだけは危害を加えない。
これだけは忘れないようにしようと思った。
そのままいろいろ考えているうちに、陽一は眠りについていた。
◇
夢を見ている、と陽一はぼんやりと思った。
まどろみの中、手足が重くて動けない。
夢の中の陽一は公園に一人だった。
小学一年生くらいだろうか。ランドセルをベンチに置いて友達と遊んだ後、誰もいなくなった公園に自分だけが残っている。
どうしても帰りたくなくて、陽一はうぐいす姫を探していた。
「うぐいす姫、どこにいるの?」
小さい陽一は、うぐいす姫の名前を呼び、辺りを見渡した。
小さい頃は毎日それを繰り返していた。朋樹も一緒になって探してくれる日もあったが、たいてい彼は暗くなる前に家に帰った。
陽一は、母が迎えに来るまでずっと探した。
空は薄墨色だ。そろそろ母が自分を探し始める時間帯。するとそこに、砂場で遊ぶ女の子の姿があった。
陽一はかけ足で近寄った。
「ねえ」
女の子に声をかける。白いワンピースを着ている。自分と近い年で、金色の髪の毛が異様に長かった。
振り向いた女の子には牙が生えていた。目が赤くて、その子は歯をむき出しにして笑うと、鬼ごっこをしようと言った。
「うん。いいよ。だったら、どちらが鬼になるか。じゃんけんをしよう」
陽一が言ったが、女の子はじゃんけんを知らなかった。陽一はじゃんけんの仕方を教えてやった。
女の子がじゃんけんに勝った。
「僕が追いかけるから君は逃げて。じゃあ、十数えるから」
いーちっ、にーいっ、さあーん。
女の子は一瞬、きょとんとした顔でいたが、何かに気づいて笑顔になると急に走り出した。小さい手足を一生懸命動かして逃げる。
十数え終えた陽一は体を起こして女の子を追いかけた。女の子は手足も短く、足が遅くてすぐに追いついた。
「つかまえたっ」
鬼が入れ替わり、陽一が逃げる番になった。そして。
――俺は逃げた。一目散で逃げた。
鬼が追いかけてくるのが怖くて必死で逃げた。家にたどり着いて鍵をかけて、ドアのそばで震えた。
小さい鬼が追いかけてくるのが怖くてたまらなかった。
分かってしまったのだ。
あの鬼は、うぐいす姫だ。
うぐいす姫の正体は鬼だったのだ。
それ以来、うぐいす姫を探すのはやめた。
あの時の女の子はどうなっただろう。
朝、ノックの音で目が覚めた。
「陽一、いつまで寝ているのっ。朋樹くんが遊びに来てるわよっ」
母の声がドアの外から聞こえる。寝ぼけていた陽一は、ぼうっとしたまま顔を向けた。ドアがガチャっと開いて母が顔だけ出した。
「……何?」
「朋樹くんが来たわよって言ったの。早く起きなさい」
母親の足音が去って行く。
「朋樹? 何で?」
陽一はぼんやりして目をこすった。
今日は晶と祖父の家でかき氷を食べる約束をしていた。朋樹と約束をした覚えはない。
晶とは午後から約束をしていたので、朝はいつも通り寝過ごすつもりだった。時計を見ると、午前十一時を指している。
この暑い中よく眠ったものだ。
陽一が体を起こすと、コンコンとノックの音がした。
「はい……」
のろのろと起きてドアを開けると、朋樹が立っていた。
「おはよ」
朋樹は爽やかな笑顔で入って来た。
「寝てたのか? 早く着替えろよ」
苦笑して朋樹は、陽一の椅子に腰かける。
「約束してたっけ?」
陽一が首を傾げると、朋樹はにっと笑った。
「違うよ、今日、じいちゃんちでかき氷するんだろ。晶ちゃんから連絡があったんだ」
「え……?」
陽一は顔をしかめた。
何で、朋樹に連絡するんだろう。
「何だその顔、大丈夫だよ。お前の舞ちゃんには何もしないから」
陽一はますますむくれた顔になった。とりあえず、洋服に着替える。
朋樹は机に置いてある漫画本を手にとって読み始めた。
「晶と約束したのは午後の一時だけど、何でこんなに早く来たんだよ」
陽一がシャツを着ながら言うと、朋樹が呆れた顔でこちらを見た。
「陽一、かき氷の材料買ってんの?」
「材料?」
「かき氷に氷がないとできないだろう。後、シロップとか練乳と小豆もいるよな」
「あ、そうか」
「ほら、これだもの」
朋樹がくすくすと笑う。
「じいちゃんちには何もないと思うから、買い物済ませておこうよ」
朋樹はしっかりしてる、と陽一はもう一度大きくあくびをして思った。
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