第55話 ウキウキ




 赤猪子から、晶の話を聞いて、陽一の心はだいぶ浮かれていた。

 俺に会いたいだって。

 思わず顔がにやける。


 朝、少し早めに起きると母親が驚いていた。朝食をしっかり摂り家を出る。学校までも気分はウキウキだった。一緒に登校していた朋樹がすぐに気づいて、晶ちゃんがらみだろ、と言った。

 その通りと陽一は伝えると朋樹は少しだけさみしそうな顔をした。


 教室はまだ数名のクラスメートだけで、皆寒そうにしていた。陽一も席につくと、先に来ていた森口が寄って来た。


「おはよう、笹岡くん」

「おう、おはよう」


 にこっと笑いかけると、森口が怪訝な顔をした。


「今日はすごく機嫌がよさそうね」

「まあな」


 頭を掻いて照れる。晶も自分に会いたがっているのだ、同じ気持ちなんだから俺も我慢しなきゃ。


「あの、昨日はありがとう。家まで送ってくれて」

「ああ、いいよ。当然だよ」


 陽一は答えたが、森口はなかなか席を離れなかった。陽一は首を傾げた。


「えっと、まだ、何かあったっけ?」

「あ、あのね、昨日の事なんだけど……」

「昨日?」

「昨日、ほら、知らない女の子が来てたでしょ」

「ああ」


 そうだ。告白された事をすっかり忘れていた。あの子、どうなったんだろう。


「あの子知りあいだった?」

「ち、違うのっ」


 森口は慌てて手を振る。


「何の用事だったの?」


 小声で聞き取りにくかったが、何とか理解した。ああ、うん、と言葉を濁す。まさか、告白してきた、なんて言いづらい。


「俺に用事? みたいな」

「それだけ?」

「まあな、断ったけどね」

「そう……」


 森口は納得したような、していないような顔つきでふらふらと席に戻って行った。

 陽一は、森口の意図がよくわからず首をひねった。


 今日は土曜日だったので学校は昼までだった。さっさと帰ろうとかばんを片付けていると、森口が思いつめた顔で近寄って来た。


「笹岡くん……」

「うん、何?」


 かばんを持って立ち上がると、森口が後を追ってくる。


「あの、少しだけ時間いいかな」

「いいけど」


 陽一は足を止めて森口に向き直る。


「何?」

「ここだと、話しづらい……」

「ああ、分かった」


 陽一は頷いて森口の後をついて行く。保健委員会の事ではなさそうだ。もしかしたら、恋愛の相談かもしれない。陽一の友達に好きな人がいるとか。有り得るかも。

 陽一は少し身を引き締めた。


 森口はだんだん人気のない場所へ進んでいく。またもや連れて来られた校舎裏は寒々としており、人の気配はない。森口が立ち止って両手を握りしめている。


「な、何?」


 陽一も緊張したような顔で聞いた。森口は頬を赤く染めて口を噛みしめていたが、大きく息を吐くと、


「好きなの」


 と言った。


「へ?」


 陽一は唖然と口を開ける。


「笹岡くんの事、ずっと好きだったの」

「嘘だろ……」


 陽一は頭を押さえた。まさかの告白? このタイミングで? マジかよ……。

 もう、自分にモテ期がきたとしか思えない。陽一は大きく息を吐いた。泣きそうになってくる。


「ご、ごめんっ」

「えっ?」


 森口が目を丸くする。陽一は深く頭を下げた。


「お、俺、実はずっと前から付き合っている彼女がいるんだ」

「そうなの?」


 森口の顔が暗くなる。俯くと、唇を震わせて今にも泣きそうに見えた。


「本当、ごめんっ」

「いいのっ」


 顔を上げた森口は無理して笑っていた。


「気持ちを伝えたいだけだったの。こっちこそ、ごめんね。今まで通り友達でいてくれる?」

「当たり前だろっ。俺の方こそ、こんなアホだけど、相手してやってよ」

「笹岡くんはアホなんかじゃないよ」


 森口は笑ったが、目じりに涙がたまっている。


「すごく優しいもん。みんな、知ってるよ」

「あ、ありがとう。そう言ってもらえるなんて、さ」


 頭を掻いて苦笑すると、森口は無理して笑った。すぐに寂しそうに顔を伏せた。


「ごめん、今日はここで別れるね。一人で帰れるから」

「うん……」


 とぼとぼと森口が歩いて行く。その後ろ姿を見ながら、自分のせいだろうか、と思った。家まで送ったりしたから? 誤解させたのかもしれない。


 やるせない気持ちで一杯になる。

 陽一は、朝の気持ちなどどこかへ吹っ飛んでしまった。


 どうしてこのタイミングで? もうすぐ冬休みだからか?

 寒いと人恋しいのだろうか。いや、そんなはずはない。


 考えれば考えるほど分からなくなる。

 陽一は、自分は振った方なのに、なぜか肩を落として校舎へと戻って行った。

 

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