第54話 生贄
赤猪子の瞬間移動で、陽一たちは社の前に立っていた。
「
佐野が不安そうに言った。気配は感じられない。
社の中に入り、陽一は眠っている自分の体に戻った。生きていることに安堵する。
「赤猪子さん、ありがとう」
「いいんじゃ、それよりも殿下」
赤猪子がじろりと佐野を睨みつけた。佐野は目を逸らす。
「あの者の正体は?」
「さあなあ」
佐野はぽりぽりと頭を掻いて知らぬふりをするが、赤猪子の言葉は鋭かった。
「答えぬのであれば、ここを出て行くのじゃ、陽一殿に危害を加えるようなら、このわしが許さぬ」
「いやいやいや待ってくれ。陽一くんに危害を与えるなんて、そんな事をするはずがないだろう」
「わしがおらぬ間に、陽一殿の力を使ったな」
「いやいやまさか」
佐野はしらばっくれる気でいる。陽一はじっとりと佐野を睨んで、あのことを伝えた。
「赤猪子さん、佐野さんひどいんだよ。俺にムセ…インなんとか……」
「
「あんたが偉そうに言うなっ。それをやらせようとしたんだっ。だから、佐野さんにお金渡してあげてよっ」
「何じゃと……?」
赤猪子の目が吊りあがった。黒髪の美少女姿の赤猪子が怒ると迫力がある。
佐野がびくっと肩を震わせた。
「だ、だって、ムン組合の支部にも連絡が取れないし、向こうも俺が人間以下の能力になってしまったから、見つけてもらえない。一円もお金がないんだから、どうやって腹を満たせばいいんだよっ」
「だからって、俺に泥棒みたいな真似させるなんてっ」
「二人ともやめなされ」
赤猪子がふうっと息を吐いた。
「殿下の面倒を見ると言うたのに大事なことを見逃しておったわしが悪い。陽一殿、殿下に変わってわしがお詫びいたす。二度とこのようなことが起きぬよう、殿下を見張っておきまする」
「いや、俺を見張るんじゃなくて、お金……」
じろりと睨まれて、佐野は黙った。
「無銭飲食も大問題じゃが、さっきのあの男は何者じゃ。殿下、隠しても無駄ですぞ。わしは何としてでもあの男の正体を暴くゆえ、はぐらかしても時間の無駄じゃ」
赤猪子は腰に手を当てて佐野を睨む。佐野は観念したように息を吐いた。
「あれはずっと昔からいる神と呼ばれている存在だ。
説明の話が飛躍している。あやしいと陽一は感じた。
「まわったぐらいで恨まれるはずがない。何かしたんでしょう?」
「するわけ……」
「女じゃな?」
「まさか……」
ハハと乾いた笑いをしたが、佐野は、二人の前で次第に暗い顔になっていった。
「その井川と申す奴の女を奪ったのじゃな」
赤猪子が問い詰めると、突然、佐野が顔を上げた。
「
「生贄?」
今時、そんなおっかない事をする人間がいるのか。陽一はぞっとすると、赤猪子も顔をしかめた。
「生贄じゃと?」
「そうだ。人間たちが奴のために生贄にしようとした女だ。助けてどこが悪いのだ」
「その女性はどこにいるんですか?」
陽一が聞くと、佐野は顔をしかめて首を振った。手をぎゅっと握りしめる。
「あいつに奪われた……。どこにいるか、分からない」
「そんなっ。だったら、こんなところで悠長にしている暇はないでしょう」
「ちょっと居酒屋で好きな酒を飲んでいる間に意識を奪われ、その上、力も全て奪われた。気がつけば
「ナナとは?」
「生贄にされかかった女だ。誓って言う。俺は菜々以外の女に目をくれたことはない、一目惚れだった。本当に美しい女で、菜々ほど心の清らかな人はいない」
力説する佐野を見て、陽一と赤猪子は同時にため息をついた。
「最初に説明してくれたらよかったのに」
陽一が言うと、佐野は力なく首を振った。
「だって、情けないだろう」
いやいや、そういう問題じゃないんだけど。
「その人の命が危ないのなら、俺だって手伝いますよ」
「本当か、陽一くんっ」
「当然でしょ。赤猪子さんだって、同じ気持ちだよ」
「そうじゃな。殿下、水臭いではありませぬか、もっと我らを頼ってくだされ」
「かたじけない」
佐野が大きく頭を下げた。赤猪子がそれを見てにこりと笑った。
「では、その女性、菜々どのを助ける策を考えねばならぬの。そうじゃ、殿下のせいで忘れるところであった。陽一殿」
「うん」
「姫が、陽一殿に会いたいと申しておった」
「えっ、本当っ?」
陽一はドキンと胸が高鳴った。赤猪子は頷いた。
「姫はまだ地上へ戻れる時期ではないゆえ、陽一殿にはしばらく我慢していただきたい。姫は今でも陽一殿を慕っておられる」
「う、うん。もちろんだよっ。俺は約束したんだ。いつまででも待つから」
「わしからも御頼み申す」
赤猪子が深く頭を下げた。
「赤猪子さん、教えてくれてありがとう。俺、絶対に諦めないから」
「陽一くん」
佐野が陽一に詰め寄る。
「その心意気で俺の菜々も助けてくれ」
陽一の手の上から重ねるように、佐野が分厚い手でぎゅっと握りしめた。
さっきまでは佐野に対して、少しだけささくれ立った気持ちだったが、佐野が必死になる理由も分かったし、晶の気持ちも伝わって陽一の心は温かくなっていた。
「ああ、もちろん。手伝うよっ」
今まで見たこともないほどの笑顔で陽一は答えた。
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