第46話 嫉妬
その頃、和記は、葵と共に下がり待っている間、金の椿に見とれていた。
和記にとって晶は尊いものであり、自分の人生を揺るがす人物だと思っている。
「姫さま、本当に晶さまがお好きなのですね」
葵が苦笑している。和記はぷいと顔を背けた。
「そんなにおかしいかしら」
「いいえ、ちっとも。むしろお可愛いですわ」
小声で話しているところへ、赤い袴姿の巫女が現れ、二人ははっと口をつぐんだ。
赤猪子には、皇后には及ばないが、晶に次ぐ強い力を持っていた。
別名、
自分たちよりずっと年上のはずだが、肌には張りがあり輝いている。結いあげた髪の毛も黒々として、人を引き付ける魅力にあふれていた。
「姫はおられるか?」
「温室におられます」
赤猪子が温室へ向かうのを二人は追いかけた。
「姫」
温室には慶之介はおらず、晶がのんびりと一人で座っていた。晶は、すぐに赤猪子に気づいて椅子から立ち上がった。
「赤猪子、待っていたぞ」
晶が駆け寄って赤猪子の手を取った。
晶が地上にいた時、赤猪子を救ったという話を聞いていた。心の広いお方だ、と改めて晶を尊敬してしまう。
「陽一の様子はどうじゃ? 会えたのであろう」
和記は、ハッとして耳を傾けた。
陽一とは地球にいる男、晶の想い人だ。赤猪子はこくりと頷いた。
「元気そうじゃった。姫に会いたいと、強く願っておりまする」
「そうか……」
晶の顔に影がさす。和記は心が痛んだ。陽一という男の存在が疎ましく思う。人間の分際で、晶にこんな悲しそうな顔をさせるなんて。
「晶さま、陽一殿とはどんな殿方でございますか?」
葵が尋ねると、晶は少し恥ずかしそうな顔をしてほほ笑んだ。
「ドジな男じゃ。最初、舞をうぐいす姫と勘違いしてな」
くすくす笑っているが、少し切ない顔をしている。
「舞殿と晶さまを間違えるなんて、なんてけしからぬ男でございましょう」
思わず和記が憤慨すると、葵が焦ったようにびくっとした。
「わ、和記さま……」
「よいのだ葵どの。和記どのの言うとおりじゃ。我もけしからぬ男だと思ったが、単純で素直な所もあり、なかなか面白い奴ぞ」
陽一という男の話をする晶の顔は見たこともないほど愛らしかった。和記は、陽一に嫉妬した。
「姫」
赤猪子が、ちらと女たちに目配せした。
「お人払いをしてくださらぬか」
「皆、少し赤猪子と二人にしてくれ」
「……承知いたしました」
和記は後ろ髪を引かれる思いでその場を離れながらそっと振り返ると、赤猪子が晶に近寄るのが見えた。
自分もあのように信頼されるようになりたい、和記はそう思い、下がった。
◇◇◇
人払いをすると、晶は赤猪子に詰め寄った。
「陽一の事じゃな」
晶の目がきらきら輝きだす。赤猪子は、その様子を見てほほえましく思えた。しかし、伝える内容は容易ではない。
「困ったことになりました。
「佐之尊……。伯父上か!」
母の兄である。
佐之尊。月から出て行った伯父だ。伯父と会ったことはないが、話によると乱暴者で月を破壊できる力があり、母にも匹敵するという。
母は、兄が好き勝手するので、地球へ遊びに行けと追い出したと聞く。
「伯父上が
晶にはさっぱり理解できない。赤猪子はきっぱりと言った。
「女です」
「は?」
「早い話が女に騙されて自分の持っていた力を全て奪われたとのこと。そこで、陽一殿に女の居場所を探して欲しいと近寄って来たのです」
「陽一にそんな力があるのか?」
晶はびっくりしてしまう。赤猪子は頷いた。
「ええ。姫と会うために、陽一殿は日々、鍛練を続けております」
「そうか……」
晶はうれしさのあまり胸が熱くなった。
「我もはよう会いたい。兄上に頼んでいるがなかなか届かぬ」
「焦ってはなりませぬ。しかし……」
「しかし、なんじゃ?」
「いえ」
赤猪子は首を振って、言葉を押しとめた。
「佐之尊については様子を窺っていくつもりです」
「かたじけない」
晶が赤猪子の手を握りしめた。
「陽一を守ってくれ」
「もちろんですとも」
「赤猪子」
「はい」
晶はじっと赤猪子を見つめた。
赤猪子は晶の言葉を待った。しかし、晶は首を振っただけで言葉を呑んだ。
「我も会いたがっていたと、陽一に伝えてくれるか?」
赤猪子は素直に頷いた。
今度、月へ戻るときは陽一の写真でも持って来てあげようと思った。
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