第43話 自称、宇宙人の男



 自分のことを宇宙人と言う人物もどうかと思ったが、その夜、宇宙人には全然見えない大男を連れて、陽一は三輪山に向かっていた。

 佐野は住む家がなく、動物たちが暮らす空き地や空き家を転々としていたらしい。それを聞いて、以前、連れられた赤猪子の暮らしていた社に案内しようと提案すると、でも結界が……と、身体のわりにおずおずと佐野が小声で言った。


 結界なんかないよ、と伝えて三輪山へ入った。

 久しぶりというか、晶と別れてからは毎日のように来ていたが、会えないと分かってからは、一週間に一度、掃除にしか来ていなかった。


 古ぼけた鳥居の前で一礼してから手を合わせると、ピンと何かが外れる瞬間が好きだった。ところが今日は外れない。

 あれ? と首を傾げると、


 ――陽一殿。


 と女の声がした。


「ばあちゃんっ!」


 陽一は思わず叫んだ。

 やっぱりここは月と繋がっていたのだ。


 ――陽一殿、その男が何者か知っていて連れて参られたのか。


 なんだか怒ってる?

 陽一は首を振った。後ろでは佐野が小さくなっている。


 ――その男は月から出て行った荒くれ者。そなたの力で抑えることはできませんぞ。


 なんだ、それ……。

 陽一は、そっと佐野を窺った。佐野は当然、赤猪子の声が聞こえているのだろう、悲しそうな顔をした。


「陽一くん、ここはヤバ……じゃなくて神聖な場所、やはり俺には無理だ。野宿するから」


 背中を丸めて、しゃんとしない。


「赤猪子さん話は後にしてください。とにかく俺はこの人をここにかくまうつもりです」


 そう言い放つと、ぴんっと何かが外れる。陽一はホッとして中に入った。


「佐野さんも入ってくれよ」


 促して二人で社の中へ向かった。不思議な事に、陽一は心が穏やかになって行く気がした。

 風がそよそよとなびき、森の奥でかさこそ音がする。気になって暗い森の奥を見ていると佐野が言った。


「俺の事を歓迎してくれている……」


 大きな男の目は潤んでいた。

 社につくと、白っぽい影がえんに立っている。陽一は息が止まりそうになった。白装束に赤袴。


「晶……っ」


 小さく声を上げて駆け寄った。


「あ……」


 人影は赤猪子だった。腰に手を当ててこちらを睨んでいる。灰色の髪にしわだらけの姿だ。


「ばあちゃん……」


 がっかりした声を出すと、赤猪子の眉がピクリと動いた。


「久しぶりに会ったと言うのに、つれないのぉ」


 顔が笑っていない。目は佐野ばかり見ている。


「この度は俺を中へ入れてくださり感謝いたす」


 佐野がお辞儀をすると、赤猪子は顔の筋肉を少し緩めた。


「殿下はお変わりになられましたな」

「殿下?」


 赤猪子は膝を突いて恭しく頭を下げた。陽一だけが何が何だかさっぱりだ。佐野は力なく微笑み、陽一を見た。


「赤猪子さんの言うとおりだ。俺は自分から月を出て行った。しかし、地球ではうまいことやって、神としてあがめられていた、と思ったんだがなあ」

「何があったんですか?」

「簡単に言えばなあ、戦だ。戦を仕掛けられた。人間に」

「戦……?」

「そいつに力を全部奪われた。そこで陽一くん、君の力が欲しい」

「俺?」

「殿下」


 赤猪子が口を挟んだ。佐野は、はっと口を閉じた。


「うん……」

「陽一殿、今日はもう遅い。そなたはご自宅へ帰りなされ、殿下の面倒はわしが見るゆえ」

「まことか!」


 佐野の目がきらっと輝いた。


「あー、よかった。今夜も野宿かと案じておった」


 赤猪子は、佐野の言葉を聞いて呆れた顔をする。

 陽一は、晶のことをいろいろ聞きたかったのに、と不満に思った。しかし、佐野は疲れているようだったし、自分は明日も学校があった。


 陽一は高校一年生である。来月からは冬休みだ。だから、冬休みを利用して月に行ってみたいと思っている(これは勝手に一人で決めた)。

 だから、今できることはしっかりとやっておきたかった。


「じゃあ、俺、帰るよ。また、様子を見に来るから」


 陽一は、自分の部屋に思考を飛ばす。誰もいない。母は、陽一が寝入ったと思っている。

 真っ暗な自分の部屋へとポスト(瞬間移動)するため集中した。ポストとは瞬間移動のことで、瞬間移動という言葉は長いので勝手にポストと陽一が命名した。


「かたじけない、陽一くん」


 と、陽一が移動する直前に背中に向かって佐野の声が聞こえた。

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