第2章 42話 女々しい奴
「はー」
ため息。女々しいと分かっていても、晶の事を考えるとどうしても出てしまう。
晶と別れて三カ月。もう三カ月。いや、まだたったの三カ月か? よく分からない。
しかし、夜久弥の暮らす黄泉の国から地球へ戻されて三ヶ月経つが、ハンターがどうなったのか、晶とこの先どうなるか、誰からも音沙汰がなく不安な毎日を過ごしていた。
ただ、唯一確かなのは、スマホに残った晶の写真。
ぎこちない笑顔で、白いシャツにデニムのスカートをはいた少女は、紛れもなく存在していた。
「晶……」
写真を見ると、ついついしまりのない顔になってしまう。写真を見てため息、それの繰り返し。
今は月を見ても胸がざわざわしたり締め付けられたりするような感じはない。でも、何となく空っぽの気持ちを実感すると、再びもやもやと心が塞いだ。
ため息をついて窓を閉めようとした時、電柱の明りに照らされて何かが動いた。
「ん?」
電柱の影に何かいる。陽一はもっとよく見ようと目を凝らした。電柱に隠れた何かは小さくて灰色をしており、ようく見ようと睨みつけていると真っ白の長い尾が見えた。
猫だ。
陽一は訝しげに思いつつ窓を閉めてから、部屋の明かりをつけたまま、机にかけてあった上着を羽織るとそっと部屋を出て玄関へ向かった。音をたてないように靴を履いてからドアを開ける。
抜き足差し足と猫を見に近づく。すると、電信柱の陰で見えなかったが、大柄な男が猫の傍らに立っていた。ものすごく険しい顔つきでぼそぼそと猫と会話をしていた。
陽一は見てはならないものを見てしまった気まずさにその場を離れようとした。
「あっ!」
ところが、大柄な男が気づいて声を上げた。陽一はびくんっと飛び上がった。
「ま、待ってくれ、陽一くんっ」
男が自分の名前を呼ぶ。どっかでこのパターンあったぞと思ったが、陽一は、ついに晶に関する何かが起ころうとしているのだろうかと、一瞬、期待した。
立ち止って相手を見る。いや、見上げるが正しい。大柄な男は身長が二メートル近くあった。
茫然と見上げてから、ごくりと唾を呑んだ。
「だ、誰、あんた……」
思わず身構える。
男は、髪はぼさぼさ、口ひげも顔全体を覆っていて、若いのか年輩なのか、年齢不詳だった。
こんな男が晶の知り合いのはずがない。立ち止らなきゃよかった、と思ったが、男は意外と優しい声で丸い目をしていた。
足元では灰色の猫がごろごろ喉を鳴らしてまとわりついている。悪い奴ではなさそうだ。
男は、陽一が逃げないのを見てほっとしたようだった。
「あ、お、俺は、
「佐野さんですか」
「うん」
佐野は礼儀正しくお辞儀をした。
「突然、話しかけて申し訳ない。実を言うと、数日前から陽一くんと知り合いになりたいと思っていて、このかわいい猫ちゃんにお願いしていた所だったんだ」
「はあ……」
要点がさっぱりだが、頭がおかしい方にプラス一票が追加される。
「あのー、俺、急いでるんで……」
自分の名前を知っていたのは気味が悪いが、相手をしない方がよさそうだ。
くるりと振り向いたとき、猫が目の前に立ち塞がった。はっとして陽一は足を止めた。
仕方なく佐野の方へ顔を向ける。
「すまない、猫ちゃん」
佐野が感謝すると真顔で話を続けた。
「俺はこう見えて、まあ、その……地上に住んでいるムン族だ。地上ではなぜか、神って呼ばれている。だが、今はわけがあって地上から追いやられそうになっている。やっぱり人間は信用できない。俺が信用できるのは動物たちだ」
やっぱり、おかしい。訳があって神と呼ばれているって何だろう。意味が分からん。
陽一の頭の中はクエスチョンマークで一杯だ。
すると、男は手をもじもじさせると、
「君は晶の恋人だろう?」
と、びっくりすることを言った。
「なんでそれを……」
恋人っていう単語を聞いて、全身がかあっと熱くなった。
は、恥ずかしい。
陽一は体が火照りながらも、改めて大男、佐野を見つめた。
佐野は、ぽりぽりと頭を掻いた。
「だってほら、俺、月から来たムン族の宇宙人だから」
と、肩をすくめて見せた。
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