第37話 考えろ
晶の母の気配から解放されると、全身じっとりと汗をかいていた。
大きく深呼吸をして、額の汗を拭った。
「晶の母ちゃん、ヤバイ……」
晶の母から直接言われたことを受けて、陽一は今のが夢ではない事くらい分かっていた。
頭を抱えてどうしよう、どうしたらいい? なんて考えている暇なんてない。
朋樹に相談……。
横でぐっすり眠っている朋樹を見て、自分はいつも頼ってばかりいてきちんと考えていなかった気がした。
朋樹はすごいやつだ。いろんなことを考えて、次はどうしようっていつも前に進んでいる。
陽一はふうっと息をついた。
考えろ。夜久弥の言葉を思い出せ。
まずは「黄泉の国」の言葉の意味を調べろ。スマホで検索をしてみる。死者の住むという単語が出てくる。
死者の行く場所? そこに晶がいるのか。ここから行ける場所……。行くなら。
陽一は眠っている朋樹を起こさないようにして静かに部屋を抜け出した。
寝静まっている家から出ると、さっきまで自分が居た場所、三輪山へ向かって自転車を漕いだ。体はへとへとだった。汗が額から首筋へかけて流れていく。けれど、そんな事にかまっていられなかった。
自転車で上がれるところまで行き、自転車を神社への登り口に置いていく。三輪山はまだ真っ暗で、真夏なのにまるで別の世界のようにひんやりとしていた。
今夜は新月で月明かりもなく、空は雲っていて星一つ光っていなかった。
さっきまで晶はここにいたのに、もうだれ一人いない。
神社の鳥居をくぐり、本殿へと行く。この神社はとくに小さく神主は在住していない。
地元の人たちが祭りの日に数人集まるくらいで、祀られている神様の名前も知らない。
本殿の裏に回ると、桜の木が植えられていて、誰かの墓地があるのを知っていた。それも大昔の人のお墓だ。子供の頃、朋樹とここに来たことがあった。
うぐいす姫を探していた時に、二人で発見した塚があるのだ。
それを比翼塚だと調べたのは朋樹だ。全国にいくつかあるらしい。
昼間だったら平気なのに、誰もいない夜中にくると、ひっそりと建てられた比翼塚が少し不気味に感じた。
陽一は、まさか自分が真夜中にここに来るなんて思いもよらなかったが、いざ、比翼塚の前に立つと背筋がぞっとする。
その時、がさっと音がした気がして陽一は飛び上がった。鳥か何かの小動物か。
――ようやく来たか……。
比翼塚から人の声がした。気のせいだと思ったが、間違いない。
誰かいる。
陽一は腰を抜かしそうになり、体中の汗も引っ込んだ。今では体中が冷たくなっている。声の主は男で、しかも目の前に立っているのは袴姿の若い男だった。全体に暗くて顔が見えない。
――来い、連れて行ってやる。
手招きしているのか? 暗闇へ引きずり込もうとしているのか?
陽一は男を見ていると、急に胸が塞ぐような息苦しさと切なさを感じた。
こいつ、もしかしたら陽一郎? まさか過去の自分のオリジナル?
どんなに思い出そうとしてもできなかったのに、まさか、ことの発端の男がここにいるのが信じられなかった。
こいつ、ずっとここに……? まさか。
そんなはずないのに、そう思ってしまった。
陽一は、震える足をどうにか一歩ずつ動かして男の方へ近づいた。やっぱり顔が見えない。そして、男から異様なものを感じた。
――ついてこい。
何となくそう言っている気がする。陽一はゆっくり後を追った。
山の中のはずなのに真っ暗な道が続いている。まるで、冷蔵庫の中に入っていくような冷たい空気が流れ始めた。
男に追いつこうとするが、一定の距離を置いて近づけない。
気が付けば、男の姿は見えなくなっていた。
初めて陽一は、もっと夜久弥に話を聞いておけばよかったと思った。
なんでも聞き流してばかりで、深くその意味を考えたことがなかった。
陽一がゆっくりと暗闇を進んで行くと、さらに空気は冷たくなっていく気がした。
「真っ暗じゃねえか……。何だよ、ここ……」
壁伝いに歩こうとしたが壁がないので、手をつくこともできない。
仕方なく進む。目の前が見えないために進む速度はかなり遅く、不安で一杯になる。
陽一は息が苦しくなり、大きく深呼吸をした。
「大丈夫だ、絶対に見つけてやる……」
自分を励まして再び前に進む。
ここがどこだか本当は分からない。けれど、自分が望んだのは晶のいる場所だから、きっとここが黄泉の国に違いない。
それにあいつが教えてくれた。
あいつと言うのは陽一郎だ。
きっと、あいつは俺を待っていた。
陽一にはちゃんと前に進んでいるのかすら分からなかったが、とにかく足を進めた。
突然、砂利道なのだろうか、小石を踏んでいるような感じがした。
それからもひたすら歩いた。足がだいぶ痛くなってきたが、陽一は立ち止ることなく歩いた。
「晶っ」
何度か立ち止まり、どこかに向かって叫んで見るが、声はすぐに消えた。
再び、ため息が漏れた。
頭の中は不安でいっぱいだ。ここは黄泉の国じゃないのか。
陽一は悔しくて口を噛んだ。
その時、目の前の暗闇から微かな音がした。びっくりして立ち止る。
「誰?」
「遅いよ、君は」
夜久弥の声だった。
「夜久弥さん……」
安堵のあまり、陽一の体から力が抜けた。声の方へ顔を向けると、ぽうっと小さな明かりがついて夜久弥の姿が見えた。その足元に金色の髪の女の子がうずくまっていた。
「晶っ」
陽一が叫んで駆け寄ったが、女の子は動かない。夜久弥が呆れたように笑った。
「君は何を言っているの。この子は晶じゃない、鬼だよ」
「え?」
「晶はここにはいないよ。僕が連れてきたら、鬼になっていたんだ」
「そんな……なんで?」
「晶は知らなかったんだ。自分がどこへ行くかなんて。この子は姉上が僕にくれた鬼だ。君には渡さない」
夜久弥はそう言ってしゃがむと鬼の肩を優しく撫でた。鬼が顔を上げる。その頭には小さな角が生えていた。
陽一はアッと声を上げた。
こいつ、知ってる。
あの、自分が幼い頃に公園で会った。鬼ごっこをした鬼だった。
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