第36話 朋樹のやさしさ




 晶がいなくなった。

 誰もいなくなった後、陽一は真っ暗な山道を降りながら、どうして自分は歩いているんだろう、と思った。


 何が起きたのか、全部覚えている。

 晶の兄は、沙耶たちの記憶は奪ったと言ったが、陽一の記憶はそのままだった。

 この手で晶の胸をあの刀で貫いた。


 思い出すだけで吐きそうになる。

 自分は人を殺したのか?


 手が震えた。

 一体どこから道を踏み外したのだろう。

 足が重くてどうやって家まで帰ったのか覚えていない。ぼんやりと家が見えてくる。すると街頭の明かりに照らされて、誰かが家のポストのそばでうずくまっているのが見えた。


 あの時のことを思い出す。夜久弥が現れたあの日だ。

 身構えると、座っていたのは朋樹だった。朋樹は、陽一に気づいて顔を上げた。


「陽一っ。何度もスマホに連絡したんだよっ」


 朋樹は怒っていなかった。心配そうな顔で陽一に近寄ってきた。


「大丈夫か? って陽一、怪我しているじゃないか。晶ちゃんは? うぐいす姫はどうなったの?」

「朋樹……」


 陽一は、朋樹を見た途端に彼にしがみついた。ううう……と唇を噛んで朋樹の肩口に顔を押さえつけた。目じりに涙が浮かんでは朋樹のシャツに押し付けた。


「俺、晶を刺した……」

「え?」


 朋樹がびっくりして陽一を見る。そして、陽一の背中を優しく撫でた。


「落ち着いて陽一。話を聞かせてよ」


 朋樹は冷静だった。そして、静まり返っている家の人たちにばれないようにこっそりと勝手口から入った。

 朋樹は、陽一の肩口のシャツについている血を気にしたが、陽一は大丈夫だから、と首を振った。無事に部屋までたどりつき、ベッドに腰掛けると、朋樹が話を聞かせてくれ、と促した。


 陽一はたどたどしく起きた事を話した。朋樹は、細かいところまでいろいろと質問をしてくる。

 朋樹は辛抱強く聞き終えると、その後、大きなため息をついた。


「陽一」

「……うん」


 陽一はぐったりとしていた。いろんなことが起きて疲れてしまった。


「ずいぶん前から大変な事が起きていたんだね。陽一が一人で抱えていたなんて、俺驚いたよ。陽一のくせに頑張ったな」

「朋樹……」


 朋樹の優しさにまた涙がにじみ出る。しかし、朋樹は首を振った。


「陽一、しんどいのは分かるよ。けど、まだ終わっていない。だって、全部覚えているんだろ?」

「うん……」

「おかしいよそれって。だって、ハンターって人たちはみんな記憶を消されたのに、陽一は覚えているんだから」

「え?」

「覚えているのは、まだ陽一に聞きたいことがあるからだと思うんだ。それか、陽一の記憶だけは消せない理由があるのかもしれない。つまり、晶ちゃんに関わることをまだ陽一は持っているんだよ」


 朋樹は、陽一から聞き取った内容をじっくり考えながら言った。


「その夜久弥さんって人は、晶ちゃんの叔父さんなんだよね。彼が連れて行ったんでしょ。晶ちゃんを」

「うん」


 そうだ。夜久弥は自分を月読命つくよみと言っていた。そのことを話すと朋樹は、えっと驚いた顔をした。


「神話ではツクヨミは闇をべる神様だよね。その人が晶ちゃんを連れて行った。その夜久弥さんって人は、陽一に力の使い方を間違えるなって言った人だよね」

「うん……。そう言えばそうだ。それで俺、力が使えるか少しやってみた……」

「それでいいんだよ。思いついたら行動しなきゃ。だって、僕たちは子供の頃からうぐいす姫が存在するって信じていたろ? 陽一は、黄泉よみの国の夜久弥さんと出会ったんだ。きっとそれには意味があると思う」

「朋樹……。お前、すげえな」


 朋樹に励まされている。陽一は少しだけ元気が出てきた。


「晶に会いたい。こんな形で終わりたくない」

「僕も気持ち同じだよ。このままじゃ中途半端だ。うぐいす姫の事、全然知らないのに終わらせないでよ」


 朋樹の切実な顔を見て、陽一は泣きそうな気持ちになり力なく笑った。


「俺を……人殺しだって思わないのか?」

「晶ちゃんは死んでいないんだろ? 俺は陽一の友達だよ。陽一を信じている。だから、晶ちゃんを迎えに行ってあげてよ」

「うん。朋樹……。ありがとう、元気が出た」

「よかった」


 朋樹が笑って、ふうっと息を吐く。もう目がほとんど閉じかけていて、朋樹もかなり疲れて見えた。


「ごめん……。僕はもう限界だ。少しでいいから、このままベッドで寝てもいい?」

「ああ。寝ろよ。俺も少しだけ横になる。そして、晶をどうやって迎えに行くか考える」

「そうだね……」


 部屋の明かりを消すと朋樹はよほど疲れていたのか、ベッドに寝転がるとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。

 陽一はベッドのふちにもたれたまま、朋樹に感謝しながら自分の手のひらを見た。


 大太刀を握った時に力が湧いてきたこと。そして、夜久弥と対峙した時に自分は宙に浮くことができた。

 それらを思い出したその時、突然、ぞわりと両腕に鳥肌が立ち、陽一はうつむいたまま体を硬直させた。


 な、なんだ? 急に息がしにくくなった。


 心臓が耳元で大きく鳴り響いている気がする。怖くて顔を上げられない。

 陽一は、蛇に見込まれた蛙のように、畏縮いしゅくした。


 部屋に何かいる。人とは思えない巨大な力に圧倒される。


 ――ぬしが陽一か。


 声が心に問いかけている。声も出せず、動けなかった。


 ――案ずるな。


 声が笑っている。誰かの笑い声と少し似ている気がした。


 ――人間のおのこよ。息をして顔を上げろ。


 陽一は言われた通り、息をしながら顔を上げた。

 真っ暗闇の部屋の中に、まばゆい光に包まれたそれは人のような形をしていた。輪郭で女性だと分かる。


 ――我には肉体はないからな。実体ではないが許せ。


 光はそう言うと、陽一をじっと見ている。陽一は背中に嫌な汗をかいた。

 この光が誰か分かっている。

 晶の母だ。

 あまりに力が強くて直視できない。目を逸らそうとすると、光がゆらゆらと揺れた。


 ――話がしたいと思っていたが、こんな形になるとは思ってもいなかった。主は弟に会ったのだろう。


 弟が夜久弥のことであると、すぐに思いつく。まごまごしていると殺されそうな気がして心が騒いだ。


 ――殺しはせぬ。しかし、弟と約束したのは鬼ならやると云っただけ。婀姫羅をやるとは云っておらぬ。

「え?」


 一体、何の話をしているのだろう。しかし、聞き返すなどという恐ろしいことはできなかった。

 陽一は考える力を総動員させて、晶の母の言葉を全て汲み取ろうとした。


 ――黄泉の国へ迎えに行け。


 陽一はごくりと唾を呑んだ。


 ――我からは以上だ。


 晶の母はそう言うと、気配はかき消えた。緊張がどっと解ける。陽一は額の汗をぬぐった。









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うぐいす姫も佳境を迎えました。後少しで第1章が終わります。

もう少しだけお付き合いいただけると大変嬉しく思います。


ありがとうございました。




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