第34話 民話伝説



 三輪守を失い、晶は行方不明。同時に陽一までいない。

 慶之介と流稚杏は、再び俊介と舞のいるマンションへ戻った。これまでの経緯を俊介たちに話すと舞がふらふらと座りこんだ。


三輪守みわのかみ様……と言えば、赤猪子あかいこ様ですね」

「赤猪子殿はわらわの力をはるかに凌ぐ。巫女の結界は容易には探せぬ」

「しかし、陽一の人形ひとがたを見抜いたのは、流稚杏殿でございましょう」


 俊介が言うと、流稚杏は悲しげに頷いた。


「陽一の残像意識をたどったまでじゃ。もし、月へ行かねば分からなかったはず」


 慶之介は渋い顔で腕を組んだままだったが、俊介を見た。


婀姫羅あきらはどこに行ったのだ……」

「鬼が現れたら探す事ができまする。けれど、まだ現れていませぬ」


 流稚杏は地球へ戻りすぐさま鬼の気配を探ったが、鬼はまだ現れていない。その時、舞がぽつりと呟いた。


「陽一さまのお友達……」

「ん?」


 俊介が、舞を見た。


「はっきり申せ」

「陽一さまのお友達は民話などに詳しいようです」

「それが何だと言うのだ」


 慶之介が強い口調で問いただすと、舞は自信なさげに答えた。


「鶯姫の民話が伝わる地域を探してみるのはいかがでしょう。晶さまの過去を追い求めれば何かつかめるかもしれませぬ」


 舞の発言に俊介は首を振って小さく息をついた。しかし、流稚杏は違った。


「舞、その考えはよいかもしれぬぞ」


 舞は、流稚杏の賛同を得てから目をきりりと上げた。


「電話してみますわ」

「連絡がつくのか?」

「はい、晶さまのスマホがこちらにあります」


 機械音痴の舞なりに必死なのだろう。机に置いてあったスマホを手に取ると、熱心にタッチパネルを触る。

 何度か着信音を鳴らすと、陽一の友達である朋樹につながった。


『はい……。晶ちゃん?』


 警戒する声に舞は不安になりながらも勇気を出した。


「あの、夜遅くに申し訳ありません。わたくし舞と申します。朋樹さまでございますか?」

『えっ、舞ちゃん? うわ、びっくりした。あの後、急にいなくなるから心配したんだよ』

「申し訳ありません。あの、朋樹さま、今お時間よろしいですか?」

『いいけど、陽一もいなくなっちゃうし、僕、何がどうなっているのか……』


 舞は慌てて朋樹の話を遮った。


「鶯姫の民話について知りたいのです」

『鶯姫?』

「はい、この辺り、もしくは、地域や場所など特定できませんか?」

『場所? 民話は各地に散らばっているからなあ』


 朋樹が申し訳なさそうに言う。舞は傍目にも分かるくらい、がっくりと落胆してため息を吐いた。


「そうですか……」

『あ、待って。すぐ近くに比翼ひよく塚がある場所を知ってるけど』


 比翼塚と言うのは心中した男女を葬った墓のことである。当然、舞はそんなことは知らず、首を振った。


「それは違うと思いますわ」

『そう? 近くだよ。三輪山にあるんだけどね』


 舞は大きな目をこぼれんばかりに見開いた。


「い、今、何とおっしゃいました?」

『僕の家の裏に小さな山があるんだけど、三輪山って言うんだ。その山に古い小さな社があって、お墓も点在するんだけど、その一つに古い比翼塚があって、時々、お祭りもあるんだよ。鶯姫に近い伝説も残っているし』

「ああ……っ」


 舞は小さく悲鳴を上げて、電話の向こうで朋樹が驚いた声を出した。


『び、びっくりした』

「それですわ!」

『舞ちゃん、大丈夫?』

「ありがとうございます。朋樹さま」


 朋樹から細かい場所を聞いてから電話を切った舞は一同に説明をした。慶之介が今すぐその山へ向かおうと言った。


「しかし、殿下、ハンターもその山に居る可能性がございます」

「当然のこと。しかし、婀姫羅を守るのが第一」

「そうでございます」


 舞も力を入れている。


「三輪山」


 流稚杏が小さく呟いた。


「知らなんだ。そのような名の山があるなど」

「それは当然ですわ」


 舞は慰めるように言った。


「だって、わたくしたち月の者ですもの」

「すぐに三輪山へ飛ぶぞ」


 慶之介の声に一同は頷いた。舞は手を合わせた。

 何だか胸騒ぎがする。早く、晶さまに会いたい。

 無事でいてほしい一心で祈った。




◇◇◇



 頭から血を流しふらふらしながら立ち上がった沙耶を見て、陽一は首を振った。


「さやちゃん……」

「早く、このままではみんな殺されるわ……」


 目の前で倒れている男が、前世で自分の兄だと言われても陽一にはどうしても信じられなかった。

 倒れている男は陽一よりもずっと年上で大学生くらいに見えた。茶髪で女の人にモテそうな顔をしているが、派手そうな服を着て自分とは似ても似つかない。


 男のまわりには、たくさんの男女が倒れている。

 どうしてこんなことになってしまったのか。


「これ……お前がやったのか?」


 うぐいす姫の細長い目は白っぽくなっていて、陽一を鋭く睨みつけている。手の爪は鋭く、髪の毛も老婆のように灰色で艶がなかった。


「答えろよっ。うぐいす姫っ」


 うぐいす姫は不思議そうに首を傾げた。

 もしかしたら言葉が通じないのかもしれない。陽一は落ちていた大太刀を手に取ろうとした。


 ――それを手に取れば全てが変わる。


 夜久弥の声が聞こえた。こんな時に……。

 あの人は声をかけてくるだけだ。ただの傍観者なのだろうか、と腹が立った。

 構うものか、と大太刀を手に取る。


 ――いいだろう。とうとう君はそれを手に取った。


 夜久弥の声が静かに聞こえてから、気配が消えた。

 陽一は大太刀をぎゅっと握り締めた。力がみなぎる。その時、うぐいす姫の背後で自分の兄と言われた男がむくりと起き上がり、うぐいす姫に飛びかかった。


「晶っ」


 とっさに名前を呼ぶと、うぐいす姫は反応して陽一を見た。隙を見て男はうぐいす姫に覆いかぶさり二人が地面に転がる。男は持っていた短刀をうぐいす姫の首筋に当てた。


「やめろっ」



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