第25話 目覚める鬼




 耳元で囁く沙耶の声。


 あれって?

 あなたの中に埋め込んだ黒水晶はあなたの本当の力を引き出してくれる。まずは記憶を。そして持っている力を。


「どちらが鬼なんだか」


 静寂を破るように男の声がして、陽一はハッとして目を開けた。


「誰っ?」


 沙耶が驚いて後ろを振り向く。見ると、暗い木の陰から夜久弥やくやが現れた。沙耶は怪訝な顔で夜久弥を睨んだ。


「……誰なの?」


 陽一はとっさに沙耶の前に立ちはだかった。沙耶が陽一の背中にしがみついた。


「晶の叔父だ。気をつけて」


 夜久弥はゆったりと二人に近づき、沙耶を見た。


「ハンターは早く消えた方がいい、僕は今、無性に何かを傷つけたいと思っているから」


 沙耶がいっそう強くしがみついた。陽一はおびえている沙耶を自分へと抱き寄せた。


「そうはさせない」

「君は、前に僕が言った事を理解してくれたと思っていたが」

「あんたは晶の叔父だ。ということは、俺たちにとって敵だということだ」

「君はいつから晶の敵になったんだ。目を覚ませ」

「いやだ。もう、あんたらの言うことは聞かない」


 陽一が、夜久弥に目がけて両手を広げた。弱い力だったが、夜久弥は衝撃波を受けて、後ずさりした。


「やめるんだ」

「いやだ」


 陽一はもう一度、夜久弥に向けて自分の中に流れる力を放出した。

 体が自然に攻撃態勢に移る。夜久弥の動きをじっと見据えながら、暗闇でも目がよく見えた。

 夜久弥に向けて全神経を集中させていると、背後から沙耶がぎゅっとしがみついたまま、


「陽一くん、また会えるわ」


 そう言い残して彼女の気配が突然、消えた。




◇◇◇




 気を失った晶は鬼の姿のままだった。

 月の騎士たちに祖父の家の後始末を任せて、俊介たちはすぐさまマンションへと瞬間移動した。

 流稚杏は、いつ鬼が目覚めるかと表情を険しくして見守っていた。


「流稚杏殿、今のうちに姫を月へ連れて行ってはいけないでしょうか」

「やめた方がよいな」


 俊介の提案に流稚杏が静かに答えた。


「姫をこのまま月に連れて行っても問題は片付いておらぬゆえ、よけいややこしくなるだけじゃ」


 鬼は眠っている。晶の意識もない。流稚杏は唇を噛んだ。


「鬼の気配を感じた気がしたが、鬼は眠っている」

「流稚杏さま……」


 その時、ドアが開いて、ふらふらと舞が青白い顔で現れた。


「舞、起きたか」


 俊介が妹を案じると、舞が小さく震えた。


「晶さまはまだ起きられませんの?」


 舞はショックのあまり気を失っていた。ようやく起きられるようになり、晶に近づくとその手を握った。


「晶さま……。どうしてこのような事に?」


 目から涙があふれる。兄を見たが、俊介は首を振るだけだった。


「もうすぐ新月じゃ、鬼を押さえこめるのはわらわだけじゃが、姫の協力がなくては……」


 流稚杏がぼやいた時、晶の目がすっと開いた。舞が歓喜の表情で抱きついた。


「晶さまっ」

「舞」


 晶はにっこりと笑って、舞の頭を優しく撫でた。


「ああ、よく眠っていた」


 晶があくびをすると三人は呆気にとられた顔をした。


「姫さま、大丈夫ですか?」

「大丈夫のようじゃな」

「心配をかけおって」


 流稚杏が呆れたように言うと、晶は肩をすくめた。


「流稚杏、先ほどの戦いで数名のハンターの穢れを吸ってしまったのだが、どれくらい浄化できたかの?」

「簡単に言ってくれるわ」


 流稚杏は不機嫌そうだったが、晶が目覚めてほっとしていた。


「姫、心配をかけるな」

「すまぬ」

「晶さま、二度とわたくしから離れないでくださいませ」

「分かった。ところで俊介、兄上は来ているのか?」


 突如、話を振られ、俊介は面食らった。


「いいえ、殿下にはお知らせしておりません。月の騎士たちは陽一の祖父の家を片付けたら俺に連絡するよう伝えております」

「そうか、では急がねばな」


 晶は呟くと、さっと手を振り上げた。俊介が目を見開いたと同時に、そのまま意識を失い、他の二人もすでに眠らされていた。


「すまぬな。許せとは言わぬ」


 晶は立ち上がると、鏡に映る自分の姿を見た。押さえていた力を開放すると、金色の髪はさらに輝きだし、瞳の赤い色もはっきりとした。

 服装は、赤い袴姿の巫女装束に変わると、鬼である自分を見て、にやりと笑った。


「ようやく陽一郎に会える」


 うぐいす姫はそう言うと、姿を消した。




◇◇◇




 沙耶が消えたのは、きっと安全な場所へ移動したのだと考える。

 今の自分は目の前の敵と対峙たいじすることだ。


 陽一は、夜久弥から目を離さないように相手をじっと見た。不思議なことに体中に力があふれ出している気がした。


 陽一は自分の力に驚きながらも自信をつけていた。

 夜久弥は、陽一と戦っても勝ち目がないと思ったのか、腕を組むと宙に浮かび上がった。


「その目つきはよくないな。陽一くん、物騒な手を下ろしてくれ。僕は敵じゃない」

「あんたは俺の敵だ」

「君に危害を加えたくないんだ」


 夜久弥の言い方がむかつく。

 陽一はぐっと腰を低くしてから飛び上がった。信じられないが空を飛んでいる。

 いつの間にこんな力が使えるようになったのだろう。これも沙耶のおかげなのだろうか。


 陽一は宙に浮かんでいる夜久弥のそばまで追いつくことができた。しかし、夜久弥の表情は変わらずクールに陽一を見つめていた。


「……仕方がない」


 夜久弥がため息をつくと、一瞬で辺りが真っ暗闇になった。


「なっ」


 陽一は驚いてきょろきょろとまわりを見渡したが、闇に放り込まれ自分の姿すら見えない。


「な、何をしたっ」

――僕は闇を支配する月読命つくよみだよ。甘く見ると痛い目を見るよ。


 低い声に陽一はすくみあがった。しかし、声はそれを最後に消えてしまった。

 まわりの景色が見える。陽一はゆっくりと地上へ降りて息を吐いた。

 夜久弥の圧倒的な力に息ができなかった。


 何者だろう。

 月読命つくよみって聞いたことがある。きっと、朋樹なら詳しいはずだ。

 陽一はスマホを取り出して朋樹に連絡しようとした。


「先客がおったかの?」


 びくっとして振り向くと、晶が立っていた。


「なっ。晶っ」


 陽一は思わずスマホを取り落としたが、晶がそれを拾って渡してくれた。


「ほれ、気をつけよ」


 笑顔で手渡されたが、陽一は驚きで声が出なかった。晶の髪は金色に輝いていて、巫女姿でさらに角と牙まで生えていた。


「お、鬼……。お前、鬼じゃないか……」



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