第23話 鬼が笑う
その頃、キッチンでは皆沈んだ顔をしていた。
「晶ちゃん……。遅いね」
一人になりたいと晶が言ってからまだ数分である。朋樹が探しに行こうと立ち上がった。
「待たれよ。少しの間、姫を一人にさせてやれ」
流稚杏が静かに諭した。
「でも、心配でございます」
舞が目を潤ませて晶の出て行った方を見た。
「流稚杏さん、教えてください。どうして晶が鬼と呼ばれているんですか?」
陽一がたまらなくなって聞くと、流稚杏は相変わらずクールな顔で答えた。
「そなた、それは自分で思い出すことじゃ」
流稚杏はそう言ってから、すっと立ち上がった。
「舞、わらわを恨むでないぞ」
突然、舞の手をつかむなり流稚杏が言う。その時、さわさわと廊下の方から足音がして腰に剣を差した異国の戦闘服姿の男たちが数名現れた。
陽一と朋樹が驚いて立ち上がる。
「なぜここに月の騎士たちが……。晶さまがっ」
舞は顔を険しくさせると、陽一の方を見た。しかし、もがく舞の手を流稚杏がしっかりと握りしめている。
「陽一よ、姫の事を思い出さぬなら、もう近づくな」
舞の手をつかんだまま流稚杏が厳しい口調で言った。陽一は言い返した。
「い、嫌だ。俺は必ず思い出すっ」
「そなたの無邪気な心は姫の心をかき乱すだけ。そなたがハンターにとらわれたら、姫は奴らの言いなりじゃ。それと舞、だからお主にはマンションで待っていろと申したのに」
「晶さまっ」
「舞、すまぬな」
流稚杏が言うなり、二人の姿が消えた。
陽一には何が起こったのか、さっぱり分からなかった。
月から来た騎士たちは陽一と朋樹を取り囲むと、腰に差していた剣をすらりと抜いた。
「ここから動くな」
朋樹は真っ青になって頷いたが、陽一はその要求を吞まなかった。
「陽一?」
「おい……待てっ」
月の騎士の制止も聞かずに陽一は庭の方へ走った。
◇◇◇
陽一と共に過ごせばハンターが襲ってくることは分かっていた。
晶は、ハンターの目的を知ろうと思い今回の計画を企てたが、結局奴らの目的は分からずじまいだ。
刃物ぐらいでは鬼の強靭な体を貫けるはずはない。とはいえ痛みはある。背中が燃えているようだった。
痛みにこらえ、晶は立っていた。すると、突然、女が悲鳴を上げた。見ると、俊介が女の腕に刀を切りつけた。
「俊介……」
「姫さまっ」
女の体が傾き、背中の刀が抜かれる。血がほとばしり、晶は地面へと倒れ込んだ。すかさず俊介が抱きとめた。
俊介の後ろでは月の騎士たちがハンターたちを仕留めているのが見えた。数名のハンターは逃げだし、傷を負った女もいつの間にか消えていた。
晶は首を振った。
「やめよ、もう争いなど見たくない。我はこんな結果を望んでいない」
晶の悲痛な声に、俊介は部下たちに追うのをやめさせた。
「我はどうなっている……?」
晶の問いに俊介はどう答えていいか迷った。頭上に生えた角は元に戻らず、金色の髪もそのままだ。
俊介は問いに答えず、晶の怪我を庇いながら体をそっと起こした。
「先にお怪我の具合を確かめねばなりません」
「うむ……」
「無茶のしすぎですぞ」
「すまぬ」
晶が謝ると、ようやく流稚杏が現れた。
「姫」
「流稚杏殿。姫さまがお怪我を……」
「分かっておるわ。大体、そなたが舞を連れてくるからじゃぞ」
「舞は無事か?」
「舞ならマンションに置いて来た。さて」
流稚杏は手を合わせると呪文を唱え穢れを取り除いた。晶は少しだけ呼吸が楽になった。流稚杏は背中の傷も癒そうとしたが、傷は深く簡単には治らなかった。
「姫、分かっておったはずじゃ。敵の陣地へ飛び込んだも同然であることを」
流稚杏の言うことは尤もであった。しかし、陽一の誘いを断りたくなかった。
「陽一と朋樹は大丈夫かの?」
「二人は部下に任せています」
俊介が答えた時、部下の叫ぶ声と共に陽一がかけ込んできた。
「まさか……どうやって結界を超えて来たんだ……?」
「鬼が呼んだか……」
晶が呟いた。
「晶っ。大丈夫か?」
陽一が、晶の元へ駆け付けると、様相の違う彼女を見て息を呑んだ。
「また鬼になってる……」
そして、庭で倒れている祖父に気づいた。
「じいちゃんっ」
祖父に駆け寄ってしゃがむと胸に耳を当てる。体は温かく眠っているように見えた。
「そなたの祖父は眠っておるだけじゃ」
流稚杏が答えた。
「じいちゃん、なんで眠って……?」
「すまぬ。翁は記憶を消して欲しいと我に求めた。我はそれに答えた」
「記憶を消したのか? はあ、これでまた真実は闇に葬られたわけじゃな」
「記憶を消したってどういうことだ? じいちゃんは何の関係もないはずだろっ」
「陽一、姫さまはハンターに襲われて怪我をしておる。話は後にしてもらいたい」
「よい、俊介」
晶が制した。
「陽一、お主に話がある。お主には多大な迷惑をかけてすまない。我は間違っていた。お主は我の探している陽一郎ではなかった」
「は?」
陽一がぽかんと口を開ける。
「いきなり何言ってんだよ……」
「お主は陽一郎の生まれ変わりではない。我が間違っていた」
「何だよ……それ……」
「すまぬ」
「……じゃあ、俺は……運命の相手じゃないって言うのか?」
「そうじゃ」
陽一が手を握りしめ顔を赤くし、今にも泣きそうな顔になった。
「何だよそれはっ。ここまで巻き込んでおいて、今さら関係ないって言うのかよっ」
陽一の言葉が胸を刺す。晶は膝が震えていたが、倒れないよう耐えた。
「俺は……ようやくお前の事、何となくいいなって思うようになっていたのに。お前はそうじゃないのかよっ。俺が生まれ変わりじゃなかったら、もういらないのか。今の俺が好きって言ったんじゃ、満足しねえのかよっ」
我を好き? 晶は目を見開いた。
それが真実ならどんなにうれしいか。しかし、尚更、その言葉を受け入れるわけにはいかなかった。
晶は首を振った。
背中が痛む。だが、その痛みよりもっと強い痛みが体を貫いている。
晶は目を上げて陽一を睨んだ。
「それは……迷惑じゃな」
「お前、全然かわいくねえ……」
「お主に好かれたいなどと思ったことなど一度もないわ」
「ああ、そうかよっ。だったら、二度と俺の前に顔を見せるなっ」
ひどい言葉を投げ捨て陽一は行ってしまった。二人のやり取りを見ていた流稚杏が息をつく。
「素直じゃないの、お主ら……」
流稚杏の呟きを聞いて、鬼が笑った。
「姫?」
晶の意識はもうなかった。
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