第16話 陽一の決心




 俊介の結界が張られた直後、一気に晶の力が解放された。

 晶の頭上に小さな白い角が生え、短い髪の毛が急に伸び始める。髪の色は金色に輝き膝裏くらいまで伸びていく。

 そして、晶の瞳の色が赤くなったかと思うと、鋭い牙が生えた。


 陽一がギョッとして晶から離れようともがいたが、晶は自身の両手を使って、陽一から穢れを吸い始めた。黒いモヤのようなものが晶の中へ取り込まれていく。


 陽一に触れている晶の両手は、焼け焦げ傷がついてはすぐに再生を繰り返した。陽一は目を見開いてしっかりと晶を見つめていた。


 晶が穢れを吸い込んでいる間、陽一は胸を塞ぐような苦しみが徐々に薄らいでいくのを感じた。

 頭がすっきりして、体の疲れも取れていく。さらに、晶に対する苛々した感情がなくなっていった。


 全ての穢れを取り除いた晶は、陽一から手を離した。すぐに鬼の力を封じ込めると、元の姿に戻った。


 陽一はよろめいて地面に手を突くと、怯えた目で晶を見上げた。


「鬼……、今、お前、鬼になった」

「これが我の本当の姿じゃ。安心しろ、すぐに記憶を消してやる」


 晶が静かに言うと、陽一は首を振った。


「俺に何を……」

「何もしていない。苦しみを取り除いただけじゃ」

「鬼は、お前だったんだ……」

「そうじゃ。我は鬼だ」


 晶の悲しい声が聞こえた。

 穢れを吸ったというのに、陽一が自分を見つめる顔つきは険しかった。


 陽一郎だった頃の記憶が甦ったか、と晶は慎重に見つめたが、陽一は混乱しているだけのようだった。


「小さい頃、鬼と出会った……。あの時の鬼だ……」

「幼少?」


 晶は顔をしかめた。

 あるはずがない。鬼の姿になることはなく、過去に陽一と接触したことは一度もなかった。


「お主は何か勘違いをしている」

「いや、俺は鬼と会った。だから、うぐいす姫を探すのをやめたんだ」


 晶は動揺した。

 自分の知らない間に、鬼が外に出ていたのだろうか。


「姫さま。大丈夫でございますか?」

「うむ……」


 大丈夫ではなかったが、幼い頃、陽一に何かあったらしい。陽一のためにも早く記憶を消して、平和な日常を取り戻してやりたかった。


「すまぬ。陽一」

「え?」

「すぐに記憶を消してやる」


 晶が近づくと、陽一は手で制した。


「やめろ、記憶を消す必要なんかねえ」

「だが……」

「驚いたけど俺は大丈夫だ。お前、鬼なんだろ」


 陽一がじろりと見つめる。

 晶はすぐにでもこの場を離れたかった。これまでは鬼、鬼だと呼ばれても平気だったのに、陽一に言われると辛かった。


「鬼なのに、姫と呼ばれているのはなぜなんだ」

「陽一」


 俊介が怖い顔で近づく。


「それ以上、申してみろ、俺がお前の首を切ってやる」

「よせ、俊介。陽一、我が怖くないのか?」

「鬼は怖い。けれど、晶は怖くない。だから、俺の記憶を消すのはやめろ。俺はうぐいす姫のことをもっと知りたいんだ」


 陽一の言葉を聞いて、晶は項垂れた。手首の傷は治らず、ポタリポタリと血が滴り落ちている。

 陽一が気づいて手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。


「俺が触ると、お前にケガをさせてしまうんだよな」

「我が吸い込んだのは穢れのみ、陽一の中に入り込んだモノまでは取り出せぬ」


 晶がゆるゆると首を振った。


「心配するな。こんなケガは自分ですぐに治せる」

「え……?」


 陽一が怪訝な顔で晶を見る。


「お前、何者?」

「我はうぐいす姫じゃ」


 晶がにこっと笑った。そして、俊介の腕につかまるとそのままずるずると地面に倒れ込んだ。


「姫さまっ」

「……俊介、流稚杏るちあを呼べ」


 俊介に命じると、晶は目を閉じた。




◇◇◇



 何かを言い残し、倒れ込む晶を見ながら、陽一の心はざわざわしていた。

 

 一体、何が起きているのか。

 

 俊介の腕で眠っている晶は弱々しく見える。最初に会った時の生意気そうに見えた少女はいない。


「あ、晶は大丈夫?」

「大丈夫だ。疲れて眠っている。しかし、人間から直接、穢れを吸い込むのは初めて見たが……」


 俊介はすぐにでも安全な場所へ移動したかった。

 ハンターからしたらこの少年は、晶の居場所を教える格好の獲物なのだ。


「陽一、できればもう姫さまと会うのをやめてくれぬか」

「えっ? ど、どうしてっ?」

「そなたが近づくと、姫さまを狙う敵に見つかる。そなたも見ただろう、姫さまの鬼の姿を」

「う、うん……」

「鬼を憎む人間はたくさんいる。我々はハンターと呼んでいるが、そなたが転生をくり返すと同時に、ハンターも時代ごとに力をつけている。そなたがハンターから何を受け取ったのか知らないが、奴らは超人的な力を持っており、どこにいても、そなたを通して姫さまを追い続けるだろう」

「で、でも俺たちは運命の相手……」

「そなたの記憶は十八歳になれば消える」

「嘘……」


 陽一は頭を殴られたような気がした。


「な、何で?」

「そなたは普通の人間だ。巻き込みたくない」

「い、いやだ……」


 陽一は首を振った。それを聞いた俊介が顔をしかめた。


「いやだ。俺、晶がどうして鬼になったのかを知りたい。もっと、晶のことを知らなきゃいけないんだ」


 俊介は真顔になり、陽一を睨んだ。


「そなたは、好いている女子おなごが危険にさらされてもよいと申すのか」


 晶を好きかどうかは、まだはっきりと分からない。

 ただ、気になる。

 晶をこのまま放っておくことはできないし、自分はうぐいす姫を知りたい。


「あんたは晶を守るためにここにいるんだろ?」

「そうだが……」

「俺は、晶に危害を加えたりしない。けど、限られた時間の間で、できることがあれば、晶のそばにいたいんだ」


 俊介の腕の中で晶がぴくりと動いた気がした。


「分かった……」


 俊介が静かに答えた。


「我々もできる限り援護しよう」


 陽一の胸はドキドキしていた。

 自分がこんな事を言うなんて思わなかった。けれど、晶と二度と会えなくなるなんて、絶対嫌だった。


「早く行って。晶の顔色が悪いよ」

「すまぬな」


 俊介が言うが早いか、目の前から消えていた。


「消えた……」


 取り残された陽一は茫然としていたが、あたりを見渡すと、すぐに踵を返して家に向かった。


「晶を守る方法を考えなきゃ」


 次第に早足になってくる。

 何があっても俺は晶のそばを離れないからな。

 決心すると、陽一は家に向かって走った。


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