第15話 乱れ




 陽一の気配に乱れがある。

 俊介が作ってくれた夕食を食べ終えて、プールに行った話をしていた時、晶はハッと黙り込んだ。


「晶さま?」

「陽一がハンターと接触をしたようだ」

「えっ」


 舞がびくっとして身を震わせた。俊介がすぐに晶を止めた。


「行ってはいけません」

「しかし、陽一の身に何かあってはならぬゆえ」


 晶がゆっくり椅子から立ち上がると、俊介が立ちはだかった。


「俺も行きます」


 晶は何か考えていたが、仕方ないと頷いた。


「舞はここで待っておるのだぞ」

「はい……」


 本当は一緒に行きたかったが、舞は言い出せなかった。自分には晶を守る力はない。身辺のお世話をするしかないのだ。


「お兄様、晶さまをお願いいたします」

「当然のこと」


 晶が、俊介の肩に手を置いて二人は消えた。

 俊介と晶が降り立った場所は、以前のマンションの近くだった。


「陽一は以前のマンションに向かっていたのだな」


 気配をさぐって少し進むと、陽一が道の真ん中で茫然と立っていた。


「何をしているのだ?」

「姫さま、ハンターは」


 用心して気配をさぐったが誰もいない。


「大丈夫じゃ、陽一に接触してすぐに消えている」


 晶はそう言うと、陽一の方へ歩いて行った。


「陽一」

「え? あ、晶っ」


 陽一が晶を見て目を見張った。すぐに背後にいる俊介に気づく。


「あ、その人……」

「この者は舞の兄だ」

「舞ちゃんのお兄さん……」


 舞の名が出たのに、陽一の反応が薄い。


「陽一、ここで何をしておるのだ」

「お前に会いに行こうと思ったんだよ」


 陽一の様子が少しおかしい。ずいぶん気が乱れているようだった。晶は静かに尋ねた。


「なぜじゃ?」

「なぜって……。これだよっ」


 陽一はぐいっとスマホを突き出した。晶は近づいてスマホを見た。


「我の写真か。朋樹に送ったものだがそれがどうかしたか?」


 首を傾げる晶を見て、陽一は動揺したように体を震わせた。


「これを見て分かったんだ。お前がうぐいす姫だって」


 晶はどきりとして、思わず陽一から離れた。


「どうして嘘をついたんだよ。俺が間違っているのを見ていて、バカにしていたんだろう」

「そんな……」


 晶は首を振ったが、うまく声を出せなかった。


「そんなつもりはない……」

「なら、初めて会った日に訂正するべきだったんだ」

「陽一とやら」


 俊介がたまりかねて口を挟んだ。

 陽一は、俊介が声を出したので驚いて肩をすくめた。


「な、何ですか……?」

「姫さまはそんなお方ではない。そもそもそなたが間違えたのだから、謝罪するべきではないか?」

「あ、あんたも、うぐいす姫の部下なのか」


 陽一が、晶をじろりと睨む。俊介が晶を庇うように立ちはだかった。


「姫さまを愚弄ぐろうするようなら、俺が許さん」

「よせ、俊介。陽一、我が悪かった。お主を笑ってなどいない。舞を気に入ったのであれば、それでよいと思っただけじゃ。我は、お主が幸せならそれでよいのじゃ」


 陽一は顔を真っ赤にさせた。何か言おうとしたが、唇を噛みしめた。


「晶はそれでいいんだな」

「……え?」

「うぐいす姫と俺は出会うべきだったんだろう。でも、お前はそれをなかったことにしようとした。俺とお前は運命の相手じゃないってことだろ」


 陽一は何だか悲しそうにも見えた。


「すまぬ」

「そのすまぬってなんだよ、はっきり言え」


 陽一が手を伸ばして晶の手首を握った。陽一に握られた手首が熱く燃える。


「わっ」


 陽一が驚いて手を引っ込めると、晶の手が焼けただれていた。ぶすぶすと皮膚が焼ける臭いがする。晶は手をかばった。


「あっ、晶っ」


 陽一が焦って晶に触れようとしたが、俊介がそれを遮った。


「そなたは触ってはならん」


 晶は青ざめた顔で陽一を見ていたが、観念したように言った。


「陽一、我は鬼じゃ。お主が探していたうぐいす姫はこの世にはおらぬ」

「何だよ、それ……」


 晶の手首が気になって、陽一はパニックになっている。


「それよりそのケガどうして? 俺が触ったから?」

「姫さま、陽一は何をしたのです」


 俊介が静かに聞く。しかし、顔つきは険しい。


「陽一、ハンターから何か受け取ってはいないか?」

「ハンター?」


 陽一が口をぽかんと開けた。


「そなた、そんなことも忘れているのか」

「俊介、陽一を巻き込みたくない」

「しかし、それでは……」

「俺に分かる話をしろよっ」


 陽一が叫んだ。晶はハッとした。


「お主には平和な日々を送って欲しいのじゃ」

「うぐいす姫に関わって、平和な日々があるわけねえだろ。変な女の子とかサングラスとか、おっさんとかいろいろあるんだよっ」

「女の子と申したか?」

「ああ、さやちゃんだよ。うぐいす姫を探しているとかで、俺にサングラスをくれたんだ」

「そやつがハンターだ。陽一、その者に近づいてはならぬ」

「もう遅いよ。あいつら、どこにでも現れて俺に何かするんだからっ」

「まだ……間にあう」


 晶は呟いたかと思うと、陽一のそばに寄った。手から焦げた臭いがしていても晶は気にしなかった。


「姫さま、何を……」


 俊介が止めるのも聞かず、晶は背伸びをすると、黒くなった手で陽一の顔にそっと触れた。陽一は後ずさりした。


「呑み込め……」


 晶が囁くように言った。

 俊介はその言葉を聞いたとたん、すぐに結界を張った。道路の真ん中で事を行うにはこの場所は目立ちすぎた。

 俊介の張った結界が三人がいる空間を取り囲んだ。

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