第14話 晶の画像





 晶と舞は、駅で陽一たちと分かれてマンションに向かって歩き始めるとすぐ後ろから俊介が現れた。

 どうやら今日はずっと見守ってくれていたらしい。


 時刻は昼を過ぎている。すっかりお腹が空いていた。

 晶が軽くあくびをして目をこする。舞も口数がなく、少し疲れているようだった。


「姫さま、疲れたのですね。水の中で泳げばそうなります。その……次からはプールとやらはお断りなさった方がよいかと思いますが」

「そうだの。水の中で襲われたくはないな」


 晶は戯言ざれごとのつもりで言ったが、いつ、何が起きるか分からない。


「腹が減ったの」

「おにぎりを作っております。それを召し上がられたら横になられるといい」


 今日は午前中に待ち合わせしたので、俊介は少し早起きをしてくれたらしい。

 舞の言葉ではないが、本当に俊介がいてくれて助かる。


 マンションについて、三人は遅めの昼食を摂ると晶と舞はそのままベッドで昼寝をすることにした。

 俊介は片づけをすませると、マンションの部屋全体に結界を張った。


 食器を片付けて自分もソファに座る。そのうちに自分もウトウトし始めた。


 プールとやらは自分には刺激が強すぎた。

 殿下には黙っておかねば、と思いながらいつの間にか彼も寝入ってしまっていた。



 それから数時間後、晶はよく眠っていた。

 机の上に置いてあったスマホがブーブーっと振動してその音で目が覚めた。

 体を起こしてスマホを見ると、さっそく朋樹からのようだった。


 今何時だろうと窓の外を見ると、すっかり薄暗くなっていた。気づけば夜になっている。

 リビングの方からは俊介が食事の用意をしているのだろう。カチャカチャと音がしていた。


 晶はスマホの内容を確認すると、晶の顔の写真が欲しいとあった。


「我の顔?」


 晶は不思議に思いながら、スマホを持って部屋を出た。

 キッチンでは俊介が野菜を洗っていた。舞はまだ寝ているらしい。


「俊介、朋樹が我の写真が欲しいそうじゃ」


 俊介はタオルで手を拭くと晶の方へ近寄ってきた。


「そのスマホで撮ればよろしいのでは?」

「そうじゃな」


 晶がそのままスマホを俊介に渡す。

 俊介がスマホのタッチパネルをトントンと軽やかに弾き、晶にカメラを向けた。


「姫さま、撮りますよ」

「うむ」


 カシャカシャと数回音がする。


「見せてみよ」


 晶は手際よく画面をスクロールして画像の確認すると、あっという間に朋樹に送った。俊介がそばで作業を見ている。


「姫さま」

「ん?」

「俺もその画像、見てもいいですか?」

「かまわぬぞ」


 俊介は、晶が写っている画像を見てため息をついた。


「どうした、ため息などついて」

「いえ……何でもありません」


 含んだ言い方をするので、晶は眉をひそめた。


「何かおかしな写真でもあったかの」

「そうではなくて、姫さまは愛らしいので……。殿下もきっとご覧になられたいだろうなと……」

「そうか」


 晶は苦笑した。


「しかし、なぜ、朋樹は我の写真が必要なのじゃ?」


 と首を傾げた。

 その隣で俊介は、姫さまは隙がありすぎる……と別の意味で息を吐いた。





◇◇◇




 夕食後、自宅のベッドで寝そべっていた陽一は、天井を仰ぎながら晶のことを考えていた。

 水着姿が目から離れない。生白い腕と細い足首。朋樹と並んでいる姿を見ると、胸がきりきりした。


「くそ……っ」


 自分の頭がおかしくなったとしか思えない。晶のことが気になるなんて。

 陽一は寝返りを打って頭を抱えた。

 その時、スマホにメッセージが入る音がした。放り出していたスマホを手に取ると朋樹からだった。内容を見た瞬間、陽一は飛び起きた。


 食い入るように送られてきた写真を見る。


「マジか……」


 晶の画像ばかりで、無防備な姿は誰が撮ったのか、すごく可愛く撮れている。


「なんだよこれ……」


 茫然として内容を読むと、晶ちゃんにお願いして送ってもらったんだ、と自慢げに書いてあった。

 陽一はむっとして不機嫌なまま、もう一度写真を眺めた。顔のこわばりは依然と解けない。


「くそ……」


 汚い言葉が次々と出てくる。

 自分の見る目がなかったことに今さらながら腹が立った。


「晶が、うぐいす姫だ……」


 スマホに映っている画像を見て直感が働いた。

 間違いなく晶がうぐいす姫だ。あいつ、嘘をつきやがったな。


 陽一は、奥歯を噛みしめた。

 舞が、晶に対して下手に出る理由がよく分かった。間違えている陽一に対して、晶は腹の中でバカにしていたのだ。


「くそっ、くそっ」


 腸が煮えくりかえるほどの怒りに駆られ、陽一は立ち上がった。

 部屋を行ったり来たりしていたが、我慢できずに家を出た。スニーカーを履いて外へ飛び出す。

 晶のマンションへ行くつもりだった。家からは歩いて行ける距離にある。


 陽一が苛々しながら向かっていると、突然、横の道からいきなり人が出てきた。


「わあっ」


 とっさの事でびっくりして声が出た。身構えて相手を見るとなんと沙耶だった。 


「さ、さやちゃんっ。驚いたっ」


 沙耶はスカートの短い黒いワンピースを着ていた。彼女はにっこりと笑った。


「こんばんは」

「こんばんは……」


 陽一は、沙耶に向けて怪訝な顔をした。


「……どうしてここに?」

「ねえ、覚えてる?」

「何を?」


 沙耶は探る様に自分を見つめている。


「まだ……ダメなのね」


 沙耶は意味不明な言葉を呟いて息を吐いた。


「ねえ、ポケットに入れているサングラスを出してみて」

「サングラス?」


 そんなもの入ってないのにと思ったが、ポケットから真っ黒のサングラスが出てきた。

 ぞわっと鳥肌が立った。

 思わずそれを放り投げる。


 いつの間にこんなものが。


「陽一くん。サングラスを拾ってかけてみて」


 沙耶が命令をする。

 陽一はあらがえなかった。

 それを拾うと言われたままにサングラスをかけた。

 夜なのに沙耶の姿がはっきりと見える。


「なんだこれ、すげえ……」

「月を見て」


 月の位置が分からなくて外して確認しようとしたが、外さないでと強い口調で言われた。

 陽一はそのまま月を探した。


「赤い月だ……」


 赤い月はほとんど欠けて見える。

 満月からまだ二日しか経っていないのに、陽一が見ている月はほとんど欠けていた。

 サングラスを外して肉眼で確かめてから、すぐに理解した。


「欠けている月が見えているんだ……」

「その通り。このサングラスは新月に力を発揮するわ。つまり、うぐいす姫の力がなくなった時こそ、鬼退治が可能になるのよ」

「鬼退治?」


 どこの昔話だ、と陽一は笑った。


「バカにしているのね。どうしちゃったの? 本当のあなたはそんな人間じゃないはずよ」


 陽一は、沙耶の方こそ何が言いたいのだ、と思った。


「君は何者? どうして俺に変なもの押し付けるんだよ。これ、いらないよ」

「ダメよ、あなたはもう受け取ったもの」

「はあ? 俺は何も受け取っていないけど」

「それはあげるわ。きっと、あなたの役に立つと思うから」

「いらない」

「そんなこと言わないで」


 沙耶が悲しそうに言う。


「ね、お願いよ。持っているだけでいいの」


 手に押し付けてくる。

 陽一はそれ以上押し返すことができずにしぶしぶ受け取った。


「ありがとう。ねえ、陽一くん、うぐいす姫を探していたのは、あなただけじゃないのよ」


 沙耶が急に涙ぐんだ。


「わたし、うぐいす姫に言いたいことがあるの。もし、彼女がどこにいるか知っていたら教えて欲しいの。約束したでしょ」

「約束?」


 頭に沙耶の声が響く。陽一は警戒した。彼女の甘い声にしびれる。


「なんだっけ……?」

「そうだわ、満月の夜はありがとう。だから、ご褒美だよ。いいものあげる」


 沙耶が耳元で囁き、陽一は肩をすくめた。

 手をぎゅっと握られた。強い力で思わず顔をしかめると、フフフと笑った沙耶の息が耳にかかった。

 こそばゆくて目を閉じた。


 そのまま目を閉じたまま、待ったが何も起きない。

 そっと目を開けると沙耶はおらず、一人でその場に立っていた。


「まただ……」


 もうやだよ……。

 陽一は顔を押さえた。

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