第13話 やきもち
「プールとは楽しいな」
「そうでしょ」
晶の笑い声と朋樹の声に我に返った。
「ねえ、晶ちゃん、泳げるんだよね、あっちに流れるプールがあるんだ。歩きながらでも楽しいから行かない?」
「うむ、面白そうだの」
晶が承諾する。舞が、ハッと晶の手をつかんだ。
「晶さま……」
「大丈夫じゃ、舞。お主は陽一と一緒に少し水に慣れるとよい」
晶が水から上がり朋樹の後を追っていく。陽一にはなすすべがなくてただ見ていた。
「陽一さま、よいのですか? 晶さまが行ってしまわれますっ」
「い、いいも何もあいつが勝手に行くんだから放っておこうよ」
「そんな……」
舞が今にも泣きそうなので、陽一は困った。
「なら、俺たちも行く?」
「は、はいっ」
舞は、晶のそばにいたいのだろう。彼女の気持ちがひしひしと感じられた。
流れるプールは多くの人で賑わっていて、晶たちがどこにいるか見つけるのが大変だった。
「やみくもに探しても見つからないから、上から追いかけよう」
陽一が言うと、舞が必死で人々の顔を見ながら歩き始めた。
おそらく一周しないと見つけることは出来ないだろう。だが、どこかで止まって移動されると厄介だ。
スマホもないし、朋樹が何を考えているか分からなかったので、陽一は不安に駆られた。
「陽一さま、晶さまは大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ」
陽一は、舞を励ますように言った。
「わたくし一緒にいないと不安でたまらないのです」
舞がどうしてここまで過敏になるのか、陽一にはさっぱり理解できなかった。
しかし、朋樹はうぐいす姫マニアなのにどうして舞ちゃんに興味を見せないんだろう。
不可解だったが、まずは二人を探すのが先だと思った。
◇◇◇
流れるプールとやらにはたくさんの人がいた。
晶は、朋樹と水の中に入り、心地よさにひとときの安らぎを感じた。
「楽しいの、朋樹」
朋樹はうっとりと晶を見つめていた。
「晶ちゃん、僕、すごく聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
晶が後ろを振り向いてにこりと笑いかけた。
優雅な動きに目を奪われ、朋樹はぼんやりとした。
誰かにぶつかりそうになるのを朋樹は引いて止めたり、流れに任せて体を浮かせたりしていると、朋樹はここで死んでも文句は言わない、とおかしな妄想に駆られていた。
「陽一たちも来たらよかったの」
「うぐいす姫は君なんだろ?」
「ん? なんの話だ?」
「僕に隠す必要はないよ。小さい頃から陽一と追いかけて来たんだ。勘でわかる。うぐいす姫は君だ。陽一は間違えている」
「よく分からぬが」
晶は澄ました顔でいた。顔は笑っていたが朋樹の心をさぐっていた。彼に邪気はない。
「そうだとしても、お主には関係のないことじゃ」
「そうだけど……」
朋樹の心に少し乱れが生じた。
「僕は知りたいんだ」
朋樹の息が上がり、晶の手を引き寄せた。二人は流れに沿って浮かんだり歩いたりした。
「うぐいす姫が何なのか知りたい。知りたいことがありすぎて夜も眠れないんだ」
「うむ」
面白い、と晶は目を細めた。
晶はそっと近寄り、朋樹の首に手を伸ばすと二人の顔が近づき、朋樹はうろたえたように体を離した。
「あ、晶ちゃん、そ、そんなに近づいちゃだめだ」
「すまぬ」
晶はすぐに体を離した。
「そろそろ二人の所に戻ろう。朋樹、我がうぐいす姫であることを陽一に話してはならぬぞ」
「え、ど、どうして……?」
「もし、話したら我とは二度と会えぬと思え」
朋樹が青ざめる。
「わ、分かった」
「よい」
晶は足を止めると水から上がった。
「少し疲れたが、楽しかった」
晶が言うと、朋樹がほっとした顔をする。
「晶ちゃん、何か食べようか」
それを聞いて、晶の目がきらきら輝いた。
「アイスクリームがよい!」
晶のほほ笑む姿に朋樹はぼうっと見惚れた。
その頃、陽一と舞は、晶たちを探していた。すると、前から二人が楽しそうに歩いてくる。舞がすぐに気づいて晶に飛びついた。
「晶さまっ」
その様子を見て陽一はほっとしたが、思わず晶を睨んでしまった。
もっと舞と一緒にいたいのに、舞は晶のことばかり心配しすぎてほとんどおしゃべりできなかった。
恨めしい気持ちで見ると、晶と目があい彼女が一瞬、顔をこわばらせた。
やば、見すぎたと慌てて目をそらした。
「晶さま、探しましたのよ」
「泳がなかったのか?」
「晶さまが心配で……」
「大丈夫だと申したのに」
晶がため息をついた。
「晶ちゃんがアイスクリームを食べたいって言うからさ、食堂に行かない?」
朋樹が言って、コインロッカーに預けていた財布を取って食堂へ向かった。
「流れるプールは楽しかったぞ。舞たちも遊べばよかったのに」
「晶さま。わたくしは少し疲れました……」
「そうか……」
晶は苦笑して、舞の頭を優しく撫でてやった。
食堂に入るとそこも人で賑わっていた。カウンターに行き、晶は抹茶バニラアイスを他の三人はソフトドリンクを注文した。
晶の隣に朋樹が座って話しかける。
晶はアイスクリームをすくって口に入れ、朋樹の話を聞いて、頷いたり笑ったりしている。
陽一はさっきから口数もなく、静かに二人の様子を見ていた。
「アイスクリームが好きなんだね」
朋樹の声が耳に入って来た。
「好きじゃ」
晶が髪をかけ上げるしぐさを見ると、陽一は気まずくて舞を見た。
「ま、舞ちゃん、今度は四人で泳ごうか」
「うむ。そうだぞ。せっかく来たのだから、舞も一緒に泳ごう」
晶が提案すると、舞はしおらしく頷いた。
「はい」
その後、プールで少し遊んだ後、四人は帰ることにした。最寄り駅に着くなり、朋樹が家まで送ると言い出した。晶が首を振って即座に断る。
「ここでよい」
「あの……、夜、スマホに連絡してもいいかな」
「かまわぬぞ」
「う、うん。絶対だよ。約束だよ」
「朋樹は面白いの」
朋樹が指切りしようと手を出すと、晶が応じて指切りをする。
それを見ていると、何となく陽一は胸がむかむかした。
「俺も舞ちゃんと連絡を取りたいんだけど……」
「陽一さま、スマホは晶さまと一緒に使いますので、そちらへご連絡くださいませ」
「え? 二人で使うの?」
「我は人の文章を見る
晶は淡々と答えたが、陽一の顔は相変わらず不機嫌なままだ。
「なんだ、何を怒っておるのだ?」
「べ、別に怒ってないけど……」
どきりとして、陽一は目を合わせられなかった。
まさか晶に、朋樹と仲良くしているのがムカつく、などと言えるはずがない。
「じゃあな」
それから、陽一はすねたように朋樹の肩を突いて促し、晶たちと別れた。二人が見えなくなると、朋樹は大きなため息をついた。
「晶ちゃん、女神さまだ……」
「はあ? どこが」
「まあ、お前は舞ちゃんを見てればいいんだよ」
「朋樹、お前、うぐいす姫に会いたかったんだろ?」
陽一がイラついて言うと、朋樹はにこっと笑う。
「うん。でも、もういいんだ」
「えっ」
朋樹の変わりように陽一の方が驚く。
「どうしてっ」
「僕はきっと、晶ちゃんのような女の子を探していたんだと思う。じゃあな」
朋樹はそう言うと自分の家に向かって行った。陽一は少しの間、その場に立っていたが、ようやく歩きだした。
その足取りはなぜか重かった。
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