第12話 楽しいプール



 きっと鬼は喜んでおるだろうの……。


「晶さまっ」


 後ろから舞の声が聞こえた。晶が振り向くと俊介と舞がマンションの自転車置き場の方から現れた。


「姫さま、探しました」

「よくここだと分かったの」

「スマホにGPS機能を付けていたので」

「む?」


 晶が首を傾げると、舞が晶に抱き着いて顔や体の異常がないかをすぐに確認した。


「ケガなどされていませんか?」


 心配そうに言う舞に申し訳ない気持ちになった。


「大丈夫だ」

「姫さま、勝手に出歩かれては心配致します」

「陽一の気に乱れがあったため様子を見に行ったのじゃ。我が悪かった。すまぬ、俊介、舞」


 舞がぎゅっと晶の体を抱きしめた。


「お兄様、早く帰りましょう」

「ああ」


 俊介が瞬間移動しようとすると晶が遮った。


「いい、我がする」

「しかし……」


 俊介が困った顔をすると、晶は首を振った。


「鬼がわめいておる。たまには力を使わぬと、やつが力を発散する機会がないからの」


 晶が苦笑して、俊介と舞の肩に手を置いて力を発揮させた。一瞬で、新しいマンションのリビングに戻った。

 二人は夕食も食べずに探してくれたのだ。

 晶は申し訳ない気持ちにかられた。


「お腹が空いた。俊介は何を作ってくれたのじゃ?」


 俊介は、スマホを取り出すと、この動画の簡単そうな料理を選んだ、と言った。

 主に和食が中心で、みそ汁に卵焼き、炊き込みご飯と肉じゃが、サラダが並んでいる。

 初めてとはとても思えない。


「俊介は料理が得意なのだな」

「いえ、そのようなことは……」


 照れ隠しなのか謙遜なのか判別できなかった。


「晶さま、お腹空きましたね」


 椅子を引いてくれるので、座ると俊介たちも椅子に腰かけた。晶が手を合わせていただきますと言って食べ始める。


「うまいぞ、俊介」

「いえ……」


 と言いつつも、俊介が嬉しそうな顔をした。舞はゆっくりと食事を口に運びながら晶に言った。


「ところで、晶さま、陽一さまとは会えたのですか?」

「うむ。向こうもこちらへ会いに来ていたようだ」

「そうだったのですね」


 舞は嬉しそうだ。陽一の目的は舞であったことは伏せておいた。


「それで、陽一さまからスマホの番号とやらを入手したのでございますね」

「まあな」

「それはようございました」

「その場に陽一の友達がおってな。その者が明日、プールへ行こうと誘ってくれた」

「……はっ? プールっ?」


 舞がサラダを口に運ぼうとして手を止めた。キュウリが皿の上に落ちる。かちゃんと音を立てて箸をおくと、俊介が顔をしかめた。


「プールって……水着を着て泳ぐアレでございますか?」

「うむ。プールとは初めてだの」

「まさか! 承諾なさったのでは……」

「面白そうだからの」

「なりませぬっ」

「なぜじゃ」


 晶が小首を傾げると、舞がうろたえた。


「それはその……。水着、水着を持ってません」

「水着とは……。おお、よく店で見かけるあれか。一度着て見たかったのじゃ」


 晶はウキウキと答えた。


「ああ……っ。まさかっ、晶さまの御身おんみを他人に見せるなんて……、わたくしには耐えられない……」

「お主も来るのじゃぞ。舞がおらぬと陽一が喜ばぬゆえ」


 舞が、かっと目を見開いた。すると、俊介がすかさず自分も、と言おうとすると晶が首を振った。


「俊介はならぬぞ、そなたは目立つからの」


 俊介は口を開きかけて閉じた。


「遠くから見るのなら問題ないが」

「御意に」


 俊介は小さく頷いた後、呟いた。


「にて、プールとは……?」


 眉をひそめる俊介を見て舞は思った。


 お兄様は絶対に、反対しなかったことを後悔すると思いますわよ――。




◇◇◇




 翌日、駅に現れた舞と晶を見て、陽一の心ははち切れそうなほどうきうきとしていた。

 今日の舞の洋服はシンプルな花がらのワンピース姿だ。晶の方はTシャツにショートパンツとラフな格好だが白い素足をさらしている分、ちょっとだけどぎまぎした。


 隣にいる朋樹は舞ではなく晶を見てにこにこと笑っている。

 舞に朋樹を紹介した。


「朋樹、彼女がうぐいす姫の生まれ変わり、舞ちゃんだよ」

「へえ……」


 朋樹はもっと大喜びするかと思ったのに反応がいまいち薄くて、陽一は拍子抜けした。朋樹のタイプではないのかもしれない。


「こんにちは舞ちゃん。僕は陽一の幼なじみで朋樹です」


 朋樹が自己紹介をした。舞は小さく頷いた。


「初めまして朋樹さま。わたくしは晶さまのいとこの舞でございます。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」

「言葉遣いが丁寧ですね」


 朋樹が変なところに感動している。


「じゃあ、行こうか」


 三人を促して電車に乗った。二人分の席が空いていたので、舞と晶が少し離れた場所に座った。陽一たちはつり革につかまると、朋樹が小さい声で言った。


「舞ちゃんがうぐいす姫? かわいいね」

「だろ」


 陽一は当然と言った顔をした。


「だったらさ、晶ちゃんは僕がもらってもいいんだよね」

「は? 何だそれ、もらうって何だよ」

「言葉のあやだよ。だって、舞ちゃんはお前の彼女なんだろ」


 突然、朋樹に言われて何となく不愉快な気持ちになる。

 晶はそういう対象じゃないだろ。あんなのガキくさいし。晶はその……つまり、子どもなんだよ。


「晶に手を出すなよ、あいつはガキなんだから」

「ガキ? 本気で言ってんのか?」

「とにかく、晶に手を出すなよ」


 陽一の言葉に納得できないらしく、朋樹は首を振った。


「お前の相手は舞ちゃん、俺は晶ちゃんと話したいから好きにさせてもらう」

「お前の目的はうぐいす姫だろ」

「そうだよ」


 だから何? と言った風に朋樹はふんぞり返った。

 晶はうぐいす姫とは無関係だと言いたかったが、電車が止まったので四人は降りた。


「プールまではどれくらいあるのですか?」


 舞がおどおどと聞いてきた。


「駅のすぐ近くだから」


 陽一が笑いかけると、舞が力なく笑った。


「わたくしは泳げませんの」

「大丈夫、小さい子もたくさんいるから」

「そうでございますか」


 舞ちゃんは水着になるのが恥ずかしいのだ、と陽一は思った。


 屋外プールのチケット売り場は行列ができている。

 数分並んでチケットを買って中に入り、着替えるために二手ふたてに分かれた。

 プールの入り口で待ち合わせるため、陽一は素早く着替えた。朋樹もすぐに着替えて二人は入り口へ向かった。少し待つと晶と舞が現れた。


 舞は桃色の花柄のワンピース水着で清楚ですごくかわいかった。晶の方も薄紫色のワンピースの水着だったが、胸のあたりにフリルがついていて女の子らしい。


 陽一は、晶を見ると思わずさっと目を逸らした。

 ガキだと思っていた少女は意外と胸も大きくてどきりとした。


 朋樹は、晶に駆け寄り、かわいいねと褒めている。陽一は何か上に着ろよとイラついた。しかし、晶は気にしていないようだった。

 プールに誘った朋樹を思わず恨んだ。

 

 コインロッカーに全員の貴重品を預けて、朋樹が鍵を預かる。


「行こうか」


 朋樹が促すと、舞は、晶の腕を取ると二人でぴったりと寄り添い歩き始めた。

 晶を守るように歩き始め、陽一は目の前を歩く晶の形のよい引き締まったお尻につい目がいってしまった。


 ……早く水に入りたい、と陽一は泳ぐ前から何だか疲れた気がした。


 舞が泳げないというので、腰までのプールに入った。二人がはしゃぐ姿を見て、やっぱり来てよかったかもと思う。


「水が冷たくて気持ちよいの」

「晶さま、決して離れないでくださいませ」

「はは、舞は臆病者だの」


 陽一は気づけばずっと晶ばかり見ていた。

 水に濡れた晶は綺麗だった。

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