第11話 僕は朋樹です。



 暗闇から出てきたのが晶だったので、陽一は驚いた。


「晶じゃねえか」


 夜の道を一人で歩くなんて。舞ちゃんはどうしたのだろう。

 朋樹は急に黙り込んで静かだ。じーっと晶を食い入るように見ている。


「よ、陽一、この子は……?」


 心なしか朋樹の声が震えていた。


「え? あ、こいつは、舞ちゃんのいとこで晶」

「晶ちゃん……」


 朋樹はふらふらと晶に近づいた。


「かわいい……」


 呟いてじっと見つめる。晶はけげんな顔で朋樹を見上げてから、陽一を見た。そしてモジモジした後、ぐいっと何かを突きつけた。


「これを買ったのじゃ」

「スマホ? それより舞ちゃんは一緒じゃないのか? 危ないぞ、女の一人歩きは。家まで送ってやるよ」


 陽一がぶっきらぼうに言うと、晶が少し恥ずかしそうな顔をした。そしてうつむいて黙っていたが、すぐ顔を上げた。


「……ひとりで平気じゃ。それよりもお主、これの番号を教えろ」

「えらっそうだな」


 陽一は口をふくらましたが、貸せよ、入れてやるから、と晶のスマホを取った。その時、陽一の指先が晶の手に触れたとたん、指に針で突かれたような鋭い痛みに顔をしかめた。


「いってっ。何するんだよっ」


 晶は何が起きたのかわからない顔をしていた。朋樹が間に入る。


「陽一、何を言ってるんだよ。びっくりしてるだろ。ごめんね、晶ちゃん。こいつアホなんだよ。貸して、僕がやってあげる」


 朋樹がスマホを受け取り、さささと入力した。


「ついでに僕のも入れといた。いつでもいいから連絡してね」


 朋樹は自分のスマホにも登録するのを怠らなかった。


「うむ……。親切だのお主。名は何と申す」

「僕は朋樹です」


 朋樹が女の子にこんな態度を取るのは初めてだった。

 陽一は肩をすくめて、どうして舞ちゃんがいないんだろう、とぼやいた。


 晶はつんと澄ました顔で陽一を横目で見た。


「舞は来ぬぞ、我は一人で出てきたからの。それより陽一、もう一度聞くが最近変わったことはなかったか?」

「変わったこと?」


 陽一は少し考えた。


「陽一は今日、熱中症でぶっ倒れたんだよ。かっこ悪いでしょ」


 朋樹が教えると、晶が心配そうな顔をした。


「え……? 熱中症? それは出歩いて大丈夫なのか?」


 陽一は、晶がおろおろと心配しだしたので少し気分がよくなった。


「大丈夫だよ。今から舞ちゃんに会いに行こうと思っていたんだから」

「そうか。それならよいが……」


 晶は呟くと、陽一に近寄り手を出した。


「何?」


 陽一は驚いて少し体を引いた。


「手を出すのじゃ」

「な、なんでっ」

「いいから、我の言うとおりにせよ」

「はいはい」


 陽一が手を出すと、晶が白い手を乗せた。二人の手が合わさったとたん、陽一はびりびりと激しい痛みに襲われた。


「うわあっ」


 陽一が叫んで飛びすさると、晶はさっと手を体の後ろに隠した。


「って、何するんだっ」


 陽一が怒鳴った。晶は後ずさりしながら、おびえた顔をしていた。


「大丈夫? 晶ちゃん」


 朋樹が心配そうに言った。晶は手を後ろに隠したまま小さくうなずいた。


「手、見せて」


 朋樹が晶の手を取ろうとしたが、彼女は首を振った。


「何でもない……」


 晶が茫然と言った。陽一は憮然として、晶を睨んだ。


「お前といるとろくなことがないよなっ」

「陽一っ」


 朋樹が声を荒げて叱る。

 晶は、ぼんやりと陽一を見つめるだけだった。




◇◇◇




 先程からいらいらしている陽一の穢れを吸ってやろうと思ったのだが、まさかハンターがここまで力をつけていたとは。


 朋樹が家まで送るよと言ってくれたので、晶は甘えることにした。

 晶はじくじくする手をひた隠しにして歩き始めた。 


 陽一が触れた手が大変な事になっている。

 朋樹は、晶の様子が変わったことに気づいて心配してくれたがばれないよう黙っていた。

 できるだけ急ぎ足で、以前暮らしていたマンションの方向へ向かった。


「舞ちゃんに会いたいけど、もう遅いから明日にするよ」


 マンションのエントランスの前で陽一が残念そうな顔をした。すると、隣にいた朋樹が出し抜けに声を出した。

 

「ねえ、晶ちゃん、明日プール行かない?」

「プール?」


 晶はプールに行ったことがない。よく理解できずに了承すると、朋樹が飛び上がって喜んだ。


「やったあっ」


 ガッツポーズをする姿に思わず笑ってしまった。


「朋樹は面白いの」


 晶が笑うと、朋樹の顔が赤くなった。


「明日、朝の十時頃に迎えに来るから」


 晶は、そう言えばここに住んでおらんのじゃった、と思いだした。


「待ち合わせは最寄り駅がいい」

「うん、いいよ。ありがとう」


 陽一の友達は素直じゃの、と晶は思いながらちらりと陽一を見ると、彼は少し怖い顔でこちらを睨んでいた。

 我は、何かまずいことを言ったか? 

 

 なぜ、陽一が睨んでいるのか分からなかった。


「じゃあ、僕たちは帰るから」

「……舞ちゃんも行くのか?」


 陽一が急に口を開いたので、ハッとして陽一を見た。


「おそらく行くであろう。舞は我の行くところには必ずついて参るからの」

「じゃあ俺も行く。いいだろ? 朋樹」

「当たり前だろ、何言ってるんだ?」


 朋樹が不思議そうに聞いたが、陽一は黙っていた。朋樹が手を振って帰ろうとしたので、晶も左の手で振り返した。


 二人の姿が見えなくなってから晶は右手を見た。

 陽一の手に触れた右手が黒く焼け焦げている。


 晶は目を閉じると、落ち着けと自身に言い聞かせた。心臓が痛いほど鳴っている。

 深呼吸をして左手で自分の右手にそっと触れる。

 ただれた細胞が再生を始めた。みるみるうちに元の白い手に戻った。


 ふっとため息をつく。

 陽一はハンターと接触している。しかし陽一は相手をハンターだと認識していない。


 晶は顔を上げて空を見上げた。星がまたたいている。


 鬼よ、聞こえておるだろうの。我々が還る道をようやく見つけたぞ――。


 晶のひとりごとを聞いたのは鬼のみであった。



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