第10話 姫マニア




 ――あの女を見た。


 晶は、アイスクリーム店でうぐいす姫を狙っている女を見かけた話を舞と俊介に伝えた。


「ああ、晶さま……。まさか、あの間にそんなことがあったなんて」


 舞がへなへなとソファに座りこむ。俊介は顔をしかめると、これからは家に戻るまでそばを離れません、と言った。

 映画館までは俊介も一緒にいたのだが、夕飯の支度をいたしますので、と先に戻っていた。


「俺がずっとそばについていたら、姫さまを恐ろしい目になど合わせなかったのに。申し訳ありません」


 エプロン姿の俊介が険しい顔をして悔しそうに言った。


「そうですわよ、お兄様。なぜすぐに帰ったのです? 一体、何のためについて来たのですの?」

「よい、俊介は我のために美味しいものを作ろうと思っただけじゃ」


 俊介はもう黙っておくのが得策と思い、何も言わなかった。


「だが、あの女は必ず陽一に近づく。もう、遅いかもしれぬが」


 晶は深刻な顔をして言った。


「姫さま、この場所も移動しましょう。ハンターに場所も知られていますし」

「お兄様の言う通りでございます。わたくし心配で夜も眠れません」

「分かった」


 晶が素直に頷いたので、二人は安堵した。


「陽一との連絡方法を考えねばならぬの」

「それは大丈夫です」


 舞がはっきりと答えた。


「何か策があるのか」

「これでございますわ」


 舞が取り出したのは、スマートフォンだった。


「お兄様がいると便利ですわ」


 舞がしみじみ言った。舞は早速、俊介にスマホを購入するよう頼んでいたのだ。


「俺を道具のように使うな」

「とにかく今後は陽一さまに連絡をするときは、これを利用致します」

「当然、お主がするのであろうな」


 晶の言葉を聞いて、舞が顔をしかめた。


「晶さまっ、わたくしがリモコンのスイッチの場所も分からないのを承知で、そんな事をおっしゃるのですか」


 舞がすごい剣幕で言うので大げさなと思ったが、確かに舞はものすごい機械音痴だった。スマホの起動の仕方も分からないだろう。


「分かった。我がしよう」


 晶がそう言うと、舞はほっとした。


「ありがとうございます。では、さっそく陽一さまにご連絡を差し上げましょう」

「相手の番号が分からぬから無理だぞ」

「それよりも今から他のマンションへ移動します」


 二人の会話に入りこむように俊介が言った。


「え?」


 俊介の言葉に晶は驚いた。


「今? 俊介、せっかくお主が作ったご飯を食べてからでも……」

「食事は向こうのマンションに用意しています。ハンターが夕べ現れたのに悠長にここにいるわけには参りません」


 晶が何か言う前に、俊介は二人の肩に手を置いた。


「では、移動いたします」


 言うが早いか、別のマンションへと瞬間移動した。二人が移動した先は今まで暮らしていたマンションとさほど変化はない。キッチンがあり、個室もリビングもある。

 こちらも家具と家電付きのマンションだろう。

 大昔、地球に逃げ延びたムン族の一部分が今も地球で暮らしていて、ムン族が緊急で地球へ来た場合の収入源を補っている組織が存在する。

 舞たちが長年暮らせるのもその存在のおかげである。


 リビングに置かれているテーブルには、ランチョンマットが敷かれ食器も並べてあった。すぐにでも食べられそうだ。


 晶はリビングの窓から外を見た。今までと景色が全然違う。


「駅からの距離は以前とさほど変わりません。この立地場所は前のマンションから少し離れましたが」


 俊介が淡々と答えた。


「そうか……」


 俊介が自分を思ってしてくれたのだから文句は言うまい。

 空にはもう月がうっすらと見え始めている。晶は欠けていく月を眺めた。力も欠けていったが、なぜか今、妙に胸が痛む。

 晶は眉をひそめた。


「陽一に何かあったか……?」

「晶さま、お食事のご用意をいたしますわね」


 いそいそと新しいキッチンへ行った。俊介が、舞にああしろこうしろと指示を出している。


「ああ」


 晶は答えてから、俊介にも黙ってそっと一人でマンションを抜け出した。




◇◇◇




 その頃、陽一はお風呂に入りそのまま布団に入ったら、いつの間にか熟睡してしまっていた。

 どれくらい寝ていたのか分からない。すると、枕元で自分を呼ぶ声に目が覚めた。


「おーい、陽一。起きろー」


 目を開けると幼なじみの同級生、渡瀬わたせ朋樹ともきがいた。


「ん……? 朋樹か?」


 目をこすりながら、陽一は寝ぼけ眼で言った。


「……今、何時?」

「夜の七時、じいちゃんが、陽一がいるからって教えに来てくれたからさ、会いに来た」


 会いに来たって……。

 陽一はうんざりした顔になった。


「一応、病み上がりなんだけど……」

「熱中症ってやつ? 大丈夫か?」

「うん……」


 陽一は何とか体を起こす。めまいや吐き気はおさまっていた。


「大丈夫みたい」

「よかった」


 夏休み中は気をつけろ、と学校側でもうるさく言われていたのに、陽一はどうして熱中症になったのか、さっぱり分からなかった。


「それよりどうしたんだよ。なんか用事でもあったのか?」


 同じ高校に通っている朋樹は、祖父の家のすぐそばに住んでいてスマホでもしょっちゅう連絡を取り合っている。


「いやー、俺ってほら、うぐいす姫マニアだからさ」


 そうだった。

 陽一は、はたと思いだした。

 朋樹は幼い頃から陽一と共にうぐいす姫探しに奮闘した仲でもあった。


 うぐいす姫探しをサッサとあきらめた陽一とは違い、朋樹は昔の資料から何か手掛かりはないかと姫と名のつくものは探り出し、いまだにうぐいす姫を探しているのだ。


 陽一は、朋樹を見てにやっと笑った。


「見つけたぜ」

「えっ? えーっ、嘘だろ、マジかっ」


 朋樹が目を飛び出さんばかりに驚いて、陽一の肩をつかんだ。


「かわいい? 胸でかい? 痩せてる?」

「すんげえ、かわいいの。俺の彼女」

「嘘だろーっ」


 二人で興奮しながら話していると、朋樹にものすごく自慢したくなってきた。

 朋樹はうぐいす姫マニアだが、外見は誰もがうらやむ整った顔をしている。身長も陽一より十センチほど高くかっこいいので後輩の女子には人気があった。

 しかし、うぐいす姫マニアなので、同学年からは少し変わった奴だと思われていた。

 こんな男でも、うらやましがられると気分がいい。


「舞ちゃんて言うんだよ。会いたい?」

「会いたい、会いたい、今すぐ会いたいっ」


 朋樹が言うので陽一は、祖父に見つからないようにこっそりと部屋を抜け出した。朋樹と二人で外へ出ると、月が出ていた。


「まだ、明るいな」


 陽一が呟いた。


「満月は二日前だったな。あの日の月はきれいだった」


 朋樹は月が好きな男だった。


「月にはロマンがあるよ」


 などと言ってる。


 月にロマンなどあるだろうか。

 朋樹は変わってると思いながら、舞の家の方向へ歩いて行くと、その時、ポケットに入れていたスマホが鳴りだした。アラーム音でピーッピーッというおかしな音がしている。


「鳴ってるよ」


 朋樹に言われて陽一が見てみると、スマホが異常な反応をしている。


「えーっ、なんだこれ」


 液晶画面はまっ黒なのに音が鳴っている。しかも、本体が熱くなっていた。


「壊れたんじゃないの?」


 朋樹が何気なく言った。


「嘘だろっ?」


 陽一は青ざめて立ち止まると、トコトコと暗闇からスマホの明かりを頼りに誰かやってくる。そのスマホからも陽一と同じアラーム音がしていた。近づいてくると、ぴたりとアラーム音が消えた。

 陽一は怪訝な顔で相手を見つめると、現れたのは晶だった。



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