第8話 ハッピーアイスクリーム



 つらい。


 陽一のそばにいると、彼の気持ちが手に取るように分かるので、晶の心をえぐる。

 彼の思考は自分を毛嫌いし、不気味に思っている。

 チケットは後ろからこっそりとついてきていた俊介に購入してもらい、陽一のためにと思って動いたが、かえって薄気味悪いと思われた。


 このまま一人でマンションに帰りたかったが、舞は晶のそばを片時も離れようとしないだろう。舞が帰ると言い出せば、陽一は悲しむはずだ。

 もう少しだけ自分が我慢をすれば皆が喜ぶのだ、と思い、適当に店を選ぶと店内に入った。


 陽一に自分の存在が知れたとはいえ、近くにハンターの気配は感じられない。

 さっと店内に目を走らせ安全を確認すると、晶はアイスクリームの陳列ケースの中を見た。ずらりと並ぶアイスクリームに思わず目が輝いた。


「晶さま、何がよろしいですか?」


 舞が優しく聞いてくる。

 いつの間にかいつもと同じ呼び名になっていたが、晶もアイスクリームを目の前にすると気が緩んだ。


「我はショコラクッキーとバニララズベリーがよい」

「かしこまりました」


 舞はいそいそと注文を取る。カウンターの店員も目を丸くしてやり取りを見ていた。

 たいていどんな店に行っても、店員は晶と舞のやり取りを興味深そうに眺めている。


「陽一さまは何がよろしいですか?」


 舞がかいがいしく聞くと、彼は目を丸くして、


「舞ちゃんって、すんげえ女の子らしいんだね」


 と感心した。


「それに比べて晶は情けねえな。自分で注文も言えねえのか」


 晶はぐさっと胸に何かが刺さるのを感じた。

 これまで気を張り詰めていたせいか、限界が来たのかもしれない。思わず目をうるませてしまうと、陽一があたふたと手を振り回した。


「あ、わ、わりいっ。今のなし、ごめんっ」

「陽一さま、晶さまをいじめないでくださいませ」


 舞が目を吊り上げた。

 晶はアイスクリームを受け取ると、さっさと席へ座った。

 舞が慌てて追いかけて来て隣を陣取る。


 陽一はシンプルにバニラアイスだけで二人の前に座った。

 晶をちらっと見てから、舞に笑いかけた。


「映画、楽しかったね。これからどうする? 少し、ここで休んで行こうか」

「陽一さま、わたくしと晶さまを誘ってくれて、ありがとうございました」

「晶さま?」


 陽一が不思議そうに首を傾げると、舞がしまったという顔をした。


「あ、あの……」

「よい」


 晶は匙でラズベリーを掬いながら言った。


「舞と我はいとこじゃ」


 陽一は目を丸くして二人を交互に見た。


「いとこって、あんまり似ていないんだな」

「まあの。ところで、陽一、うぐいす姫のことを覚えておらんと言ったが、なぜ、舞がうぐいす姫だと分かったのだ?」


 晶の質問に陽一は一瞬、考えた。


「勘、かな」

「勘でございますか?」


 舞が戸惑う。すると、隣で晶が肩をゆすって笑っていた。


「晶さま?」

「今日は楽しかったぞ、陽一」

「あ、うん。なら、よかったけどさ。あ、舞ちゃん、携帯の番号教えて」


 舞がちらりと晶を見た。


「陽一さま、ごめんなさい。携帯電話は家に置いてきてしまいました」

「え? 今持ってないの? そっかあ」


 がくっと陽一が頭を垂れる。


「じゃあ、今度絶対に教えてね」

「は、はい……」


 舞が申し訳なさそうに答えているのを横で聞きながら、晶は熱心にアイスクリームを食べた。


「うん。おいしかったぞ」


 晶はふうっと息をつくと、窓の外を眺めた。昼間だからか人の姿はまばらだが、若者が多い。陽一の年齢に近い子たちが楽しそうに歩いている。


「晶さま、お疲れになりました?」

「舞ちゃんは、晶が気になって仕方ないんだね」


 陽一が口を尖らせる。舞は困った顔をした。

 彼女にとって晶のお世話をするのが仕事なのだ。


「そうだな。我は少し疲れた。目を閉じているから二人で話をしたらいい」

「そんな……」


 舞は見捨てられたような顔でこちらを見てくる。

 やれやれ、と晶は息を吐いた。舞が遠慮していることは分かっていた。舞を傷つけるつもりは毛頭ない。


 晶は、陽一を見た。彼と目があってドキッとする。

 陽一のことはたいていのことは分かっている。幼い頃からずっと見守ってきたのだ。だが、名前までは気付かなかった。なぜ、彼には一文字足りないのだろう。


「陽一の名前は誰がつけたのじゃ?」


 だしぬけに聞くと、陽一はきょとんとした。


「俺の名前? 確か、母さんだったよ。父さんは、陽一郎とつけたかったらしいけど、母さんがどうしても陽一がいいって言ったらしくて、親戚中の反対を受けながらも、陽一で押し通したって聞いたけど」

「ふむ」


 母親は何か悟ったか、と晶は思った。

 陽一の母には近づかぬ方がよいかもしれぬ。


「舞ちゃんはどこの高校に通っているの? 学校が始まったら帰りは迎えに行くよ」


 陽一は有頂天になっている。


「ごめんなさい、陽一さま、わたくしたち学校へ通っていませんの」

「え? 中卒?」


 がんっと頭を殴られたようなショックを受けている。晶は面白くて黙っていた。


「中卒でもいいや、俺は気にしない。友達に紹介したいんだけど、いい?」

「ええっ」


 舞が仰天して晶に助けを求める。晶は他人事のように思いながも、陽一に求められる舞を少しうらやましいと思った。


 晶はわざとそっぽを向いた。舞がショックを受けた顔をする。


「晶さま、わたくしが困っているのを楽しんでいますのね」

「まさか」

「いいえ、こうなったらわたくし本当のことを……」

「え? なに、なんの話?」


 陽一が不満そうな顔をする。晶はそれでも顔を振ると、舞は小さくなった。


「陽一さま……、わたくしたちまだ出会って間もないですし、今後のことは未知の世界ですわ。だから、せめてお友達にはわたくしたちのことは黙っていてくださいませ」


 舞の必死な姿を見ながら、晶はふっと窓の外を眺めると、一人の若い女が通るのを見て体をこわばらせた。


「晶さま?」


 舞がすぐに気付いた。晶は背筋が冷たくなるのを感じた。


「何かあったのですか?」

「いや……」


 晶は冷や汗が出た。今、こちらを見て通り過ぎたのは、あの女だった。


 大昔、鬼となったうぐいす姫が喰った男には婚約者の女がいた。

 女は復讐に燃え、鬼を殺そうと村人を決起させ、鬼を殺すことに成功した。

 その後、うぐいす姫と陽一郎は転生を繰り返し始めたが、それに宇宙種族レアンが目を付けた。

 ハンターを生み出し、うぐいす姫を執拗に狙っている。ハンターが抱える恨みはその時、鬼に殺されたという記憶だ。


 レアンはその記憶を操作して今もうぐいす姫を襲うよう仕向けている。


 レアンは知能が高く異次元移動も可能の種族だ。

 そうまでして三つの宝玉が欲しい理由は分からない。



 そのハンターの女が今、こちらを見ていた。

 晶は喉をごくりといわせた。


 十六夜いざよいは力が少し出遅れる。少しずつ欠けていく月と同時に、晶の力も少し欠けていく。

 女は気配を殺したまま消えてしまった。晶は緊張を解いた。女はもういない。


「陽一よ、そなたの近辺で何か不審なことは起こってはおらぬか?」


 晶が慎重に尋ねると、陽一は最後のコーンを食べてしまってから首を振った。


「なんもねえけど」


 特に考えもせずに答える。


「それならよいが……」


 晶は、陽一の性格を考慮しながら、用心せねばならぬな、と思った。


「今日はこれで帰る」

「えっ、もう? もう少し一緒にいたいよ」


 その言葉は舞に向けられていたが、自分にも何か言ってくれないだろうか、と期待した。しかし、陽一はこちらに顔を向けることなどしない。

 はあ、と小さく息を吐く。


「すまぬな、陽一。行くぞ、舞」

「はい」


 陽一は去って行く二人をじっと見つめただけで追いかけてはこなかった。

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