第7話 ナンパ?




 陽一は朝が来るのが待ち遠しくて、あんまり寝られなかった。

 自分の中で一番気に入っているTシャツを選び、ジーンズを履いて財布の中身を確かめてから自転車に飛び乗った。


 一秒でも早く舞ちゃんに会いたい。その一心で自転車を漕ぎ、マンションへと着く。心臓が高鳴り、今にも飛びだしそうだ。


 一目ぼれってすごい力を持っている。うぐいす姫のことを覚えていてよかった。


 陽一はにやにやしながらマンションのエントランス前にいる舞の姿を見て、あまりにうれしくて飛び跳ねたかった。


「舞ちゃんっ」


 自転車置き場に止めて急いで駆け寄ると、植え込みに座っていた小さい子が立ち上がった。


「我も行く」

「え?」


 あきらとかいう少女が言った。てっきり舞と二人きりだと思っていたのに。


「な、何で、お前まで……」

「お前ではございません。陽一さま」


 舞がこの時だけ少し怖い顔をした。迫力に負けて陽一は謝った。


「ご、ごめん、舞ちゃん。でも、俺、舞ちゃんと二人だとばかり……」

「晶ちゃんがいてもかまわないでしょう?」


 舞が頼んできた。陽一は参った。何しろ、財布の中身はぎりぎりだ。


「いいけど、俺、金が……」

「我は自分の分くらい払えるわ」


 晶がムッとしたように言った。


「それならいいけど……」


 しぶしぶ了承すると、晶がにこっと笑った。陽一は少し動揺した。笑うと少しかわいく見えた。


「何を観るのだ? アニメか?」

「違うよ、アクション映画だけど」

「アクションとな?」


 晶がバカにしたように言う。


「なんだよ、いいだろ? お前……、あ、いや、あきらだったよな、どんな字を書くんだ?」

「我か? 水晶のショウという文字を使う」

「水晶……ああ、日が三つだな」

「そうだ」


 晶がうれしそうな顔で笑った。その表情を見ていると、何となくこそばゆい気持ちになった。


「じゃ、行こうか」

「はい」


 舞は、晶の手を取ると、二人は手をつないで歩き始めた。


「舞、暑いぞ」


 晶が手を離そうとしたが、舞は離す気はなさそうだった。


「二人とも仲がいいんだね」

「ええ、わたくし、どこへ行くときも晶ちゃんがいないとダメなんですの」

「へえ……」


 陽一は、晶がうらやましいとほんの少し思った。


 駅について、陽一はICカードの入っている財布を出した。二人とも同じ様に電車の改札口を通過して、すぐに入って来た電車に三人は乗り込んだ。


「三つ目の駅で降りるからね」

「分かりました」


 舞が素直に頷く。

 電車の中は数人の客がいたが、ぽつぽつと座席は開いていた。舞に座ってもらいたかったのに、舞が晶を優先させた。


 周りの乗客たちも舞の方をちらちらと見ている。無理もない。舞はかなりランクの高い女の子だ。自分の高校にも舞ほどかわいい女の子はいなかった。


 誇らしげな気持ちで隣に立っていると、気づけば晶の隣に座る男が何か話しかけているのが見えた。

 晶は眉をひそめている。男は次の駅で降りてしまった。男が降りたのを見て、陽一は尋ねた。


「おい、今の奴と何を話してたんだ?」


 晶に聞くと、彼女はきょとんとした顔をした。


「何の話だ?」

「あの若い兄ちゃんだよ。何か話しかけていただろ」

「たいした話題ではない、どこの高校に通っているのか聞かれただけだ」

「えっ?」


 舞と陽一が二人でぎょっとした顔をする。晶は澄ました顔で言った。


「高校には行ってないと言ったが、いけないのか」

「晶さ……、晶ちゃん、陽一さまとわたくしの間にいてください」

「我は大丈夫だぞ」

「いいえっ」


 舞は強引に晶の隣に割り込むと、庇うように座った。陽一は、晶を物珍しそうに眺めた。


 口が悪い割に抜けたところがあるかも。ちょっと心配だな。

 舞が心配性になるのがよく分かった。

 この暑い中、舞は晶の腕をしっかりと組んで守るようにしている。晶は慣れているのか、ふうと息をついていた。


「お、降りようか」


 電車が止まり、三人は駅を出た。

 駅から少し歩くと映画館はあった。夏休みなので学生たちで賑わっている。


「すごい人だね。あ、舞ちゃん何か食べる? チケット売り場も人が多いから、先にあっちに並んでいても……」

「あの……、陽一さま。わたくし、トイレに行きたいのですが……」


 突然、舞が恥ずかしそうに言った。


「えっ? あ、あ、トイレだね。うん、あっちだよ。一緒に行こ」

「晶ちゃんも……」


 舞がちらりと晶を見た。すると、晶が首を振って、我は行かぬとすげなく答えた。


「陽一よ、舞をトイレに連れてってやれ」


 命令されて陽一はムッとしたが、晶を一人にするのは心配だった。なので、晶を館内の椅子に座ってもらい、絶対に声をかけられても、この場所から離れたらいけないと言い聞かせて、舞をトイレに案内した。


 トイレは人でいっぱいだった。舞が並んでいる間、陽一は晶が少し心配になった。


「陽一さま、わたくしは平気ですから、晶ちゃんの元へ行ってあげてください」

「いいの? 舞ちゃんは大丈夫?」

「わたくしは大丈夫です……」


 舞はにこっと笑ったが、何となく元気がない。


「晶ちゃんをお願いします」


 舞に頼まれると断れない。陽一はすぐに晶の元へ行った。晶は言われた場所でおとなしく座っていた。無事を確認してほっとした。


「早かったの」


 晶がおっとりと言う。そして、スッと立ち上がると陽一に手を差し出した。


「何?」

「チケットじゃ。買うておいたぞ」

「えっ」


 陽一はわけが分からず、きょとんとした。


「これであろう?」


 晶の手のひらから現れたのは三枚のチケットで、陽一が観ようとしていたものだった。


「あ、うん……」


 どうやってあの短時間で買ったのだろう。少し薄気味悪かったが、舞が戻ってきて聞き出すことができなかった。

 三人はチケットを持って映画館の中に入った。


 陽一は映画のことよりも、どうして晶がチケットを持っていたのか不思議でたまらない。考えても仕方がないので、最後の方は無理やり映画を見た。途中からだったので、あんまり頭に入らなかった。


 何とか映画の時間を乗り切ると、むやみに頭を使ったせいか疲れていた。


「何か飲みに行こうか?」


 陽一が聞くと、晶が目を輝かせた。


「我はアイスクリームが食べたい」

「舞ちゃんは?」


 陽一は、舞の顔を見ると、彼女は目をうるうるさせてハンカチを握っていた。


「とても感動致しました」

「そう? よかった」


 アクションに感動があったかどうか疑問だが彼女が喜んでくれるなら、もう、最高に嬉しい。

 陽一は嬉しさのあまり舞の頭を撫でたくなった。手を伸ばすと、


「おい」


 と、晶が低い声で陽一の手を払った。


「陽一、むやみに女子おなごに触るでない」

「な、なんだよ。人を変態みたいに……」

「お二人とも仲良くしてくださいませ」


 舞がバッグにハンカチをしまい、晶の手を握った。


 うぐいす姫の方が部下に遠慮するなんて、次からのデートには晶には来てもらいたくないな。


 晶を軽く睨んだ瞬間、彼女の顔がこわばった。陽一はどきりとして、気持ちが顔に出ただろうかと思った。


 晶はさっと目を伏せると、舞を連れてすたすたと歩き始めた。


「どこに行くんだよ」

「アイスクリームを食べに行くのじゃ」

「分かったよ」

 

 陽一は肩を落とすと、二人について行った。

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