トウモロコシ編

第32話 舞台

 アルフォニカから南下すること3日。アラメタウルに到着した。ここにはトウモロコシがいる。早速聞き込みを開始した。

「お嬢ちゃん、あの人に用かい?」

「ええ。お届け物があります」

「なら、渡したら直ぐに離れた方が良い」

「なぜですか?」

「あの人は怪物だからだよ」

「怪物?」

「肌の色、性別、一人称がコロコロ変わる。それに視覚効果を使ってくる。それでいてひっそりと暮らしているから、逆に気味が悪い」

「どういうことですか?」

「会えば分かる」


 道を聞き、トウモロコシの元へ向かった。

 動物の鳴き声と共に、獣独特の匂いが鼻をさした。

 ――畜産を営んでいるって言ってたけど、結構大きい施設だな。

「あのー、すみませーん」

 ――返事がない。仕方ない。とりあえず入るか。

「ちょっと」

 肩をつかまれた。振り返る。

「靴を消毒してもらわないと困るよ」

 褐色銀髪の、細見で背の高い男が立っていた。

「あぁ、ごめんなさい」

 ――姿は無かった。気配も無かった。だから虚を突かれた。急に現れたとしか思えない。この男何者?

「消毒は終わったね。じゃあ案内するからついておいで」


 肥育場に入る。

「ウチでは鶏を育ててるんだ。鶏は良いよ。卵も肉も羽も使える。経済的だ」

「そういう理由なんですね」

「勿論鶏が好きというのもあるから安心してくれ」

「別に攻めたわけでは……」

「分かってるよ。誰かに向けた良いわけさ」

 鶏舎は4つあった。

「ウチでは鶏舎は4つ。2つはオス用、残りはメス用。掃除するときの引っ越し先として、2つは空けてあるんだ。これは鶏たちのための舞台なんだよね。それより今から集卵だ。せっかくだから体験してみない?」

「あ、じゃあ、やってみます」


「良い卵、汚れている卵、規格外の3つに分けてね。まずは産卵箱から出た、レーンに乗っている卵を先に回収するよ」

「はい」

 男はテキパキと回収していく。他方ナザトは落とさないよう、慎重にパックに入れていく。1周した。

「よし。次は中に入って、レールに乗らなかったものを回収しよう。巣の中は勿論、外も探してね。特に隅っこ。一見ないように見えても砂に埋めてることも多いから、掘り返してね」

「了解」

 中を全て見た。最後にレールをもう一度見て、事務所兼居住スペースに引き上げた。


「まずはヒビが入っていないか確認だ。次に重さを図る。サイズで分けてまとめる。そしたら1つ1つ手洗いで汚れを落とす。傷ついたものは破棄。卵を拭いたら出荷準備完了だ。俺は集卵台車の水洗いとかやってくるから、仕訳は頼んだよ」

 30分後。仕訳が終わった。まだ男は戻ってこない。

 ――少し部屋を見るか。

 机の引き出しを開ける。そこにはコムギからの手紙が仕舞ってあった。

 ――手紙。そうか。植物たちが何処にいるのかを示した地図があったのは、直前までやりとりをしていたからか。そしてこの手紙があるということは、ここにトウモロコシさんがいる。性別を変えられると言っていたし、あの男の人がそうなのだろう。

 男が戻ってきた。

「お待たせ」

「いえ、私も先ほど仕訳が終わったところです」

「そうか。もうすぐ12時だ。ご飯にしよう」


 その日のメニューは親子丼だった。

「ご馳走様でした」

「お粗末様」

「ところで、私は見学のためにここに来たんじゃないんです」

「えっ! そうなの⁉」

「あなたにお届け物があって来たんです」

 セレカレスからの手紙を渡す。

「なるほど。彼女は役目を果たしたということか」

「あなたを回帰するようにも頼まれました。ただその前に、あなたが抱えている問題を解決するのに、協力したいと私は思っています」

「ふーん。悪いけどお断りするよ。君に僕の願いを叶える力はないし、回帰もごめんこうむる」

「そうはいきません。私にも目的があります。そのために、皆さんを回帰させることは必至なんです」

「大体君ね、死んでくれって言われて死のうとする奴なんていると思うの?」

「それは……」

「そう。いないんだよ。今まで君がどうやって回帰させてきたか知らないけど、死にたがるように誘導したんじゃないの?」


 今までを思い返す。コメはセレカレスが直接説得した。コムギは即座に飲み込んだ。ダイズはニコナンの土地を思い、土地のためにと自己犠牲の精神を持っていた。トウガラシは、やれるものならやってみろというスタンスだった。タマネギは元から死にたがっていた。サトウキビは、植物としてのサトウキビが残ればそれで妥協するという感じで、確かに乗り気ではなかった。チューリップはテンビーの為に動いていたが、夢かなわぬと知り、死を願った。トマトは何やら泣いていた。多分手紙を見て、イヤイヤながらも納得したのだろう。

「私は誘導などしていません。1人を除き、皆納得して回帰してくれました」

「それは運が良かったね。でも私は死にたくないの」

 そう言いながらトウモロコシは性別と肌の色を変えた。

「最低限、私と同じことが出来ないと同じ舞台に立てない」

「なら、ヒントをください。必ず出来るようになってみせます」

「ヒントと言われてもねー。私は生まれた時から出来たから、君とは舞台が違うんだよ」

「それは卑怯じゃないですか」

「何とでも言うといい。舞台の違えば、理解も共感も救済も出来ない。ということだ。帰りな。お嬢ちゃん」

 言い返せなかった。養鶏所を後にした。

 ――彼女は手ごわい。そもそもあの能力は何なんだ。生まれた時から出来たというなら、植物由来のものなのか。分からない。だが理解しなければ。待っていろ。必ず回帰させて見せる。トウモロコシ。

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