第2話 誰が為の旅
セレカレスが手紙を書いている間に、ナザトはコメから話を聞いていた。
「コメさんは逃げてきたって言ってたけど、何から逃げて何処から来たの?」
「私はヒボツ国にいました。そこでは北と南に分かれて、コムギの町とコメの町がありました。私とコムギは仲が良かったのですが、ある日突然コムギの町の民が、私の町の技術を求めて宣戦布告をしてきたのです」
「それは辛いですね」
「そうなんですよ。コムギに手紙を出しても返事はありませんし、戦争は激化するし。それで私は嫌になって逃げてきたんです」
逃げるということは、楽な様でとても辛いことだ。嫌な想像や後悔が頭をよぎる。自分がいれば好転したかもしれない戦況だってあるだろう。それを鑑みても逃げたくなるほど、彼女にとって戦争は心を蝕むものなのだろう。それはきっと、彼女の弱さであるが、優しさでもある。
「私はその選択を肯定します。貴女は間違ってない。誰だって死を身近には感じたくないものです。それに、貴女が逃げてきてくれたから、私は帰郷出来ました。だから、逃げてきてくれてありがとうございます」
「そう言っていただけると助かります」
そんなやりとりをしていると、家主が手紙を書き終えたことを報告する。
「じゃあこの手紙は預けるけど、中は見ないようにね」
「プライバシーは守りますよ」
「コメ、お前は直接伝える。耳貸せ」
彼女は何やら耳打ちをする。それを聞いたコメは一瞬驚いた顔をしたかと思えば、悲しそうな表情を浮かべる。
「そっか。私、運が良かったのかな」
「すまんな。私の事情に巻き込んで」
「ううん。元々セレカレスの我儘で生まれたんだもん。私はそれに従うよ」
「ありがとう」
コメはセレカレスに抱き着く。
「私ね、セレカレスをお母さんみたいに思ってたの。きっと他の皆もそう思ってる。生んでくれてありがとう」
2人は静かに涙した。ナザトはただ、泣き止むのをじっと待った。
「こほん。待たせたね。ナザトさん。コメを元に戻してくれ」
ナザトはコメの頭から風呂敷をかける。サイズ可変式の魔道具が、人になった植物を真実の姿へ導く。
風呂敷の中には稲が一束。人だった面影などない。
「では私はこれからヒボツ国へ向かいます」
ナザトは稲を机に置き、魔道具を畳む。
「手間をかけさせてすまないね」
「いえ、私の為ですから」
「君の旅路に幸多からんことを」
一週間後、ナザトはヒボツ国に着いた。
南北に分かれて戦っているんだっけ。コメさんがいたのは南で、敵対してる町が北。北に行ってコムギさんと話をしよう。
北の町に入った彼女は町の人に、コムギと会えないか聞く。
「お前さん見ない顔だな。南町からの間者か?」
「違いますよ。コムギさんにお届け物があって来たんですよ」
手紙を見せる。
「これなら、引き篭もっちまったコムギ様を引きずり出せるかもしれねぇ」
町人は表情を明るくし、案内する。
一般的なレンガ造りの一軒家にコムギは住んでいる。ナザトは戸を叩くが返事はない。外から声を掛けてみることにした。
「コムギさーん。セレカレスさんからのお手紙でーす。開けて下さーい」
家の中から足音が近づく。ガチャっと鍵が開き、チェーンロックを付けたままの扉が20度ほど開く。
小柄で、やせ細った女の子が顔を出す。
「セレカレスからのって?」
「こちらです」
手紙を隙間から差し出す。それをとり、中を改める。
「……」
言葉を失う。そして唇を真一文字に結んだ。
「それと、私は貴女をコムギから小麦へ戻すように申し付けられています」
「分かった。植物に戻るのは了承する。でもそれは、この戦争を終わらせてからにして」
「具体的な策はあるのですか?」
「戦場に行く。両陣営に聞いてほしい言葉がある」
「護衛しましょうか?」
「お礼はしないわよ」
「構いません」
ココメム山。北の町と南の町の間にある、標高234mの山で戦争は行われている。
ナザトにとって山は歩き慣れた場所である。コムギを抱えながらも、ぴょんぴょんと木々を飛び回る。
「あんた何者?」
「山で育っただけの、ただの人間ですよ」
あっという間に、両陣営の狭間まで着いた。
ドンと銃声が鳴り響く。弾丸はナザトが防御魔法で防ぐ。身の安全が保障されていることに確信を得られたコムギは演説を始める。
「聞いてください! 私はこの戦争を終わらせたい!」
コメ陣営の兵士は銃を構えるが、その上司が制止する。
「そもそもそちらが仕掛けた戦争だろ。今更出てきて終わらせたいなどと、どの口が言うんだ」
「そのことについては申し開きもありません。私の町人たちを制御出来なかった私の落ち度です。でもだからこそ、開戦を止められなかった責任をとって、終戦させる必要があるのです」
「降伏でも勧めに来たか?」
「違います。我が軍に撤退を促しに来たのです」
「コムギ様⁉」
「あなたたちは私がもたらした富を享受し、あちらはコメがもたらした技術を享受してきました。そして我が町人は更なる富を求め、技術の発展を目指しました。故に南町に宣戦布告をし、悲劇をもたらしました。これじゃ駄目なんです。血が流れた発展や繁栄は禍根を残すんです。争い支配するのではななく、対等な存在として互恵の関係を築き上げないと駄目なんです」
「それは出来ません」
コムギ軍の隊長が木陰から話す。
「そんなことをしては我々の得る富が減ってしまうではありませんか」
「0になるわけではありません」
「それじゃ駄目なんですよ」
「何が駄目なんですか?」
「我々が得るはずだった富を他者に与えてしまっては、損ではありませんか」
「それは勘違いです。手を取ればこそ、1人では得られないものもあります。短期的に見れば損でも、中長期的に見れば得なんです。だから手を取ってください」
「大体、貴女が我々に富を授けたのが悪いんじゃないですか。責任をとってくださいよ」
「責任……。この戦争を止めることが責任だと思っています。そして、私はこの戦争が終わったら、貴方達と縁を切ります。これからは南町の人たちと協力して富を得てください」
「逃げるのか⁉」
「逃げではありません。本来の繁栄の速度に戻すだけです。私は世界のバグみたいなものですから」
「もう引き返せませんよ」
「まだ間に合います。そのためにも南町と手を取ってください」
「敵対していた組織が協力したところで、上手くいくとは思えませんが?」
「大丈夫です。だって人間は優しい生き物ですから」
「……。撤退だ。全軍撤退!」
戦争は終結した。
「待たせたなね、ナザトさん。私を小麦に戻してくれ」
「はい」
ナザトは風呂敷を取りだした。
「植物は皆何かしらの問題を抱えている。これは同じ魔道具から生まれた者同士、感じるものがあるんだ。あんた、頑張れよ」
「はい。覚悟しておきます」
彼女を本来の姿に戻した。
私は私の為に動いている。でも、彼女たちが何らかの問題を抱えているのであれば、私はそれを解決したい。なぜかは分からない。だけどそうするのが、彼女たちの人生と、彼女たちが関わった人たちに対する敬意だと思った。
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