真実は手紙と共に
小鳥遊 怜那
コメ・コムギ編
第1話 帰郷
「半年間お世話になりました」
町娘はその日喫茶店を辞めた。
「ホント、大変だったわよ。自分のことをオレなんて言うわ、お金の使い方は知らないわ、義務教育の内容すら知らないわ。……よくここまで成長したものね」
「店長の教育のお陰です」
「本当に行くのね」
「母をたずねるのが目的ですので」
「そう。じゃあ、神のご加護があらんことを。ナザトちゃん」
「行ってきます」
町を出た少女は牛車に乗る。
「どちらまで?」
「"畜生腹"まで」
「お客さん。からかってるのかい?」
「いえ。心当たりがないのなら、隣の町まで行ってください」
「かしこまりぃ」
旅人は揺られながら考える。双子を畜産腹と呼ぶ風習は確かに存在した。でもそれは60年くらい前の事。未だにその風習が残る地は調べても見つからない。地道に聞き込むしかない。どれだけかかるんだろう。
すると彼女の視界に、フラフラと歩く少女が映る。
「運転手さん。止まって」
牛の足を止める。ナザトは少女に声をかける。
「そこの貴女。フラフラですけど、大丈夫ですか?」
「お腹空いた」
少女は倒れた。
乗客は牛車を降り、少女に駆け寄る。
大丈夫。脈と呼吸はある。だったら。
「運転手さん。この子も乗せていいですか?」
「その子の分のお金も払うなら、別に構わないよ」
乗客は2人になった。
隣町に着いた。ナザトは宿を取り、少女を横にさせた。フロントから水を貰い、コップにそれを注いだ時、少女は目を覚ました。
「み……ず……」
「はい、どうぞ」
ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲む。あっという間にピッチャー1つ分の水が体の中へ収まった。
「もう大丈夫?」
「ええ。助かりました」
「私はナザト。旅人よ。貴女は?」
「私はコメ。ある場所から逃げてきました」
「穏やかじゃないわね」
「お願いです。私を故郷まで連れて行ってくださいませんか」
「そう言われても、私にも目的地はあるし」
「どちらですか?」
「名前は知らないんですけど、双子を妊娠したひとを”畜生腹”って呼ぶところ」
「それ、私の故郷です」
曰く、
まさか自分が育った山からすぐの海を越えた場所とは思わなかった。考えてみれば当然ではあるが、赤子2人を抱えて遠くまで歩けるはずもない。だから海峡を越えるという発想はできなかった。
2人は船乗り場にやって来た。
「おじさん。日東行きの船ってありませんか?」
「ウチがそうだよ」
「良かった。おいくらですか?」
「1人で2300ゼニーになるよ」
「じゃあ
「毎度あり」
旅人たちは日東に着く。
ここが日東。私の故郷。
「こっちに村があります。着いてきてください」
ナザトはコメの後をついていく。村の中心から大分離れたところに一件、大木と隣接するように家があった。コメは戸を叩く。
「ただいま。セレカレス」
数秒待つと、家主が戸を開ける。
「おぅ。コメか。帰って来きたってことは、何かあったか?」
家主の姿を見て、ナザトは一瞬たじろぐ。
ボサボサの髪、大きな傷がある顔、オッドアイ、斜視。今までにないタイプだ。
「はじめまして」
客人は手を差し出す。
「手洗いとうがいをしてからにしてくれ」
「あっ、はい。すみません」
「改めて、はじめまして。私はナザト。旅の途中、コメさんが倒れたところに居合わせ、目的地が同じだったため、ここまで共に来ました」
「そうか。コメが世話になったな。何かお礼をしないとな」
「でしたら、母の痕跡を探すのを手伝っていただけませんか?」
「母の痕跡?」
「かつて私の母はこの地にいました。しかし、双子をその身に宿したことで”畜生腹”と蔑まれ、不吉なものとされました。そこから逃げ大陸まで来ましたが、母と私の片割れは死にました。私は母のことが知りたいのです」
「畜生腹……。心当たりがある」
「本当ですか⁉」
「でも、条件がある」
「お金ですか? それなら糸目はつけませんよ」
「金なんてどうでもいいさ。ちょっとした頼み事だよ」
「任せてください。どんなことでもこなしてみますよ」
「今から手紙を書く。それを渡してきて欲しい」
「それだけですか?」
「相手がちょっと特殊でね。魔道具で生み出した子たちだ。それにどこにいるのかも分からない」
「構いませんよ。魔道具由来の生き物には縁があるので」
「みたいだね」
「分かるのですか?」
「私は過去を読む魔法が使えるのさ。だからあんたが持ってる魔道具についても知ってる」
彼女の魔道具。それは育ての親が魔道具に変質したものだ。その効果は、魔道具および魔道具の影響を受けた物を戻すものである。
「そこで、追加で頼みたいことがある。手紙を渡したら、彼女たちを元に戻してほしい」
「生み出したのに、消したいのですか?」
少し腹が立った。世間から望まれずとも生まれたナザトにとって、望んで生んだにも拘らず白紙に戻したい彼女の考えは、受け入れたくないものだった。
「ケジメをつけなきゃいけなくなったんだ」
「なら、自分でやればいいじゃないですか」
「したいのは山々だが、事情がある。それに私はこの村の薬師。気軽に旅なんてできないんだよ」
「だったら、他の村人に聞きます。ここまで来たら誰に聞いても同じでしょうし」
ナザトは踵を返そうとした。
「それは残念だ。忌子が帰ってきたと知ったら、村人はどうするかなー」
痛いところを突かれたと、顔をしかめる。
「ご忠告感謝しますよ」
不快感はあるが、それを押さえながら感謝を述べる。
「決まりだね。じゃあ、手紙を書くからちょっと待っててね」
母のことで頭がいっぱいだった。言われてみれば当然である。忌子だから追い出された。忌子であることは変わらないのだから、帰ってきても歓迎はされないのだ。帰郷したのにここは故郷じゃないみたいだ。
彼女は、自身が育った山を思い返す。純正な人間はいなかったが、たしかにそこには人の温もりがあった。私にとってここは温もりとは対の場所だ。そこに住んでいて、人々は辛くはないのだろうか。
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