第272話

堀田さんが私に笑いかけてから、暑そうにシャツの袖を丁寧に折り曲げていく。堀田さんはビールの後にマッコリとバナナ酒を飲んでいた。



六神が先輩のスマホをひたすらいじり、先輩が「画像全消しはやめてね」と言えば、六神が「春風似のAVばっか集めるの本気でやめて下さい」とプライバシーをとことん侵害した。



そしていまだに六神は、私と目を合わせようとはしないのだ。




「堀田さん、暑いですか?そろそろ自宅にあるクーラーで涼みに帰った方がいいんじゃありませんか?」



私が早くこの場から立ち去るために、堀田さんを犠牲にしようとした。



でも堀田さんの返しは、なにせ粋で強い。



「実来さん、俺だけをこの場から帰そうとしていませんか?」


「いえ私が早く帰ろうとしています。3人にしないで下さい。」


「それならこれから二人で、夜のクルージングに出かけません?」

  

「はいっ?」


「港のクルージングなので、必然的に御社の近くに舞い戻るわけですけど。」


「…………」


「あ、最初から御社にシールを受け取りに行ったついでに、クルージングディナーに誘うつもりだったなんて、そんな無粋なことは思っては」


「思ってはいません。考えすぎですよ実来さん。って言いたいんですよね?分かってますよ堀田さん。少しあなたのひねくれた性格がつかめてきました。」



堀田さんが、ほんのり色づく頬でふにゃりと笑いかけてきた。いきなりくる笑顔の変化球。あら素敵。



そんな堀田さんの袖から覗く腕には、ツタのように葉が連なるタトューらしきものが見えた。



そして私の返事を待つかのようにじっと眼鏡の奥から見つめてくる。彼氏と先輩がいるこの空間で。まだまだ堀田さんという人柄はつかめそうにもない。

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