第244話

「…知ってたよ。春風と佐渡ができてたこと。」

 

「……うそ」

 

「……知ってたこと黙ってて、ごめん。」


「なにそれ。そんなことで謝らないでよ!」 

 


いつもは素直に謝りもしない癖に。こんな時だけ。……いやだ。知られたくなかった。六神にだけは。大好きな六神にだけは。



「そうやって人のこと見下して、ずっとそんな目で私を見てたの?」

  

「……違う」

 

「違わないよ。おかしいじゃん!だって。知っててなんで、私を好きだと思うの?!普通じゃないよ!!」



完全に、八つ当たりだ。



かっこ悪い自分を一番知られたくない人に知られて、それをずっとずっと隠し通されてきて。



きっとそれって、私が可哀想だからなんでしょ?可哀想だから知らないふりをして、私のプライドを守ってくれていたんじゃないの?



「……なんで、いつも私ばっか、こんな遠くにいんの…」


「………」



仕事もそうだし、恋愛もそう。六神よりも全然上手くできなくて、ゆがんでいたって、手の届かない位置にいる六神に助けてもらうばかりで。


 

「六神と、おなじとこまで行きたいのに……」

 

「……え、」

 

「同じ目線に、立ちたいのに……」



こんなことで泣いて、ほんとは私ってば涙もろいんじゃないだろうか。六神を好きになって、我慢して泣いて、また我慢してでもやっぱり泣いて。



「こんな弱くなったの、六神のせいじゃん…」


「俺が弱くした?」


「うる、さい!女は恋すると弱くなる生き物なの!」


 

六神の胸を叩いて、こらえきれない涙を自分の浴衣にこぼしていく。紺色の浴衣にしずくが落ちるたび、黒いシミを作っていくのがやたらと憎らしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る